ボクたち男のコ
 
 
 
 
 

 

  

「うっひょぉ〜! 超気持ちいい!」

「あ、ちょっと、ゼフェル〜っ! まだ、泡がついてるよ! ちゃんとお湯で流して! ほら、ランディも耳の裏にせっけんがついてるよ!」

「ああ、ありがとう、マルセル!」

「うっせぇな! てめぇは小姑か?」

  

 いつも元気な、聖地お子さま三人組である。

 日の曜日の午後。スカッシュにフリスビーに、花壇の手入れと、遊びに遊んだ三人組であった。遊びが一つにしぼれないのは、それぞれがそれぞれの好みを主張して、一歩も譲らないからである。

 それでも楽しく三人で遊びつくせるのだから、やはり仲が良いのだろう。

 さて、三時のおやつの前にひと風呂浴びようということになったのである。

   

「あ、ランディ、そこのトリートメントとってくれる?」

「ああ、これでいいかい? 洗ってやろうか、マルセル」

 お兄さん振りを発揮する風の守護聖である。守護聖のほとんどがランディよりも年長なのだ。面倒を見てやれる同僚はマルセルくらいしかいないのだ。

「はは、大丈夫だよ。僕、もう子供じゃないんだし」

「そうか、でも遠慮するなよ」

「うん、ありがとう、ランディ」

 あたたかなやり取りである。それを横目に、鋼の守護聖ゼフェルはひとりでふんふんと鼻歌をつづりながら、気持ちよさそうに湯舟に浮いていた。

「おめーら、なにとろとろやってんだよ。はやく入れよ」

「う〜ん、髪洗ったらね」

 マルセルが言った。緑の守護聖の髪はゼフェルやランディと違って、腰まである長髪なのだ。美しい金の髪である。

 金髪と言うと、光の守護聖の髪も金であるが、マルセルとはやはり異なる。緑の守護聖の金の髪はレモンイエローのように明るい軽やかな色合いであるが、ジュリアスのものは豪奢で重厚なブロンドなのだ。

  

 マルセルはようやく作業を終えて、湯舟に入ろうとした。手にしたいちご模様のタオルが可愛らしい。

「おせーぞ、マルセル」

「シャンプー目に入らなかったか?」

「うん、平気.......うふふ、なんだか久しぶりだよね、三人でいっしょにお風呂に入るの」

 マルセルが言った。

「そーだな。今度ルヴァでも誘ってみようぜ」

「ああ、あのさ、俺、よく考えるんだけど、一緒に風呂に入ってリラックスするとさ、いろいろなことが話せると思わないか?」

 ランディが言う。少年から青年へと変身を遂げつつある風の守護聖の身体は、健康的に陽に焼けている。

「うん、そうかもね。このまえ、リュミエール様とご一緒にハーブバスに入ったとき、すごくたくさんお話して下さったよ」

 うふっと、マルセルが笑った。

.......おめー、リュミエールと風呂入ったりするよーな付き合いなのかよ?」

「うん? このまえハーブの種をお届けしたとき誘われたんだ。走っていったから汗かいちゃって」

「リュミエール様とは.......オレは入れそうもないな.......

 真っ赤な顔でランディが言う。いつもは風の守護聖の言葉にまっ先に反発するゼフェルまでも即座にうなずきかえしている。

「どうして? リュミエール様のお話はとても楽しかったし、やさしく髪を洗って下さったよ?」

 不思議そうにマルセルが言う。

「いや、そーゆーことじゃなくてよー.......なぁ?」

「う......ん、ほら、リュミエール様って、女の人みたいに綺麗じゃないか.......?」

 ぼそりとランディがつぶやいた。

「そうだよね!」

 マルセルは無邪気に微笑んだ。

「リュミエール様の肌って、真っ白なんだ。ぼくもどっちかって言うと白い方だと思うんだけど、全然違うんだ。淡雪みたいなカンジで.......いっしょにお風呂に入っているとき、『溶けてしまいそう』って言ったら、静かに笑ってらっしゃったっけ」

「ふ.......ふーん」

 ゼフェルの小鼻がふくらんでいる。

「それでね、それでね! あの綺麗な水色の髪の毛を、リボンでまとめて持ち上げちゃうと、細い首筋が見えて......もう、本当に女の方みたいで.......僕、どきどきしちゃったよ」

 マルセルの頬がピンク色に染まってる。

「だから.......さ。マルセル。リュミエール様と一緒だと、緊張しちゃって.......勃っちゃうよな? ゼフェル.......?」

 びくびくとランディが言った。もしかしたら、二人に軽蔑されるかも知れないと考えたのだろう。その声はずいぶんと弱気であった。

「あ.....ああ、確かに.......目のやり場に困りそうだよな.......

 ゼフェルの答えをきいて、ランディはほっと息をついた。

  

 だが、そのとき、ランディが目にしたものは.......

「お、おい! ゼフェルっ、おまえ、勃っちゃってるぞっ!」

 その言葉にあわてて、ゼフェルが股間を隠す。

「うっ.......うっせぇな! おめーらが変な話をするからだろっ! .......言わせてもらうが、ランディ.......おめーもビンビンだぜ?」

 ゼフェルの逆襲に、今度はランディが股間を押さえた。マルセルはその様子をきょとんとして見ている。

「なぁに? ふたりともどうしたの?」

「なっ.......なんでもねぇよ、おめーだって、マルセル.......

 ゼフェルは目的のものを凝視すると、言葉を途中で切った。いや、切れてしまったと言ったほうが正しいのかも知れない。

  

「マ.......マルセル.......おめー.......

「? .......なぁに、どうしたのゼフェル?」

「おめー.......まだ、剥けてねぇのかよ.......?」

 その言葉に、ランディもついマルセルの股間を見てしまう。そして、そっと息を飲んだ。

「マルセル......まだ.......なのか?」

「え? なになに?」

.......いや、その.......なぁ、ゼフェル.....?」

「あ、ああ、.......でも、ちょっとなぁ.......

 二人の深刻な表情に、幼い緑の守護聖は不安になる。

「ねぇ、なんなの? 僕、どこかおかしいの?」

 必死に食い下がるマルセルに、ゼフェルがしぶしぶと言った。

「あのさ.....おめーの.......それ.......さ」

「僕の? なぁに、それって?」

「だから〜、ああ〜!、これだよこれっ!」

 ゼフェルは思い切って、マルセルの身体の中心についているものを指差した。なぜかランディが真っ赤になっている。

「な.......なに?」

 マルセルの声が不安にゆれる。デリケートな部分だけに、心配なのであろう。

「これ.......ほら、ふつーはさ.......こうなってるはずなんだよ」

 そう言いながら、自分のものと、嫌がるランディのタオルをひっぱがした。

.......え?」

「マルセル.......君のそれ.......たぶん、包茎だと思う.......

 ランディが言った。ひどく気の毒そうに。

「ホーケー? なぁにそれ?」

「まぁ、なんつーか.......その、とにかくやばいんだよ。皮剥けてねぇとよ」

 率直なゼフェルの言葉である。

「あの.......僕、病気なの?」

「う......ん、病気っていえば.......そうなのかもしれないけど.......

.....................

「ああ〜、なんつーか......そろそろそのまんまじゃなぁ.......

「どっ.......どうしよう〜っ! どうすればいいの〜っ? ランディ、ゼフェル〜〜っ!」

 とうとう、緑の守護聖は泣き出してしまった。あわてて、ランディがなだめる。

「だっ.......大丈夫だよ、マルセル! 手術すればすぐに.......

 どんっ!とゼフェルがどついたが、それは遅かったらしい。『手術』の言葉にマルセルがさらにぴーっ!と泣き出した。

「いやぁ.......いやだよう〜〜っ! そんなの怖いよう〜〜っ!」

「大丈夫、大丈夫だよ、マルセル!」

「そんなに心配するな! そのうち.......たぶん、その.......勝手に剥けるからさ.......

  

 全く真実みのない慰めの言葉を、山のようにかけながら、鋼と風の守護聖は帰っていった。

  

 マルセルは『ホーケー』という言葉と、まだ幼い自分のモノが頭のなかをぐるぐると巡り、その日は一睡もできなかったという.......

 

  

 月の曜日である。

 さわやかな一週間のはじまりに、いつもは早起きをして、ともだちのチュピと散歩に行くのだが、とても今日はそんな気になれなかった。

 マルセルは寝不足の瞳をこすり、ひとつため息をつく。

  

.......チッ.......チュチュチュ.......

 心配そうに、彼の周りを飛び回る大切なともだちに、マルセルは無理やり微笑みかけた。

.......ん、ごめんね、チュピ.......心配かけて.......

.......チッ.......チュチュチュ.......

.......でも.......僕、病気だって.......どうしよう.......どうしよう.......チュピ.......

 またもや、じわりと涙が滲んでくる。

 命に関わる病気じゃないと、帰り際にゼフェルが言っていた。ただ、女の子に嫌われるかもしれないとも言っていたのだ。

 マルセルに、恋人などまだいはしない。だが、聖地に来ている女王候補生には好感を持っていたし、まだ見ぬ未来の恋人を思い描くとき、『病気』は鉛のような重さで、マルセルの心にのしかかってくるのであった。

  

「さ.......行かなきゃ.......

 マルセルはのろのろと身を起こした。今日は月の曜日。当然執務が待っている。

 いつもならば、すべてきれいに平らげる朝食を半分以上残し、マルセルは聖殿に向かった。

   

  

 .......昼休み。

 昼食の誘いを断わって、マルセルはひとり中庭にいた。あまり人と話したくなかったのだ。

 年長の守護聖に相談してしまえばいいのかもしれない。だが.......それには多大な勇気を要したのである。やはり内容が内容だ。普段親しくしているルヴァやオリヴィエには知られたくなかった。

  

.......どうしよう.......ぼく.......

 ひとりぼっちになると、ふたたび不安がおそってくる。ずっとこのままだったら? いつになってもなおらなかったら? みんなに知られて.......そして、手術!?

「いや.....だよ、そんなの.......怖いよう.......

 ぼろぼろと涙が溢れだした。必死に頬を擦るが、止めどなく流れる真珠の粒はぽたぽたと地面を濡らした。

   

 ふと、あたりが暗くなったことに気付いた。マルセルの影に黒い長身が覆いかぶさっている。そして背後からの低い声。

.......どうした.......

 声の主は闇の守護聖であった。

「あっ............クラヴィスさま.......

 マルセルは震える声でつぶやいた。その間にも新たな涙が滲んできて、クラヴィスの顔がかすんでみえなくなる。

.......ジュリアスに叱られたのか.......?」

 めずらしくも話し掛けてくる低い声。だが、優しい響きを持つその声音に、マルセルの心の堰が切り落とされた。

「クっ.......クラヴィスさまぁ.......クラヴィスさまぁぁ〜っ! え〜ん、え〜ん、ひいっく.......えっえっえっ.......

 マルセルはクラヴィスの黒衣に顔を埋めて思いきり泣きじゃくった。

 いきなり抱き着かれ、さすがに驚いたものの、クラヴィスは静かにマルセルの頭を撫でてやった。落ち着くまで待ったほうがよいと判断したのだろう。

 ジュリアスを伴侶にしてから、泣き虫やヒステリーの対応に慣れた闇の守護聖である。マルセルのべそっかきなど、それに比べれば可愛いものだ。

  

 ほどなくして、幼い背中の震えが小さくなった。

「ク............ひいっく.......クラヴィスさ............ごめんなさい.......ぼく.......ぼく.......

 すがるようにすみれ色の瞳がゆれている。クラヴィスは赤く腫れ上がってしまったその頬を指の腹で撫でてやると、マルセルの背に手をまわし、未だひくつくそれをなだめてやる。

.......あの......ぼく.......ぼく.......どうしたらいいのか.......ぼく......ぼく.......

「よい.......落ち着いてから、ゆっくり話せ.......私の執務室に行くぞ.......

 存外にやさしい言葉を掛けられ、マルセルはぎゅっとクラヴィスの黒衣を握り締めた。その様が愛らしかったのか、闇の守護聖はマルセルの前髪に接吻した。小動物をあやすようなしぐさである。

「クラヴィスさま.......ぼく.......

.......ん?」

「クラヴィスさま.......クラヴィスさま.......

 闇の守護聖の名を祈りのようにつぶやく。

 クラヴィスは、金の髪の少年を静かに己の執務室に導いた。

 
    

.....それが.....病だと言われたのか?」

 闇の守護聖が小さく問いた。たずねた声音が心なし震えているように感じるのは気のせいだろうか。

 幼い緑の守護聖は、こぼれ落ちる涙をぬぐいながら何度もうなずいた。声をだそうとすると泣き出してしまうのであろう。必死に嗚咽を堪えている姿が健気で愛らしい。

 闇の守護聖もそのように感じたのであろうか。向いのソファで俯いている金の髪の少年の側に歩みをすすめた。そのままとなりに座る。

 

.........ラヴィ.....スさま?」

 ひっくひっくとすすりあげながら、マルセルは闇の守護聖を見上げた。近くに座られるとその人の体温が伝わってくる。

 クラヴィスの身体があたたかいということに不思議に感動するマルセルであった。

  

.....安堵せよ、マルセル」

 低いやさしい声。

.....え?」

「見てみなければ確かなことは言えないが.....そのように深刻にならずとも.....なおすことができる」

 その一言はマルセルの耳に神の言葉のように響いた。

「えっ.....ええ? ク.....クラヴィス様っ、本当ですかっ?」

 緑の守護聖はすみれ色の瞳を大きく見開いた。べそかきのせいで、長い金の睫毛が濡れている。

「ああ.....

 クラヴィスは小さく頷いた。いつもは無表情の端正な横顔に、やわらかな笑みを浮かべてくれているだけでマルセルにとっては嬉しくてならないのだ。

 しかもクラヴィスはマルセルの悩みを解決することができるという。緑の守護聖はかたわらの漆黒の守護聖の黒衣にすがった。

「お願いしますっ! クラヴィス様! ぼく.....僕、なおしていただけるんでしたら、どんなに痛くてもがまんします! どうか.....どうか、クラヴィス様」

 必死の形相にクラヴィスがこちらを向き直った。細い身体をひょいと持ち上げ膝にのせる。

.....きゃっ! クラヴィス様?」

 バランスをくずしたマルセルが、闇の守護聖の広い胸に倒れかかる。それを受け止めながら、クラヴィスが言った。

.....まさか、ここでというわけにはいくまい? .....このあと.....闇の館に来るがよい.....

「は....はい!」

.....ただし、おまえひとりで来るのだぞ.....

 髪を撫でながらの、その言葉に力強く頷きかえし、

「はい、クラヴィス様!」

 と返事をした。

  

  

 午後の時間はあっという間に過ぎ去る。

 だが、一刻も早くクラヴィスの館に行きたかったマルセルにとっては、ずいぶんと長く感じたようだ。何度も何度も時計を見る。

 守護聖の執務時間は明確な規定がなされているわけではない。だが、定例の会議や、緊急の報告会などのことを考慮すると、午前は十時あたり、午後は四時すぎまで執務室にいるのが望ましいといえよう。

 もちろん個人差はある。

 ジュリアスは気になる案件がすべて片付くまで席を立とうとはしないし、逆にオリヴィエなどは明日できることは今日はしないタイプだ。たいてい夕方には帰途につく。もっともそのまま街に遊びにいくこともあるようだが。

 

 闇の守護聖の退室時間は一貫性がない。

 ぼんやりと執務室で水晶球をながめて一晩過ごすこともあれば、昼食もとらずに退室してしまうこともある。

 それでもジュリアスと神誓を行ってからは、基本的に館に帰ることにしたようだ。以前のように執務室で朝を迎えることはなくなった。ジュリアスが必ず闇の守護聖の執務室をのぞいてから帰るようにしたからだ。

  

 今日もいつもどおり、ジュリアスはクラヴィスの執務室に顔をだした。まだ、部屋にいるのならいっしょに帰ろうと思ったのであろう。どうせ、同じ場所に戻るのだから。

.....クラヴィス.....いるのか?」

 ノックをしながら声をかける。

 だが、いらえはなかった。今日はすでに退室してしまったのだろう。時計を見れば六時をまわっている。ジュリアスも急いで退室することにした。

 夕食をクラヴィスと一緒にとりたかったからだ。

   

 

 その頃。

 一方、闇の館では愛らしい客人を迎えていた。

 夜の闇の館は一種独特の雰囲気に包まれる。その空気にマルセルは嫌でも緊張してしまう。

 

.....あの.....クラヴィス様に.....

 小声でそう言いかけたマルセルを、老齢の執事はうやうやしく迎えた。

「主からお聞きしております。.....ご案内いたします」

 そういって通されたのは、別棟ではなく、本館の一室であった。

「こちらでお待ちです。.....どうぞ」

 それだけ言い残すと、無表情な執事は一礼してすぐにきびすをかえした。

 心細くなるマルセルであるが今はそれどころではない。

 なにがなんでも病をなおしてもらうのだ。マルセルは強く決心してきたのだ。どんなに痛くても苦しくても絶対に『普通の男の子』になるのだ。

 弱気になる己を一喝して、マルセルは扉を開いた。

  

 白い不思議な空間。

 甘い香の薫りと砂糖菓子のにおいがする。

 闇の守護聖は中央のソファーに寝転がっていた。

.....クラヴィス様。来ました」

 マルセルはぐいと唇を噛みしめて、深々と頭を下げた。クラヴィスがゆっくりと起き上がったのが瞳の端にうつる。

.....よく来たな.....そこに掛けて少し休むがよい」

 やさしい声で促され、マルセルは顔をあげる。落ち着きを取り戻し、椅子に歩みをすすめたときだ。クラヴィスの足もとに銀色の精霊がよりかかっていた。思わず声をだしてしまう。

..........あ」

.....どうした?」

 くすくすとクラヴィスが笑う。マルセルの反応が予想通りで面白かったのだ。

「あ.....あの.....クラヴィス様.....こちらの方は.....?」

 緑の守護聖がたずねる。笑みを消すことなくクラヴィスが、

.....私の側仕えでアルテミュラーという。.....アル.....、さきほど話した緑の守護聖だ。あいさつせよ」

 と、銀の青年を促した。

 ぼんやりとマルセルを見つめている銀色の妖精が静かに立ち上がる。

.....アルテミュラーです.....

 小首をかしげるしぐさが夢のように愛らしい。

.....あ、ああ、ごめんなさい。僕、マルセルっていいます。よろしく!」

 ぺこりと頭を下げたマルセルに、アルテミュラーが微笑んだ。女神のほほえみ。

.....この者に手伝ってもらおうと思ってな.....

 クラヴィスの一言に、マルセルの心臓はドキドキとはねあがった。

   

「別に慌てることもあるまい.....ゆっくりと落ち着いてからでよかろう.....

 クラヴィスがそう言った。

 緊張した面もちのまま、突っ立っているマルセルに微笑みかける。

 

 .....今日はすごい日だ!

 マルセルは思った。一日のうちに二度もクラヴィスの笑った顔を見ることができたのだから。

 高鳴る胸の片隅で、思い巡らせていた緑の守護聖の手を引っ張る者がいる。気がつくとマルセルの目の前に銀色の妖精が立っていた。ずいぶんと背が高い。そんなところまで水の守護聖そっくりである。

「マルセルさま.....遊びましょう.....?」

 小首をかしげてアルテミュラーがねだった。

「え..........あの.....

 思わず一歩後ずさりかけたマルセルにクラヴィスが言った。

「しばらく.....これの相手をしてやってくれぬか? 久々の来客で喜んでいるようだ.....

 闇の守護聖はそのまま席をたった。

「あ.....はい。クラヴィスさま.....あの.....どちらへ.....ぼく.....

「心配せずともすぐに戻る.....アルは少々変わっているが素直なよい子だ.....

 話はそれだけというようにクラヴィスは衣擦れの音もさせず、扉の向こう側へ消えた。

  

 マルセルはわずかに困惑したが、もともと明るく闊達な少年である。すぐにアルテミュラーに向き直り、にこりと微笑みかけた。リュミエールそっくりという容姿が、親近感を覚えさせるのであろう。

「あの.....アルテミュラーさんにそっくりな人を、僕、知っています」

 マルセルが言った。話し掛けてくれたのが嬉しかったのだろう。アルテミュラーはひとなつこい笑みを浮かべると、

「うふふ.....リュミエールさまでしょう?」

 と、言った。

「ああ、やっぱりご存じなんですね。僕、初めてみた時、驚いちゃいました! でも.....なんだかアルテミュラーさんのほうが.....不思議な感じ.....

..........

 銀の妖精は小鳥のように首をかしげた。

「アルテミュラーさんて、とても綺麗ですよね.....僕、ドキドキしちゃって.....

 くすりと笑うと、アルテミュラーのルビーの瞳に銀の睫毛がさわりとかかる。光を反射してキラキラ輝いている。

 容姿こそリュミエールとそっくりのアルテミュラーであるが、決定的に異なるところが二つある。それは髪の色と瞳の色なのだ。

 知ってのとおりリュミエールはやわらかな水色の瞳と青銀の髪を持つ。アルテミュラーの瞳は血の色.....濃いルビーである。そしてウェーブのかかった腰まである長髪。まばゆいばかりの混じりけのない銀色をしている。

 それがよりいっそう、目の前の麗人を人間離れした妖精のごとく感じさせるのかもしれない。

 しばし銀の妖精に見とれていると、退屈そうにアルテミュラーがせかした。

「マルセルさま。わたくしと遊びましょう.....

 この微笑みに逆らえるものはいない。マルセルは当初の目的を忘れそうになっている己を叱咤し、アルテミュラーの側にいった。

 すでに床いっぱいに銀の妖精が絵本を広げている。

「うわぁ.....きれい.....これ、みんなアルテミュラーさんの本なんですか?」

「はい! ご主人様が買って下さったのです!」

 感心されたのがよほど嬉しかったのか、銀の妖精は頬を上気させて絵本を並べた。

 一方、マルセルはそれらを買い与えたのが、『あの』クラヴィスだということに驚きを隠せない風情であった。大きなすみれ色の瞳がさらに大きく瞠はられている。

「マルセルさまは、どの御本がお好き?」

 アルテミュラーが訊ねる。一緒に絵本を見てくれる人間がいることが嬉しくてたまらないのだ。

「ええと.....あ、人魚姫。このお話も好きだけど.....ちょっと悲しいお話だよね」

 その言葉にアルテミュラーがこっくりと頷いた。そして不満げに言う。

「はい。この王子さまはダメなひとです。王子さまはお姫様を幸せにしてあげなければいけないんです」

 確固たるその物言いに、相づちを打ちながら、マルセルが笑った。あまりにも銀の妖精が可愛らしかったからだ。

「じゃ、白雪姫はどう? アルテミュラーさん。最後は王子さまのキスで姫は目覚めるでしょう? そしてふたりは結ばれるんだよね」

「はい.....はい! そうなのです! アルはこのお話大好き!」

「うん! 僕も人魚姫より、ずっとこっちのほうがいいや!」

「アルも! アルも!」

「ねぇーっ!」

 意気投合するふたりである。ここにクラヴィスがいたら苦笑しているところであろう。

 

 童話のストーリーで話が盛り上がっているところ、アルテミュラーがふと柱時計を見た。

.....あ、マルセルさま.....そろそろお風呂に入りましょう.....

「え?.....でも.....なんの準備も.....

 いきなりそう言われて、さすがに驚くマルセル。別にこちらに泊まる予定ではなかったのだ。

「大丈夫です。ご主人様がそうしろとおっしゃいました。アルと一緒にお風呂に入りましょう。ね?」

 子どものようにマルセルの手をとり、せがむアルテミュラー。マルセルは躊躇しながらも頷いていた。

 今日、闇の館にやってきた目的を思い出すと同時に、素直に目の前の天使の言うことを聞いてやりたくなったのだ。

   

 銀のアルテミュラーはふたり分のローブをクローゼットからとりだすと、マルセルの手をひいて廊下に出た。

 すっかり日は陰り、古い洋館の廊下はひどく寒々しく、また寂し気に映った。

 そんな思いを振払うように、マルセルはアルテミュラーの手を握り返した。

 

「マルセルさま.....髪の毛、洗えますか?」

「うん、僕は大丈夫だよ! アルテミュラーさんは? 手伝ってあげようか?」

 子どもは子ども同士.....といったところか。

 見知らぬ場所で、こうも気持ちよくくつろげるのは、目の前の銀色のリュミエールのおかげなのかも知れない。

 

 緑の守護聖は巨大な大理石の浴槽の中でまどろんだ。

 となりで笑っているアルテミュラーと同じ薫りが、自分の髪からもかおってくる。それが妙に嬉しく感じる。

「よくあったまって下さいね」

 少し舌足らずな言葉が可愛らしい。容姿は生き写しだが、中身はやはり異なるのだ。幼いマルセルから見ても、闇の守護聖の側仕えは、おっとりと、愛らしく感じられた。

.....ねぇ.....アルテミュラーさん」

 マルセルが声をかけた。かたわらの銀の天使が小首をかしげる。

「あの.......... クラヴィス様から聞いていると思うんだけど.....あの.....ぼく.....

 闇の守護聖は、アルテミュラーを指して、「この者に手伝ってもらう」と言ったのだ。それが気になるのだろう。おずおずとマルセルは言葉をつむいだ。

「だいじょうぶ」

 にこりと笑う。意味がわかってそう受け合ってくれているのだろうか。

「あの.....アルテミュラーさん.....

「だいじょうぶ。マルセルさま。ご主人さまにお任せしておけばよろしいのです」

「う.....ん。でも.....ぼく.....怖いし.....はずかしいし.....

 そうだろう。なんせ、場所が場所だ。

.....うふふ.....怖くないです.....気持ちいいの.....

 アルテミュラーは上気して桃色に染まった頬に手をあて、小鳥のように笑った。マルセルにはまったく意味がわからない。不可思議な面もちのマルセルにふたたび笑みをこぼし、銀の天使はくずれかけた髪を直した。

 

 真っ白なうなじは、湯を玉にはじきかえし、光を落とした浴室で薄ぼんやりと輝いている。

 リュミエールが太陽の元で、光の祝福を受け、可憐に花弁をひろげる清楚な百合だとしたら、アルテミュラーは月夜に濡れる妖花にたとえられよう。断頭台に咲くアルラウネ。罪人の血を啜り、真っ赤な花弁を月光に透かす。アルテミュラーは陽光のもとで咲く華ではないのだ。

  

「あの.....アルテミュラーさんは、いつからクラヴィス様のお側につかえていらっしゃるのですか?」

 マルセルは訊ねた。

 守護聖同士ならば、なんらかの形で、側仕えや執事の顔くらいは知っているのが普通である。

 例えば、光の館のランフォードのことなど、マルセルが聖地に来た頃から知っていたし、ルヴァの館やオリヴィエの館の人間などに関しても同様だった。

 だが、闇の守護聖の側仕えというアルテミュラーを知っている人間が他にいるのだろうか。マルセルは疑問だった。

 これだけの美貌とリュミエールそっくりの容姿を持っているのならば、なにかの拍子に話題にのぼってもおかしくないではないか。しかし今日この日までマルセルは彼の存在を知らなかった。

.....ええと.....ご主人さまが.....ええと十七才の頃からです」

「ええっ? そんなに昔からッ?」

 それではマルセルが聖地に来る前.....いや、オリヴィエやリュミエールたちが召還される以前から、クラヴィスの側仕えをしていたことになる。

「はい.....アルはご主人さまとずっといっしょにおりました」

 にこりと笑った。

「えっ.....じゃ、ジュリアス様のことは.....

 マルセルがいいかけたときである。

 瀟洒な、すりガラスの扉がゆっくりと開かれた。

    

「待たせたな.....

 低い声は闇の守護聖のものだった。銀鼠色のローブ一枚を腰ひもで結んでいる。

「あ.....クラヴィスさま.....

「ご主人さま!」

 緊張した声音はマルセルのもの。嬉しそうな声は銀のアルテミュラーのものである。

 湯舟を泳ぐようにしてクラヴィスのかたわらに寄り添った、愛しい人形の頭を撫でてやると、闇の守護聖はマルセルを振り返った。

 知らず知らずのうちに身をこわばらせる幼い守護聖。そんな彼に小さく苦笑するとクラヴィスはゆっくりと手招く。

「案ずるな。.....すぐにすむ.....さぁ、こちらへマルセル.....

  

 今にもこぼれ落ちそうな涙をぐっと飲み込み、緑の守護聖はいわれるがままにクラヴィスの側に歩いていった。

  

  

 

  

「さぁ.....こちらへマルセル.....

「は.....はい、クラヴィスさま.....

 恐怖と羞恥心を押し殺し、緑の守護聖はおとなしくクラヴィスに従う。頼れるのは目の前の漆黒の守護聖しかいないのだ。

「アル.....よいな.....

 側仕えに確認すると、銀の妖精がマルセルの手を取った。そのまま湯舟の浅瀬に連れてゆく。

 広大としか言い様のない闇の守護聖の湯殿である。

 湖のような湯舟は深さが三段階にも区切られている。一番深いところではマルセルが立っていても並々と首の上まで湯が満たされているが、もっとも浅いところは太股あたりだ。

 

 アルテミュラーがマルセルの手を引く。

 そのままクラヴィスの待つ浅瀬に歩むと、銀の妖精の透きとおるような裸体があらわになった。

 惜し気もなく主人の前にすべてをさらす月の女神。

 白銀の髪を背にながす彼はそのまま生ける芸術品だ。

 促されるまま、恥ずかし気にマルセルがその後に続いた。十四才と言うにはやや幼い肢体があらわになってゆく。

 筋肉のうすいすべらかな足。華奢な肩、そしてそれに続く細い腕。少女とも少年ともつかない幼いティンカーベル。

 頬を染めて闇の守護聖の前に立つマルセルは、ひどく頼りなげで愛らしかった。

  

.....そのように緊張するな.....怖ければ目を閉じていればよい.....

 闇の守護聖が低く言う。やさしげな声音だ。

.....はっ.....はい、クラヴィスさま.....よろしくお願いします.....

 そう返事をすると同時に、マルセルは今にも涙のこぼれ落ちそうな、すみれ色の瞳をぐっと閉じた。やはりいたたまれなかったのだろう。

「マルセルさま.....怖がらないで.....アルがついてますから.....ね?」

 耳もとでアルテミュラーがささやく。 

 闇の守護聖が側仕えに視線をやると、銀の妖精は緑の守護聖を背後から抱きすくめた。

「あ.....? アルテミュラーさん.....?」

 震える声でマルセルが訊ねる。

.....怖がらないで.....大丈夫だから.....ずっとアルがこうしているから.....ね?」

   

 闇の守護聖がマルセルの前にひざまづく。

 その気配が幼い守護聖に伝わったのだろう。ぴくりと細い身体が震えた。それをなだめるようにアルテミュラーの手がマルセルの胸を撫でる。

 クラヴィスは、湯でわずかにやわらかくなったそれの包皮に手でふれ、おもむろに力を込める。

.....っ! .....いっ!」

 マルセルが小さな悲鳴をあげた。少し痛かったのかも知れない。

.....案ずるな.....すぐにすむ.....

 クラヴィスが言った。マルセルがこくんこくんと何度もうなずく。

.....だいじょうぶだから.....ね? 泣かないで.....マルセルさま.....

 ふたたびクラヴィスがそれに施す。湯に浸ったことでそのまま力を込めれば処置ができそうなのであるが、指先に力を込めるとマルセルが緊張するのだ。

 

 闇の守護聖はおもむろにそれを口腔に導いた。

.....あっ.....?」

 マルセルが声をあげる。指先から受ける感触と異なるのが伝わったのだろう。緑の守護聖の閉じ合わせた双眸に重ねるようにアルテミュラーの手がおかれる。

.....痛くないです.....マルセルさま.....

..........うん.....

 銀鼠色のローブを湯に浸したまま、クラヴィスが舌を使う。痛みをあたえぬよう、何度もだ液をからめ、ずるりとひきだす。

..........に? .....ぼく.....

「だいじょうぶ.....怖がらないで.....力を抜いてマルセルさま.....

 アルテミュラーが緑の守護聖の桜色の耳たぶに、ふぅっと息を吹き掛けた。下半身にほどこされる刺激とあいまって、マルセルは大きく身震いした。

 肉体が弛緩したところを、すかさず闇の守護聖が口腔に力を込め、徐々にそれを剥き出してゆく。

..........ああ、アルテミュラーさん.....ぼく.....変な感じ.....

「でも、痛くないでしょう.....?」

..........うん.....でも、立ってられない.....足ががくがく言ってる..........

 マルセルは必死に訴えた。

「だいじょうぶ.....アルがささえているから.....

.....あっ..........うん.....

 痛みは感じていないのだろう。

 だが、初めて施される下半身への刺激とアルテミュラーからの繊細な愛撫が、いまだ性に目覚めていない幼い身体を、未知の快楽に導くのだ。

「あっ.....ああ、ク.....クラヴィスさまっ! ぼ.....ぼく.....

「いいの.....ご主人様におまかせして.....マルセルさまは感じたままに..........?」

「ん.....! あっあっ.....ぼく.....ぼく.....もぅ.....っ! あっ.....ああん!」

 緑の守護聖が大きく身震いすると同じに、クラヴィスは今までさんざん慣らしたその部分を、ずるりと引き降ろした。

 マルセルは絶頂の中で、ビキビキと背筋を貫く痛みを感じた。

  

 「痛い」と感じたのは、その一瞬だけだった。

  

.....マルセルさま.....もう大丈夫.....ね?」

 アルテミュラーの腕に抱かれながら、ぼんやりと瞳をめぐらせる。

 緑の守護聖の潤んだ瞳に、闇の守護聖のやさしいそれが出会った。

.....痛かったか?」

 クラヴィスが訊ねた。

 マルセルは惚けたまま首をふった。

.....そうか.....疲れたであろう.....今宵は泊まってゆけ.....

 それだけいうと、マルセルが礼を言う間もなく、クラヴィスは浴室から出ていってしまった。

   

.....アルテミュラーさん.....ぼく.....

「うふふ、マルセルさま.....もう終わりですよ。痛くなかったでしょう?」

 アルテミュラーが言う。クラヴィスの時と同じようにマルセルは頷き返した。

「気持ちよかった? マルセルさま.....?」

「よく.....わかんない.....でも.....頭の中が真っ白になって.....

.....そう.....痛くなかったならいいの.....よかった、治って.....

 小首をかしげてアルテミュラーが笑う。

.....うん.....よかった.....緊張がとけたら.....力が抜けちゃった.....

 マルセルが言った。いいかげん湯殿に居続けで湯あたり気味なのかも知れない。

「いいです.....そのままで、アルが運んであげるから.....

 一瞬躊躇したが、マルセルはおとなしくアルテミュラーに身を預けた。想像していた激痛はなかったものの、やはり緊張は相当のものだったのだ。

  

「マルセルさま.....アルといっしょに眠りましょう。.....大人になって.....おめでとう.....

 銀の天使が、マルセルの白い額に口づける。

   

 まるで、魔法にかけられたように、そのままマルセルは眠りに着いてしまった。

 ベッドに横たわらせ、きちんとふとんをかけてやると、アルテミュラーは満足げに微笑んだ。

   

  

     

「なんだ、クラヴィス! どこへ行っていたのだ!」

   

 側仕えのアルテミュラーに緑の守護聖を任せ、別棟にもどったクラヴィスに、まっ先に声をかけたのは言わずと知れた彼の伴侶どのであった。

「ああ.....すまぬ.....食事はすませたのであろう?」

 当たり障りのない返事をする。

「いや、これからだ。今、リュミエールが来ているのだぞ。せっかくだから三人で食べようと思って本館に遣いをだすところであった」

 ジュリアスがそういった。わずかに息があがっているのは、クラヴィスをさがして、廊下を走り回ったに違いない。

 

「リュミエールが.....? ほう.....オスカーもいっしょか?」

「いや、オスカーは視察に出ているのだ。そなたの好きな果実が手に入ったからと言ってわざわざ持参してくれたのだぞ。はやく行こう。客間に待たせている」

 ジュリアスがぐいと腕を引っ張った。幼い動作に苦笑する。

「ああ、そのように引っ張るな」

「はやくはやく。腹がすいた」

  

   

 

 さて、落ち着きのある静かなひととき。

 いつもよりも大分遅い食事時間だったが、かまうことはない。明日は祝日で執務はやすみなのだ。

 

.....どうした、機嫌がいいな、クラヴィス」

 食後のジュースを飲みながら、光の守護聖は彼の伴侶に声を掛けた。さすがジュリアス。最愛の恋人への観察眼を侮ってはいけない。

「そうか.....? ふふ.....善行をほどこすのは気持ちのよいものなのだな.....

 闇の守護聖が小さく笑った。こちらは食後酒を手にしている。ちなみにリュミエールも食後酒だ。ジュリアスはひどく酒に酔いやすいため、ジュースしか注れてもらえない。

「善行? .....なにかございましたのですか、クラヴィス様.....

 ライチの皮を器用に剥きながら、リュミエールが問い掛けた。いつものまろやかな笑みが色の薄い頬に浮かんでいる。

「口止めされているのだ.....くくく.....

 クラヴィスが言う。そう言われると聞きたくなるのが人情で、殊にジュリアスはあからさまな反応を示した。

「なんなのだ! 気になるぞ! つがいの間に隠し事は無用だ。安心してしゃべるがよい」

 なにか一歩ずれている気がするが、光の守護聖が必死なのは言うまでもない。白磁の肌に朱がのぼり、腰が少し浮いている。リュミエールも興味深そうにクラヴィスを見つめた。

.....おまえたち.....だれにも話してはならぬぞ.....

 つい、口をつく笑みをこらえながら、クラヴィスは声をひそめた。

 ふんふんと金の髪と水色の髪が側による。

  

 闇の守護聖は妙に機嫌のよい口調で、このたびの一件に着いて語って聞かせた。そして最後にふたたび口外を禁じたのである。

   

  

  

.....マルセルが.....そのような.....笑ってはいけませんが、愛らしいお話ですね.....

 リュミエールが困惑しつつも、楽しそうにそう言った。

「マルセルがな.....あれももう十四になるのであったか.....

「ああ、そのようだな.....私に相談してきた時は、今にも湖に飛び込みそうな悲痛な様子であったぞ.....

 その時のことを思い出したのか、クラヴィスが苦笑する。

「ふぅ〜ん.....しかしなんでそなたに相談したのだろう?」

 ジュリアスは不満げだ。相談ごとなら公私ともども首座の守護聖ジュリアスに頼って欲しいと思ったのかも知れない。

「さぁな.....たまたま、考え事をしているところに、私が通りかかっただけなのではないのか.....

 闇の守護聖は適当にいなした。こういうデリケートな問題を相談するのに、ジュリアスほど不適任な人物はいないなどと間違っても口にはしない。家庭不和の原因になりかねないからだ。

.....ふふ.....でも、無事解決してあげられて、ようございました.....本人にとっては切実な問題でしょうから.....

 リュミエールが笑う。それにうなずきながら、

「そうだな! かくいう私もやはり悩んだ時期に、年長の者に治してもらったものだ!」

 とジュリアスが言った。あまりにもさわやかに。

.....なに?」

 思わずクラヴィスの声が固まる。いかに幼い頃とはいっても、現在の伴侶の大切なものに触れ、彼を大人にした人間に対して平静ではいられない。

  

 .....もしかしたらそれ以上のことも.....

 そこまで考えてしまうクラヴィスである。

  

 そんな闇の守護聖の煩悶を一顧だにせず、ジュリアスは恥じらいもせずにあっさりと言って退けた。

「十四の時、カティスにしてもらったのだ。やはり痛かったが、大人になったという実感があったな!」

 うんうんとうなずくジュリアスであった。

 クラヴィスの脳裏には長い金の髪を後ろでひと括りにした、粋なオヤジの姿が浮かぶ。不愉快にも満面の笑みを浮かべて、額の横に手をかざしているポーズだ。そう、鬼のようにさわやかに。

 

 その時である。

「偶然ですね!」

 いきなりリュミエールが言い出した。見ると頬が薔薇色に染まっている。

.....リュミエール?」

「ええ、クラヴィス様。わたくしもカティス様に手ほどきを受けました.....やはり怖かったし痛かったのですが.....カティス様は本当にお優しくて.....

 悪気はないのだろう。なつかしげに水色の天使はうっとりと瞳を閉じた。

   

 .....あんのエロおやじ〜〜〜っ!.....

 

 思わず、声にならない叫びを発するクラヴィスである。

 善行を施した心の潤いも吹っ飛んでしまった。

   

.....カティス.....おまえとは一度決着をつけるべきであったな.....

 ひとりつぶやくクラヴィス。

  

 目の前では最愛の伴侶と可愛い水色の天使が楽し気に談笑している。

 このふたりの『お初』を奪われたショックは大きかったが、考えてみれば、当時はクラヴィスだとて幼かったのだから、いたしかたないのだ。

 だがしかし.....ショックの大きさにそこまで頭の回らない闇の守護聖であった。

  

 本館では月の女神と緑のティンカーベルが夢の世界だ。

  

 どんな夢を見たのか、思い起こす前に次の朝が来てしまう。

 でも、翌日の太陽は、いつもの日ざしと輝きが違うように感じられた緑の守護聖、十四歳の春であった。