銀の軌跡
 
 
 
 
 

 

 

「陛下! 今のお話は……?」

 素頓狂な声を上げたのは光の守護聖ジュリアスであった。冷静沈着を旨とし、またそれを自ら口にする光の守護聖だ。そんな彼が謁見の間で声をあげると言うのはよほどのことであろう。

  

 二度めの女王試験終了直後、聖地を襲った黒い嵐、『皇帝』レヴィアス。別宇宙の女王の協力を得て、事なきをえたものの、その被害は甚大であった。惑星に生息する諸動物の魔導力による変型変質。それによる民への負担ははかりしれないものになった。

 またそれ以上に、この宇宙を導く女王の存在を脅かし、守護聖の拉致監禁など前代未聞の大事件だったのだ。

 

 だが、『皇帝』のすべての破壊的行為は、すべて彼自身の「悲しみの心」から発動されているものであった。自分の力ではどうすることもできない、心の闇に巣食われていたのである。

 その魂が解放された今、彼はアンジェリークのおさめる別宇宙に転生したのである。心の浄化を遂げて……

  

 さて、前置きが長くなった。

 厳格なる首座の守護聖、ジュリアスの叫び声の原因は、この宇宙の女王……金髪のアンジェリークの提案に対してのものだったのである。

  

「おちついて、ジュリアス」

 うふっと笑う。相変わらず笑顔の愛らしい女王陛下だ。

「はっ、これは失礼いたしました..........ですが.....陛下.....

「大丈夫よ、ジュリアス。終わりまで聞いて下さい。『皇帝』レヴィアスが別宇宙にそのまま転生されたのは皆様もご存じでしょう?」

 守護聖及び教官一同が声もなくうなずく。あの長く苦しい旅とその結末を思い出しているのだろうか、涙ぐんでいる幼い者たちもいる。

「レヴィアス.....いえ、彼はアリオスだわ、傷付いた心に押しつぶされそうになって、悲鳴を上げていたさびしい魂.....

「陛下.....

 リュミエールが力強くうなずく。

....................

「でも、皆の協力によって、彼の心の暗黒を取り除くことができたのよ。そして、彼は柔らかな心を取り戻したの。だからお任せしても大丈夫.....ね?」

....................

 ジュリアスはむっつりと黙り込んでいる。こういう時こそ、首座の守護聖の一言が必要なのだ。彼が口を閉ざしてしまったら、賛否両論、誰も口にできやしない。

 その時である。いつもは寝ているのか起きているのか判別のつかない、闇の守護聖がゆっくりと口を開いた。つぶやくような物言い。

.....よいではないか、ジュリアス。あの者の魂が救われるところをおまえも見たであろう.....

.....クラヴィス」

「でなければ、女王陛下の要請に応えなどせぬ.....

「クラヴィス様.....

 かたわらに立つ、水の守護聖が嬉しそうに彫像のような横顔を眺めた。クラヴィスの顔にはほとんど表情というものがない。

「ね? ジュリアス」

.....ですが、陛下」

「あのね、ジュリアス。アリオスは私が、この宇宙をもう一度安定させるために力を貸してって言った時、少し驚いたようにこう言ったのよ。『この俺でいいのか』ってちょっと困ったように.....でも、嬉しそうに.....うふふっ」

「まったく陛下ときたら、自分自身で話をしに行くって聞かないんですから!」

「いいじゃない、ロザリアったら。本当のあの人はとても綺麗な魂の持ち主だってわかったでしょう?」

 ふわりと笑った金の髪の女王の背に白い翼があらわれた。

  

 そこまで話を聞くと、ジュリアスは小さく笑みをこぼし、ひとつため息を吐き出すと、

.....御意.....

 と、一礼した。

 うわぁっ!と、小さな占師が声を出す。それにつられたのか、年少組が嬉しそうに騒ぎだした。お子さま係のルヴァが、あわててたしなめるが彼の頬も弛んでいる。

 誰も彼もが、アリオスの心の暗闇を理解し、それを浄化させた勇気とあらわれた清らかな魂を知っている。そして、すでに『皇帝』レヴィアスはいないのだ。皆が知っているのは、共に苦労を分かち合い、旅を続けた仲間のアリオスなのである。

   

「うふふ、よかったわ。明日には聖地にアリオスが来るわ。教官の皆様もお引きとめしてしまう形になって心苦しいけど、みな、仲良くしてね」

 幼稚園の保母さんのような言葉を残して、金の髪の女王陛下は謁見の間から退出した。感性の教官と炎の守護聖が顔を見合わせてやれやれと笑う。

  

 いまひとつ納得しきれない様子の、金の髪の守護聖に漆黒の守護聖が小さく声をかける。憮然とした表情でうなずきながら話を聞いていたが、何を言われたのか、急に真っ赤になってしまった。

 光と闇。一対の守護聖は神誓を交わした仲なのである。

   

 聖地にアリオスがくる。

 明日がよい天気であればいいと、誰もが考えた。

  

「あ.....あの、アリオス.....おはようございます.....

 とうとつにアリオスの部屋を訪ねてきたのは水色の守護聖であった。

   

 無事、対面式も終えたアリオスと守護聖一同。なんのわかだまりもなくなついてくる幼少のものたちに少々驚きを隠せぬ様子であったが、以前のあの調子で「よろしく頼む」といったアリオス。

 彼らのやり取りを、かたわらからハラハラと見守っていた水の守護聖は、深い安堵の吐息をついたものだ。

 だが、リュミエール自身は生来のひっこみじあんが災いして、ほとんどまともに挨拶をすることができなかった。

 おどおどと手を差し出しているあいだに、アリオスはさっさと目の前を行き過ぎてしまったのだ。もしかしたら不愉快に思ったのかも知れない。そう考えると夜も眠れない水の守護聖であった。

  

.....アリオス?」

 カギのあいている部屋をゆっくりと開ける。

 アリオスの屋敷は女王陛下が用意したものだ。たくさんの使用人も付けたはずなのに、そこにはだれもいなかった。うっとおしいと言って、人を置くのを断わったらしい。

 そんなわけで、リュミエールはひとりでアリオスの部屋を訪ねるしかなかったのだ。

.....アリオス?」

 うららかな陽の光がさしこむ居間。いるべきはずの人の姿は見当たらない。

.....あの.....どなたもいらっしゃいませんか?」

 心細気に声がゆれる。はじめての見知らぬ場所は苦手であった。

.....アリオス? リュミエールです.....あの.....リュミエールです.....

 いきなり名を名乗りながら、辺りを徘徊する水の守護聖。こんなところが少々変わっている。

.....アリオス?」

 

 その時であった、居間からつづく扉のひとつが薄く開いていた。光がもれていないことから、この部屋よりも薄暗いと考えられる。

.....寝室でしょうか? まだ.....お休みなのかしら.....

 小首をかしげるリュミエールである。ひそかに闇の守護聖が愛しているしぐさの一つだ。

.....せっかく来たのですから.....いってみましょう」

 自らにうなずき、リュミエールは奥の部屋へと足を運んだ。

 

 .....思ったとおり、そこはアリオスの寝室であった。

 幾重にもローブの引かれた天蓋のベッドはひどく豪奢であまり彼の好みではないような気がする。だが、彼はもともと王族の出身なのだ。ふつりあいとは言えない。

 巨大な寝台にうずくまるように眠る銀の髪の騎士がいた。

.....ああ、まだお休みなのでしょうか.....

 見ればわかるだろうと突っ込んではいけない。これがリュミエールなのである。

 水の守護聖はアリオスを起こさないように、そっと彼のかたわらにすすんだ。今日は休日なのだ。何時まで寝んでいようと、リュミエールが口出しすることではない。紺色の教官など、午後まで寝ていると聞く。

 アリオスの寝顔は少々疲れが見えるものの、とてもやすらかなものであった。リュミエールがほっと安堵の吐息をもらす。

 いきなり聖地に来て、慣れない環境の中ですぐさま生態系の修復作業にとりかかるなど、無謀としかいいようがない。

 女王は、アリオスに少し身体を休め、聖地に慣れるまで執務の遂行はおやすみするようにと申し伝えたのであるが、アリオスはそれを断わった。到着当日から資料整理を始め出したのだ。そんな彼に不安を覚えていたのはリュミエールだけではあるまい。

.....やはり.....少々顔色が悪いようですよ.....身体をこわしてはなんにもなりませんよ、アリオス」

 相手が眠っていると分かると、リュミエールはいつもの調子で話ができる。ついつい心配が口につくのだ。

「ええと.....ちょっと、ごあいさつの練習してみましょう」

 リュミエールがつぶやいた。アリオスは眠ったままだ。

 

「それではあらためて.....わたくしはリュミエール。水の守護聖です。このまえはきちんとごあいさつもできずに申し訳ありませんでした。あなたとごいっしょにお仕事ができるのをとても嬉しく思います。.....どうぞ仲良くして下さいませ.....ええと.....このようなものでしょうか.....?」

 また小首をかしげる。

..........

 アリオスが小さくうめいた。そろそろ目がさめるのかも知れない。リュミエールははっと息を飲んだ。とたんに緊張が襲ってくる。

「あ.....あの.....

 あわてて辺りを見回すリュミエール。ほとんど話をしたこともない人間の屋敷の寝室に入り込んでいるなど、よくよく考えてみれば尋常じゃない。普通の人間なら、不審に思うはずである。

..........あ?」

 アリオスの氷の色の瞳がゆっくりと開かれた。リュミエールはあたふたとうろたえる。

..........あの.....そのっ.....わたくしは.....あの.....

 その時である。もうろうとした表情のまま、ゆっくりと身を起こすと、アリオスはかたわらに立つリュミエールの細腕をぐいと掴んだ。

「きゃっ.....

 そのまま細い身体を寝台に引きずり込む。物凄い腕力だ。

「きゃああああぁぁぁぁぁっ!」

 耳をつんざく絹を裂くごとき悲鳴。それにびくりと身を震わせると、アリオスはごしごしと目を擦った。大きなあくびがひとつ出る。

.....いやっ..........アリオスっ! はっ.....放して下さい.....っ!」

..........?」

 アリオスはぼんやりと身体の下のリュミエールを見た。じーっとその白い顔を見つめる。

..........アリオスっ?」

.....あんた.....だれ? なんで俺のベッドにいるんだ?」

    

 リュミエールは今にも卒倒しそうになる。

 だが、ここで気絶するわけにはいかない。早鐘をうつ左胸を押さえつつ、説明すべくゆっくりと口を開いた.....

「あ.....あの.....わっ.....わたくしは.....わたくしは.....

....................

「あっあの.....っく.....うっ.....うっ.....

「ちょっ.....おいおい、なに泣いてるんだよっ」

「すっ.....すみません.....

 震える唇をぐいとしめると、ひっくと咽が鳴る。その様子にあきれたのか、アリオスはしかたなさそうに、腕を引っ張ってリュミエールを起こしてやった。

「あ.....あり.....あり.....ありが.....ありがとう.....ごっ.....

 しゃくりあげるリュミエール。

「ああ、いいよいいよ。.....思い出した。あんた.....水の守護聖だろう?」

.....はい、申しわけありません.....

 びくびくとうなずく。おびえる少女さながらのその姿に、さすがのアリオスも辟易してしまう。

「うっとーしいな。仮にも守護聖様とやらなんだろ。おどおどすんな」

「はい.....すみません」

「あやまるなっ!」

「はっ.....はい! すみま.....いっいえ、あの.....その.....

 ついつい詫びの言葉が口をつきそうになる。あわてて口をおさえるリュミエールにアリオスが吹き出した。

「ぶっ.....

「な.....なに.....?」

「いや.....あんたって、変なやつだな」

.....え? ええっ?」

「もっと、つまらねぇ奴かと思った。ホント、見てて飽きない」

「そっ.....そのような.....

 さすがにむっとしたのだろう。リュミエールは上目がちにアリオスを睨み付けた。さきほど泣いたためか、未だ瞳のふちに涙の雫がついている。青銀の睫毛にそれはキラキラと光り、とても美しかった。

「怒るなよ。それより.....なんであんたがここにいるの?」

「あんたではありません! リュミエールですっ」

 お怒りついでにきちんと修正させる。

「はいはい、ではなにゆえ、リュミエール様が俺のベッドにいるのですか? もしかして寝込みを襲いにいらしたのですか?」

 意地悪いアリオスの口調に、またもや涙腺が緩む。じわりじわりと涙の滲んできた水色の瞳に、アリオスが慌てる。

「ちょっと! 悪かったよ、泣くなよっ! おい、リュミエール!」

「ひぃひぃ.....

「頼むから.....泣かないでくれぇ.....

「えっ.....えっえっ.....

「ああ、もう! いいよ、別にどうでもっ! とにかく泣き止んで、ほら立てよ!」

 どうにもこのアリオス。リュミエールのようなか弱いキャラクターが苦手なようである。こぶしは怖くないが、涙は恐ろしいというタイプだ。

 特に女性顔負けの美貌を持つ水の守護聖である。彼の泣き顔はどんな美女、美少女のものよりも、弱々しく儚気で.....そして愛らしかった。

.....すみません」

「いいから! さっきあやまるなっていっただろうっ」

「はい.....

「じゃ.....その.....わりィけど、ひとりで帰れる? 俺はこれからメシ食いに行くから.....

 なんとかことなきを得たいらしい。さっさとリュミエールを帰そうとする。

.....お食事? 料理人の方はどうなさったのですか?」

 大分落ち着きを取り戻したリュミエールが、水の守護聖の顔に戻ってたずねる。

.....ああ、掃除のおばちゃんに晩飯だけ頼んである。朝と昼はいるかいないかわからねぇし.....せっかく作ってもらって食えなかったら悪いだろ」

 どうということもなさそうにアリオスが言った。しかし水の守護聖は彼の言葉にいたく感動したようである。うるうると瞳をゆらめかせ、

.....あなたは本当のやさしさをお持ちの方なのですね.....

 と言った。普通の人間がきいたら、かなりイッちゃってる発言であろう。案の定、アリオスが危険物を見るような表情でリュミエールをうかがっている。

「ああ、アリオス。わたくしはあなたが大好きです.....どうぞお困りのことがあったら、なんでもわたくしにおっしゃってください.....

.....はぁ.....

「さしずめ、今は栄養のある朝食ですね!」

.....へ?」

「ええと.....調理室はあちらですか。少しお待ちくださいね!」

 言うが早いか、リュミエールはきびすを返すと、さっさと廊下に出ようとする。

「お.....おい、ちょっと、待てよ!」

「なにかリクエストですか?」

「そうじゃなくて.....

「お料理には自信があります! さぁ、あなたはお着替えをすませて、顔をあらっていらっしゃい」

 リュミエールはさも時間がないといった様子で、長い髪をまとめながら、せかせかと部屋を出ていった。

  

 取り残されたアリオスはひとつ大きくため息を吐き出すと、  

..........たまんねぇなぁ..........

 と、つぶやいた。

   

  

「いかがですか.....?」

 リュミエールは、スプーンにひとさじスープをすくったアリオスに声をかけた。

.....うまい.....

.....本当に?」

 アリオスのつぶやきに水色の双眸がゆれる。

.....ああ、マジでうまいよ。.....あんた器用なんだな.....

 いかにも感心したように言うアリオス。だがじっさい、リュミエールの手作りの料理には定評がある。あの無関心男、クラヴィスをして、「旨い」といわせるのだから。

「あんたではありません、リュミエールですっ.....でも.....うれしいです。 .....お料理はそれなりに自信があったのですが.....お口にあわなかったらと思うと.....

「合うよ。うまい。..........これは?」

「アスパラガスのパスタです。グリーンソースが綺麗でしょう? アスパラは消化をたすけるし、パスタにとても合うのですよ」

.....ふーん、よくわからねぇけど.....へぇ、うまい!」

「うふふ.....そうですか?」

「ああ、こんなのめったに食わないけど、案外いけるもんだな.....

 次から次へと無心で口に運ぶ。その様子をリュミエールは嬉しそうに見ていた。

 考えてみればもう昼近い。よほど腹も空いていたのであろう。アリオスは、手作りのコンソメスープとサラミのサラダ、アスパラガスのパスタをいっきにたいらげた。

 

「ごちそうさま。.....サンキュ」

「いいえ、こんなにおいしそうに食べて下さったのは、あなたが初めてです」

「そう? こんなうまいものだったら、毎日でも食いたいぜ」

 何気なく言うアリオス。まんざら嘘でもないらしい。それはすっかり空になった皿が雄弁に物語っている。

「本当に? でしたら、これからも食事をつくりに来て差し上げますね!」

 少女のように頬を染めてリュミエールが言った。

「ええっ、いや、それはいいよ.....別にそんなわざわざ.....

.....でも、おいしいと言って下さいましたでしょう?」

「ああ、そりゃそうなんだけど、あんただって忙しいだろう」

 アリオスは言う。もちろん心半分、本当にリュミエールの多忙を気づかってのことであろうが、半分はうっとうしかったに違いない。実際、人となれ合うことに慣れていないアリオス。ぶっちゃけた話、ひとりが好きなタイプなのである。

 

.....ごめいわくなのですか.....?」

 リュミエールの声が沈む。そっと見てみると、またもや水色の瞳がうるんでいる。

.....あのな.....ああ、じゃ.....そうだな.....休日に来てくれよ。それならあんたにも負担にならないだろう?」

 休みの日なら週に1、2日程度である。それくらいならば大して面倒ではないと考えたのであろう。

「はい! そうですね、では.....次のお休みには何をつくりましょうか.....

「一週間も先じゃねぇか」

「でも、考えると楽しいではないですか」

.....変なやつ.....

 幸い最後のつぶやきは水の守護聖には聞こえなかったらしい。彼はお茶を入れるためにいそいそと調理室に戻り、何種類かのクリスタルの瓶を持ってきた。

「お茶を入れましょうね。.....ええと、あなたはなにがお好みですか?」

 とは、聞きながらも、ちゃっかりハーブの物色をしているリュミエールである。先ほどの料理の件といい、案外強引なところがあるのかも知れない。

.....え、ああ.....別に.....コーヒーかなんかでいいぜ」

 どうでもよさそうにアリオスが言った。正直なところ彼はほとんど飲食に興味がない。

「コーヒーは胃に悪いです!」

 びしっと指摘するリュミエール。

「あ、はぁ.....

..........それでなくてもお疲れのご様子なのに。.....ハーブティーにいたしましょう。幸いカモミールがあります。今度、わたくしがブレンドしたお茶を持って参りますので、今日はカモミールティーにいたしましょう」

 にこりと笑いつつ、リュミエールはお茶の準備に取りかかった。

.....あんた、お茶もつくれるの?」

「リュミエールですってば!.....そうですね、つくるというのとは違いますが.....幾種類かのハーブをブレンドして、好みの味や香りを楽しむのです。ハーブは薬草ですから、種類をまぜあわせることによって、さまざまな効能が得られるのですよ」

「へぇ.....物知りだな」

.....好きなのです。だから知っているのです.....はい、どうぞ、アリオス」

 リュミエールがティーカップをテーブルに置いた。

「ああ、どうも」

 水の守護聖のまっしろな手指を不思議そうにながめつつ、アリオスはカップを手に取る。そして口を付けた。

....................

.....いかがですか?」

.....................

.....おいしくありません?」

.....いや.....不思議な味.....

 そうなのだ、ハーブティとは一種独特の味わいを持っている。初めての人間には違和感が強いのである。

「そうですね.....確かに初めての方ですと、少々慣れないかも知れませんが.....カモミールは身体の疲れをとるのですよ。ですからコーヒーや紅茶よりはおすすめなのです」

「ふーん.....

 アリオスはそれ以上何も言わず、だまって飲みつづけた。

  

「アリオス.....

 最初に口を開いたのは水の守護聖であった。

.....ん?」

 まだハーブティを飲みつづけているアリオス。

.....あの.....今日はすみませんでした.....

....................?」

「勝手に.....その.....お屋敷に入ったりして.....寝室にも.....

 言っているうちにだんだんリュミエールの顔が赤くなってゆく。ほんの少しこの状況に慣れてきて、冷静さを取り戻したのかも知れない。

「ああ、別にもういいけど。.....なんか用事があったんじゃないのか?」

.....はい.....あの.....わたくし.....

.........................

「あの.....先日.....きちんとごあいさつできなかったので.....その.....

.....はぁ?」

「ですから.....そのおわびと改めてごあいさつをと思って.....うかがったのです.....

.....それで朝っぱらからわざわざここへ?」

 どうにもこの水色の麗人はアリオスの理解の範疇をこえている。呆れたようにその美しい顔をまじまじと見つめる銀の騎士である。

.....はい.....でっ.....でも.....あのとき.....握手していただこうと.....手はさしだしたのですが.....あなたは気づいて下さらなくて.....

.....そりゃどうも」

.....で、ごめいわくかと思ったのですが.....こうしてお訪ねして参りました.....その.....あらためて、ふつつかものですが、よろしくお願いいたします.....

 まるで嫁に行くようなセリフを吐くと、リュミエールはぺこりとおじぎをした。

「あ.....はぁ、こちらこそ」

 すっかりと毒気を抜かれてしまうアリオス。

   

 時計が耳障りにボーンボーンと二度鳴った。

 あわててリュミエールが立ち上がる。

「あ、では今日はこれで。長居をしてたいへん失礼いたしました。 .....明日からまた、よろしくお願いしますね」

 小首をかしげてにこりと笑った。闇の守護聖の好きなしぐさだ。

 

.....ああ、サンキュ.....。メシ、うまかったぜ、リュミエール.....

 アリオスは言った。

 その言葉に花が綻ぶように微笑みを返す。真珠色の衣をひらりと風に舞わせ、水色の天使は夢のように消えた。

 アリオスはひとつ大きく吐息する。

  

.....変なヤツ.....でも、まぁ、悪い気はしねぇな.....

 ほとんど無理やり飲まされたハーブティのカップを見つめる。やや冷めてしまったそれの残りを、アリオスは一気に飲み干した。