水色の季節 <4>
ほんの小一時間の朝参がひどく長く感じられた。
会議の終結が、光の守護聖から告げられたとき、リュミエールは知らずしらずのうち、となりのオリヴィエにも聞こえるほどの、大きなため息をついていた。
「なぁによ、リュミちゃん。そんなにお疲れ?」
わざと含んだような物言いをする夢の守護聖。からかわれているのだから、適当にいなせばよいのに、ついつい水の守護聖はまともに相手をしてしまうのだ。
「オ、オリヴィエ! なんなのです、さきほどからっ」
「いやぁね、心配してんのよ。会議中何度もため息ついてるし、ずっと俯いたままだったし」
「.....あ」
そうなのである。顔を上げていると、オスカーからの視線が痛いのだ。あからさまににらみつけられたり、不快げに遠巻きに眺められているというわけではない。奇妙に感情のない氷の瞳が、ただひたすら、水の守護聖の横顔を照射していたのである。
「申し訳ございません.....ちょっと.....失礼します!」
そう言い残すと、まだ話したりなさそうだった、夢の守護聖をおきざりに、青銀の天使は、炎の守護聖の後を追った。めずらしくもオスカーは会議が終結すると早々に退出していたのだ。
「おっと、なんだよ!」
「あ、ご、ごめんなさい、ゼフェル!」
あやうく鋼の守護聖にぶつかりそうになって、リュミエールはあわてて謝った。
「おい、リュミエール? そんなに急いで.....」
「ごめんなさい、失礼します!」
長い衣の裾をつまみあげ、水の守護聖は走った。オスカーとジュリアスがふたりでいたら、とてもじゃないが、オスカーに理由を尋ねることなどできはしない。
会議が終わったばかりの守護聖殿への帰り道。今なら、オスカーはひとりで歩いているはずだ。
「オスカー.....オスカー!」
「.....リュミエール.....」
さすがにバタバタと走り寄ってきて、声をかけたのが、水の守護聖だと知ると、オスカーは驚いたようであった。
「.....どうした、そんなにあわてて」
紅い髪の守護聖がたずねた。
「オ、オスカー.....あ、あの.....」
「なんだ?」
「あの.....きょ、今日の会議で.....その.....」
「....................」
「その.....ずっと、わたくしのことをご覧になっていたようでしたから.....少し、気になって.....]
オスカーには自覚が無かったのかも知れない。その言葉を聞いて、ひょいと眉をあげた。
「.....そうか、別にそんなつもりはなかったんだが。不愉快だったら悪かったな。じゃ」
「オ、オスカー?」
ひどくそっけない物言いで、さっさと歩き出す炎の守護聖。水の守護聖は小走りにその後を追った。
「待って、お待ちください、オスカー!」
「なんだ? まだ何かあるのか」
「そうではなくて.....その.....」
自分自身は、これをきっかけに、仲直りしたかったのかも知れない。リュミエールはそう思った。
たとえ、オスカーの気持ちに、そのまま応えることはできなくても、彼とは聖地に来たときからの友人なのだし、同期でこれまでさまざまな場面で助け合ったことを考えれば、ただ友という名の結びつきだというのも、しらじらしい気がしていた。
そう、水の守護聖は、おのれと正反対の資質をもつ、炎の守護聖オスカーに憧れさえ抱いていたのだ。
どんな危険な場面にでも、剣を片手に大事なものを守り通してきたオスカー。おのれの身を盾にすることすら厭わない。それは守護聖のあがめる女王陛下に対してだけというわけではない。おのれよりも弱いもの、幼いもの、守られるべきすべてのものに、平等に公平に発揮されるのだ。そんな彼が女性にもてるというのも道理である。
口にすることはなかったが、水の守護聖は常々思っていたことがある。
光の守護聖ジュリアスと炎の守護聖オスカー。この両名は、その資質において、非常によく似ているように見えるが、その内面は著しく異なるということだ。
ジュリアスはある意味、権威主義的なところがある。
おそらく女王の身に危険が迫ったら、その身を挺してでも彼女を守り抜くだろう。だが、相手が名もない庶民の少女であったらどうだろうか? 『光の守護聖』が取るに足らない一庶民のために、命を懸けるとは思えないのだ。
だが、オスカーは違う。
相手が女王であっても、ただの女の子であっても、必ず守るだろう。それは忠誠心や守護聖としての自覚うんぬんという話ではない。
オスカーはそうしたいから「そうする」のだ。
そんなオスカーの在り方に、リュミエールは憧憬を抱いていた。
「なんだ、リュミエール。話がないなら俺はもう行くぜ。この後、ジュリアス様とお約束がある」
オスカーの突き放すような一言が、ざくりとリュミエールの胸に傷を刻んだ。
「オスカー.....なぜ.....わたくしを無視されるのです? わたくし.....わたくし.....あなたにそんなひどいことを致しましたでしょうか?」
その言葉はほとんど無意識のうちに、水の守護聖の、桜色の唇からほとばしっていた。
「....................」
「わたくしの態度にいけないところがあるというのなら直します。ですが.....あなたにそんなふうに冷ややかな対応をされると.....わたくし.....どうしていいのか.....]
「.....話がそれだけなら、ジュリアス様との約束に遅れてしまうから行かせてもらうぜ」
『ジュリアス様』.....
その一言が、ひどく不快に、リュミエールの耳朶に響いた。
「ジュリアス様、ジュリアス様って.....! 今はわたくしとお話しているのでしょうっ」
水の守護聖は、オスカーをきっと睨みつけた。ついとオスカーが側に寄ってくる。
「.....オスカー?」
炎の守護聖の、大剣を扱うにしては形のよい指先が、リュミエールの真珠色の衣の袖口をつまみあげた。
「白檀の香りがする」
「..........っ?」
「あの方の香だな。おまえにもよく似合っている」
「オスカーっ? 違いますっ、これは.....!」
「じゃあな、リュミエール」
話は終わったとばかりに、炎の守護聖はつかつかと歩み去っていった。
悪い夢を見ているように、その後ろ姿を、ただ黙り込んだまま、リュミエールは見送っていた..........