執事殿の謹賀新年
 
 
 
 
 

 

 

 みなさん、明けましておめでとうございます。

 光の館の執事、兼ジュリアス様のお世話係り、聖地の筆頭苦労人ランフォードとは私のことです。よろしく哀愁。

 .....我ながらキビシイ自己紹介だ.....

 

 今日は、新しい一年のはじまりに相応しく、清清しい青空が広がっている。冷たい空気はピンと張りつめて、針葉樹の鋭利な葉の裏に氷の模様が描かれている。繊細で瀟洒なグラフィックスは、どのような芸術家の感性をもゆさぶるだろう。

 ああ、私は今、闇の館にいる。

 新年も三日め。一日、二日めは、光の館への来客の応対で、てんてこ舞いであった。ああ、もちろんジュリアス様も顔を出して下さった。とりあえず、一段落して、闇の館に戻るというジュリアス様について、こちらのお方への挨拶に寄ったのだ。

 え.....? ああ、もちろんジュリアス様の伴侶殿、闇の守護聖クラヴィス様に、新年のご挨拶にうかがったのである。

  

「クラヴィス様。本年もどうぞよろしくお願いいたします。ジュリアス様のことも.....いろいろとお手数おかけすると存じますが、お心に留め置いていただけますと.....

 なぜだかわからないが、どうにも私はクラヴィス様相手に、ジュリアス様のことをお話するとき、ついつい詫びの文句を口にしてしまう。それはおのれの背負っていたひどく重い荷物を、不幸にもバトンタッチしてしまった相手への、ねぎらいの言葉に近いのかも知れない。

..........こちらこそ.....世話をかけるな.....

 どうでもよさそうに漆黒の守護聖はつぶやいた。

「そ、それでは、私はこれにて.....

 アルテミュラーさんに会えなかったのは残念だが、ご挨拶を終えれば、長居する理由はない。

.....もう行くのか?」

「あ、はい。本日はご挨拶に寄らさせていただいただけですから」

.....そうか.....ところでジュリアスはどこへ行ったのだ?」

 あー、まったくあのお方は、落ち着きのない! どうしてひと所におとなしく座っていられないのか! さきほど食事をされて眠くなったのだろうか? だとしたら寝室かな?

「え、ええ、お食事を終えられて、おやつもしっかりと.....ですから、お部屋でお休みなのでは?」

 当てずっぽうに私は言ってみた。

「いや.....隣室にはおらぬ.....また、なにやら困ったことをしでかさねばよいが.....

 わずかに困惑したように、眉をひそめる夜の精霊。普段はひどく素っ気無い態度をとられることがあるものの、闇の守護聖様はいつでもジュリアス様のことを心配しておられる。

「では、あの、お捜して参りましょうか?」

 私はそう言ってみた。

「うむ.....またアルテミュラーあたりを、雪のつもった庭などに連れ出されては.....

 げげげーっ!

 そ、そうだ、そういった懸念もあるのだな! この冬、初めて雪の降った翌日の早朝、病弱なアルテミュラーさんを、無神経にも中庭にひっぱりだして、大騒ぎをしたのだ。

 つもった雪をまるめて、逃げまどう銀の女神にぶつけまくり、手袋もナシでブサイクな雪だるまの製作にかりだしたのだ。

 私はあせった。またあのような真似をして、今度こそ、彼の人が風邪でもひかれたら一大事だ。

「ク、クラヴィス様! 急いで捜して参ります! 中庭に入るのをお許し下さい!」

 気合いの入った私の言葉に、こくりと闇の守護聖が頷いた時である。

 

 廊下を挟んだ斜め向いの応接室から、ジュリアス様が飛び出してきた。猛烈な勢いで突っ走ってくる。

 .....な、なんと、泣いているではないか!

「ク.....クラヴィス.....クラヴィス.....うっうっ.....うぎゃあぁぁぁん! うわあぁぁぁっ!」

 恥ずかしげもなく闇の守護聖に抱き着く。気の毒に力任せにだ。苦しげにのけぞるクラヴィス様から、私は視線を反らせた。

「なんだ.....どうしたというのだ.....

「うえっ.....うえっ.....うえぇぇぇん!」

「どうしたと聞いている.....腹でも壊したのか?」

 冗談なのか、シリアスなのか、闇の守護聖はそう訊ねた。ぶんぶんと首をふる光の守護聖。

「そ.....そのようなことではないのだっ! ク、クラヴィス〜っ!」

 

「ご、ごしゅじんさま.....ランフォードさま.....!」

 ジュリアス様のうしろから、銀色の精霊がやってきた。

 .....な、なんと彼も泣いている!

 私は、ジュリアス様のことは、完全にアウト・オブ・眼中で、アルテミュラーさんの前にひざまづいた。そっと手をとってやる。

「ラ.....ランフォード様.....うっうっ.....ひいっく.....

「いったいどうなさったと.....なにがあったのですか?」

 私は掻き口説くようにたずねた。

 かたわらでは黄金のイノシシが咆哮している。

「ぎゃああぁぁあん! クラヴィスーっ! な、なぜにあの者らが死なねばならぬのだっ! うっうっうっ.....

「はぁ.....?」

「かわいそうだ.....あまりにも非情なっ!」

「ジュリアス.....? いったいなんの話.....

「わっ.....私の命を半分やるから..........パトラッシュとネロを助けてやってくれ〜っ! うああぁぁぁ〜ん!」

....................

「うわぁーっ! あ、あんなに幼いのに.....よい子なのに.....あんまりだぁ〜っ! うあぁぁあんっ! わぁ〜んっ!」

「は、はんりょさま.....はんりょさま.....お泣きにならないで.....うっうっうっ.....

 どうやら、連鎖反応らしい。

 だが.....パトラッシュと.....ネロ?

「クラヴィス〜っ! パトラッシュを.....少年を.....助けてやってくれーっ! うわぁ〜んっ! パトラッシュ〜っ!」

「ア、アルのいのちも差し上げますから.....ぱとらっしゅとネロくんを.....うっうっうっ.....

 ルビーの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれる。

「あ、あの.....アルテミュラーさん.....パトラッシュとネロ.....って.....

 『フランダースの犬』の話かいっ?

「ラ.....ランフォードさま.....かわいそうなの.....なんにも悪いことしてないのに.....いっしょうけんめい生きてるのに.....なんで死ななきゃならないの.....?」

 吐息を悲痛にひきつらせながら、銀のアルテミュラーが涙をこぼす。

 ズクン.....! と心臓が痛んだ。

 

 となりでは、クラヴィス様がめんどうくさげにジュリアス様をなだめている。

「泣くな.....あれはただの童話であろう? 落ち着かぬか.....ジュリアス.....

 ジュリアス様は、なんの遠慮もなく、鼻水にまみれた顔を黒衣に押し付けている。.....気の毒にクラヴィス様.....速攻、クリーニングだな.....

「ランフォード様.....

「あっ、はい、アルテミュラーさん!」

「ひとは.....神さまが決めたことには.....逆らえないのですか.....?」

 その言葉に、弾かれたように私は顔を上げた。

 

「いいえっ、いいえっ! アルテミュラーさん!」

.....ランフォード.....さま.....?」

「『フランダースの犬』にはセカンドストーリーがあるのです! あなた方がごらんになられたのは、悲しい方のお話だったのですっ! 一週間.....いえ、五日お待ち下さいっ! 私が真のエンディングをお見せいたしますから!」

....................

「それは本当なのかーっ? ランフォードっ!」

 こなくていいヤツまで飛びついてきた。私は何とか身をかわし、クラヴィス様の目の前だというのも忘れ、銀色のアルテミュラーを抱きしめた。

「ね、アルテミュラーさん! お待ちいただけますね?」

.....はい.....

 涙の渇かぬ双眸をぱちくりと見開き、私の剣幕に気押されたように銀の天使は頷いた。

「素直でやさしい方は、必ず幸せな一生を送ることができるのですっ! 一生懸命おのれの生を生きている人は、誰からも愛されて充実した生涯を送るのです! 絶対にです!」

 力の加減も考えず、私は彼の肩を掴み締めてそう叫んだ。

 

 その様を不思議なものを見るように、クラヴィス様が見つめているのに、なんとなく気付いていた。

.....はい.....はい、ランフォードさま.....

「いい子ですね! 五日ですっ! 五日の辛抱です!」

 

 勝算の薄い闘いに挑むべく、下界オランダ行きのために、五日間の休暇を申請した私であった.....

 たった五日の中で取材と撮影を終えて、アニメーションの製作.....

 この一年も.....どうやら、無事にはすまなさそうな.....

 新年早々、必死に駆けずり回っているおのれに、思わず憐憫の情を感じてしまう私自身であった。