それでもやはり君が好き <7>
闇の守護聖が入れ替わって、そろそろ一週間になる。
聖地を包む夜の帳は、何事もなかったように、いつもと変わらなかった。
月が冲天にさしかかる。
長い夜が、今のジュリアスにはつらかった。
執務のある昼間はまだよいのだ。クラヴィスの無事を信じ、目の前に迫ってくる仕事を片づける。そしていつでも光の守護聖のまわりには、多くの人々が集っていた。
だが、夜はちがう。
ふたりのための寝台は、ジュリアスひとりには大きすぎたし、風の音や木々のざわめきが、不安定な心をさらにかき乱した。
「寝つけぬな.....」
ふぅとひとつため息をつくと、光の守護聖は半身を起こし、頬にかかる長い巻き毛をかき上げた。
「.....今日は疲れているし.....眠れると思ったのだが.....我ながら情けないことだ」
ジュリアスはひとりごちた。
のどの渇きを覚え、寝台を降りてミニバーに立つ。真新しい光の館の、別棟の中でも、この部屋は特別に贅をこらしたこしらえになっている。
何と言ってもクラヴィスと兼用の寝室なのだ。気まぐれな闇の守護聖が、デンとかまえるゴージャスなダブルベッドを使うことはあまりなかったが、ジュリアスの甘い記憶は、そのほとんどがこの部屋でつくられたのであった。
.....こつん.....こつん.....
「.....む?」
かすかに扉をたたく音が聞こえる。重厚な扉はあちら側の音をほとんど通さない。
時計を見れば、すでに深夜零時を回っている。
(こんな夜更けに訪問者もないと思うが.....)
ランフォードならば、急用であれば力強いノックの後、ズカズカと入ってくるだろう。
そのとき、光の守護聖の脳裏に浮んだのは、昼間語らった小さなお客人のことであった。
「.....だれだ。クラヴィスか.....?」
そっと扉を引いてみる。
そこにはジュリアスの思ったとおり、小さな闇の守護聖が立っていた。
「.....どうした?こんな時間に」
光の守護聖はたずねた。
詰問しているわけではないのに、クラヴィスはビクビクと身をふるわせた。
小さな子どもと話をするときは、身をかがめて目線を合わせて、などと考える光の守護聖ではない。
ジュリアスはたいそう背が高い。それに加え、派手派手しいブロンド巻き毛、さらにはお貴族的なゴージャス趣味。これらは、ジュリアスを二倍にも三倍にも大きく見せ、威圧的に感じさせるのであった。
「あの.....ゴメンなさい.....でも.....ボク.....」
「怒っているわけではない。.....眠れないのか?」
ジュリアスは出来るかぎり、やさしくたずねた。
「うん.....今日ね、お風が強いのね.....ザワザワっていうの.....」
抱えてきた身の丈もありそうな枕。それに顔を埋めて、恥ずかしげにクラヴィス少年はつぶやいた。
「そうか.....風の音で寝つけなかったのか」
「うん.....ゴメンなさい。お風の音、キライなの。ザワザワってするの、キライなの.....どっかに連れていかれそうな気がして.....」
黒目がちな瞳をゆらめかせ、闇の守護聖は必死に話しているようであった。
「そうか.....そうだな。私もな、眠れなかったのだ」
意外な話を聞いたように、クラヴィスは黒い瞳を、それこそこぼれ落ちてしまいそうなほど大きく見開いた。
「そうなの? ジュリアスもなの?」
「ああ.....」
「じゃ、あのね。もしよかったらね。おとなりで寝てもいいかしら? ふたりならね、きっとこわくないと思うの」
言い募る闇の守護聖に、ジュリアスは思わず笑みをこぼした。
「.....来るがよい、共に寝もう」
「.....ジュリアス? どしたの?元気ないのね? 悲しいことがあったの?」
「ちがう.....ただな.....寝台が広すぎてな.....」
「.....え?」
「ああ、いや、なんでもないのだ」
そういうと、ジュリアスは小さな闇の守護聖を、ひょいと抱き上げ、寝台に乗せてやった。
「わぁ、ジュリアスのベッド、とっても大っきいのね」
「ん.....ここはな.....私一人の寝室ではないのだ。だから寝台も大きく出来ている.....」
「.....ジュリアス? どしたの、お顔、まっか.....」
光の守護聖は、たいそう正直な男であった。
「んー、ああ、いや、なんでもない。さ、寝ようかクラヴィス」
そこまでいうと、またもや真っ赤に赤面する。なにげなく口にしたひと言は、普段のクラヴィス相手になど、とうてい言うことのできるセリフではなかった。
「さっ!ささ!はやく入れ、風邪を引くぞ!」
「うん.....あのねぇ、ジュリアス。ちょこっとだけお話してもいいかしら」
上目遣いで少年はささやいた。そういえば、記憶の中の、幼い闇の守護聖は、いつも少し困ったような笑顔を浮かべ、はにかんだ上目遣いで話しかけてきた。
「うむ、私もあまり眠くはないのだ!」
楽しげにジュリアスは言った。
「よかったぁ。あのね、ひるまに会った、ひつじさんはジュリアスのお兄さん?」
「ふっ! バカを言っては困るな、クラヴィス。この美貌の私と、平々凡々のランフォードが兄弟? まったく似たところがないではないか!」
「そうなの?だってひつじさんは、ジュリアスにとってもやさしかったじゃない」
「やさしい〜?」
ふたたびジュリアスは、おうむがえしにたずね返した。
「まったくおまえは異なことを申すな!」
「そうかなぁ〜、だってとってもやさしそうに見えたのに.....」
「よいか、クラヴィス。あの男はやさしいのではなく、口うるさいのだ」
ビシリとジュリアスは言った。
「昔ッから小舅のように、くどくどくどくど、食事のことから風呂まで.....やれ好き嫌いをするなとか、やれ耳の裏に石ケンが残っているとか言ってなー」
「やっぱりお兄さんじゃないの」
「.....む.....まぁ、同じ腹から生まれたわけではないが、似たようなものかな。小うるさいが世話好きだし.....」
しぶしぶと光の守護聖は認めた。
「ふふふ。じゃあね。今度はボクのお話ね」
クラヴィスが言った。
「ボクね、あっちの世界のジュリアスとね、とってもなかよしさんなの。ジュリアスは怒ると怖いけど、ホントはすごくやさしいの」
「ああ、さもあろう!」
と、不必要な相づちを打つ光の守護聖であった。
「いっつもボクのこと、守ってくれるの。ボクね、ずっとね、ジュリアスといっしょにいたかったの。それでね、『どうすればいっしょにいられるのかしら?』って、ボク、ジュリアスに聞いたのね」
「ふむふむ」
「そしたらね。ジュリアスがね、大っきくなったら、ボクをおヨメさんにしてくれるって。そうすれば、ずーっとふたりでいられるんですって」
身振り手振りを交えて、小さなクラヴィスは一生懸命説明した。
「そ、そっか.....そんなコトもあったかな.....」
さすがにドギマギとして、返答に窮する光の守護聖であった。
「え? .....忘れちゃったの、ジュリアス?」
「ああっ! そんな顔をするな! 忘れてない! 忘れるわけないだろう? 安堵せよ!」
細い肩をつかみしめて、ジュリアスはくり返し頷いた。
「ホント? よかったぁ! じゃ、大っきくなったボクは、ジュリアスのそばにいるのね? おヨメさんになってるのかしら?」
「あー、まぁ、その.....多少ニュアンスは異なるが、まぁ、そう言えぬこともないかな.....と、とにかく、共に在るコトに間違いはないぞ!」
「そう! ああ、よかったぁ! ボク、安心したら眠くなっちゃった!」
幼い闇の守護聖は無邪気に笑った。
「そ、そうか.....もう大分遅いしな.....」
「うん、よかったぁ.....ジュリアスは? 眠くならない?」
「ああ、そろそろ眠たくなってきた」
光の守護聖は言った。
「じゃ、お手々つないで、ジュリアス」
「う、うむ」
「おやすみなさい、ジュリアス。はやく大っきくなるから.....待っててね.....」
すぅと大きく息を吸い込むと、それはいつしか規則的な寝息になっていた。あどけない寝顔を見せる小さな闇の守護聖に、さすがの光の守護聖もかなわないようであった.....