それでもやはり君が好き
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闇の守護聖が入れ替わって、そろそろ一週間になる。

 聖地を包む夜の帳は、何事もなかったように、いつもと変わらなかった。

 

 月が冲天にさしかかる。

 長い夜が、今のジュリアスにはつらかった。

 執務のある昼間はまだよいのだ。クラヴィスの無事を信じ、目の前に迫ってくる仕事を片づける。そしていつでも光の守護聖のまわりには、多くの人々が集っていた。

 だが、夜はちがう。

 ふたりのための寝台は、ジュリアスひとりには大きすぎたし、風の音や木々のざわめきが、不安定な心をさらにかき乱した。

 

「寝つけぬな.....

 ふぅとひとつため息をつくと、光の守護聖は半身を起こし、頬にかかる長い巻き毛をかき上げた。

.....今日は疲れているし.....眠れると思ったのだが.....我ながら情けないことだ」

 ジュリアスはひとりごちた。

 のどの渇きを覚え、寝台を降りてミニバーに立つ。真新しい光の館の、別棟の中でも、この部屋は特別に贅をこらしたこしらえになっている。

 何と言ってもクラヴィスと兼用の寝室なのだ。気まぐれな闇の守護聖が、デンとかまえるゴージャスなダブルベッドを使うことはあまりなかったが、ジュリアスの甘い記憶は、そのほとんどがこの部屋でつくられたのであった。

 

 

 .....こつん.....こつん.....

.....む?」

 かすかに扉をたたく音が聞こえる。重厚な扉はあちら側の音をほとんど通さない。

 時計を見れば、すでに深夜零時を回っている。

(こんな夜更けに訪問者もないと思うが.....

 ランフォードならば、急用であれば力強いノックの後、ズカズカと入ってくるだろう。

 そのとき、光の守護聖の脳裏に浮んだのは、昼間語らった小さなお客人のことであった。

 

.....だれだ。クラヴィスか.....?」

 そっと扉を引いてみる。

 そこにはジュリアスの思ったとおり、小さな闇の守護聖が立っていた。

.....どうした?こんな時間に」

 光の守護聖はたずねた。

 詰問しているわけではないのに、クラヴィスはビクビクと身をふるわせた。

 小さな子どもと話をするときは、身をかがめて目線を合わせて、などと考える光の守護聖ではない。

 ジュリアスはたいそう背が高い。それに加え、派手派手しいブロンド巻き毛、さらにはお貴族的なゴージャス趣味。これらは、ジュリアスを二倍にも三倍にも大きく見せ、威圧的に感じさせるのであった。

「あの.....ゴメンなさい.....でも.....ボク.....

「怒っているわけではない。.....眠れないのか?」

 ジュリアスは出来るかぎり、やさしくたずねた。

「うん.....今日ね、お風が強いのね.....ザワザワっていうの.....

 抱えてきた身の丈もありそうな枕。それに顔を埋めて、恥ずかしげにクラヴィス少年はつぶやいた。

「そうか.....風の音で寝つけなかったのか」

「うん.....ゴメンなさい。お風の音、キライなの。ザワザワってするの、キライなの.....どっかに連れていかれそうな気がして.....

 黒目がちな瞳をゆらめかせ、闇の守護聖は必死に話しているようであった。

「そうか.....そうだな。私もな、眠れなかったのだ」

 意外な話を聞いたように、クラヴィスは黒い瞳を、それこそこぼれ落ちてしまいそうなほど大きく見開いた。

「そうなの? ジュリアスもなの?」

「ああ.....

「じゃ、あのね。もしよかったらね。おとなりで寝てもいいかしら? ふたりならね、きっとこわくないと思うの」

 言い募る闇の守護聖に、ジュリアスは思わず笑みをこぼした。

.....来るがよい、共に寝もう」

.....ジュリアス? どしたの?元気ないのね? 悲しいことがあったの?」

「ちがう.....ただな.....寝台が広すぎてな.....

.....え?」

「ああ、いや、なんでもないのだ」

 そういうと、ジュリアスは小さな闇の守護聖を、ひょいと抱き上げ、寝台に乗せてやった。

「わぁ、ジュリアスのベッド、とっても大っきいのね」

「ん.....ここはな.....私一人の寝室ではないのだ。だから寝台も大きく出来ている.....

.....ジュリアス? どしたの、お顔、まっか.....

 光の守護聖は、たいそう正直な男であった。

「んー、ああ、いや、なんでもない。さ、寝ようかクラヴィス」

 そこまでいうと、またもや真っ赤に赤面する。なにげなく口にしたひと言は、普段のクラヴィス相手になど、とうてい言うことのできるセリフではなかった。

「さっ!ささ!はやく入れ、風邪を引くぞ!」

「うん.....あのねぇ、ジュリアス。ちょこっとだけお話してもいいかしら」

 上目遣いで少年はささやいた。そういえば、記憶の中の、幼い闇の守護聖は、いつも少し困ったような笑顔を浮かべ、はにかんだ上目遣いで話しかけてきた。

「うむ、私もあまり眠くはないのだ!」

 楽しげにジュリアスは言った。

「よかったぁ。あのね、ひるまに会った、ひつじさんはジュリアスのお兄さん?」

「ふっ! バカを言っては困るな、クラヴィス。この美貌の私と、平々凡々のランフォードが兄弟? まったく似たところがないではないか!」

「そうなの?だってひつじさんは、ジュリアスにとってもやさしかったじゃない」

「やさしい〜?」

 ふたたびジュリアスは、おうむがえしにたずね返した。

「まったくおまえは異なことを申すな!」

「そうかなぁ〜、だってとってもやさしそうに見えたのに.....

「よいか、クラヴィス。あの男はやさしいのではなく、口うるさいのだ」

 ビシリとジュリアスは言った。

「昔ッから小舅のように、くどくどくどくど、食事のことから風呂まで.....やれ好き嫌いをするなとか、やれ耳の裏に石ケンが残っているとか言ってなー」

「やっぱりお兄さんじゃないの」

..........まぁ、同じ腹から生まれたわけではないが、似たようなものかな。小うるさいが世話好きだし.....

 しぶしぶと光の守護聖は認めた。

「ふふふ。じゃあね。今度はボクのお話ね」

 クラヴィスが言った。

「ボクね、あっちの世界のジュリアスとね、とってもなかよしさんなの。ジュリアスは怒ると怖いけど、ホントはすごくやさしいの」

「ああ、さもあろう!」

 と、不必要な相づちを打つ光の守護聖であった。

「いっつもボクのこと、守ってくれるの。ボクね、ずっとね、ジュリアスといっしょにいたかったの。それでね、『どうすればいっしょにいられるのかしら?』って、ボク、ジュリアスに聞いたのね」

「ふむふむ」

「そしたらね。ジュリアスがね、大っきくなったら、ボクをおヨメさんにしてくれるって。そうすれば、ずーっとふたりでいられるんですって」

 身振り手振りを交えて、小さなクラヴィスは一生懸命説明した。

「そ、そっか.....そんなコトもあったかな.....

 さすがにドギマギとして、返答に窮する光の守護聖であった。

「え? .....忘れちゃったの、ジュリアス?」

「ああっ! そんな顔をするな! 忘れてない! 忘れるわけないだろう? 安堵せよ!」

 細い肩をつかみしめて、ジュリアスはくり返し頷いた。

「ホント? よかったぁ! じゃ、大っきくなったボクは、ジュリアスのそばにいるのね? おヨメさんになってるのかしら?」

「あー、まぁ、その.....多少ニュアンスは異なるが、まぁ、そう言えぬこともないかな.....と、とにかく、共に在るコトに間違いはないぞ!」

「そう! ああ、よかったぁ! ボク、安心したら眠くなっちゃった!」

 幼い闇の守護聖は無邪気に笑った。

「そ、そうか.....もう大分遅いしな.....

「うん、よかったぁ.....ジュリアスは? 眠くならない?」

「ああ、そろそろ眠たくなってきた」

 光の守護聖は言った。

「じゃ、お手々つないで、ジュリアス」

「う、うむ」

「おやすみなさい、ジュリアス。はやく大っきくなるから.....待っててね.....

 すぅと大きく息を吸い込むと、それはいつしか規則的な寝息になっていた。あどけない寝顔を見せる小さな闇の守護聖に、さすがの光の守護聖もかなわないようであった.....