たまにはいいね★
 
 
 
 
 

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉーっ!」

 凄まじい掛け声、飛び散る汗。しゃかしゃかというボールをかき混ぜる音..........クリスマスの朝にはあまり似つかわしいとは言い難い、一日の始まりであった。

 闇の守護聖クラヴィスは、いつもどおりの遅い目覚めを促された。先ほど耳にした怒涛のような掛け声.....もちろん彼の伴侶、ジュリアスのものだ。

 

「もはや、一刻の猶予もならぬ! 急げ! アルテミュラー! 次は卵だっ!」

 光の守護聖の指示の声。相当切羽詰まっているのであろう。常日頃、執務に命を掛けている彼であるが、このように張りつめた声を発するのはめずらしい。

「は......はい! はんりょさま.....っ!」

 震える声で返事をかえすのは、銀の髪の青年。闇の守護聖の側仕え、アルテミュラーだ。『はんりょさま』は『伴侶様』である。

 そう、光の守護聖と闇の守護聖は共に誓いを交した正式なつがいなのである。クラヴィスの身の回りの世話をしているアルテミュラーはジュリアスを「はんりょさま」と呼ぶ。

 

「何ごとだ.....騒々しい.........

 ぶつぶつとつぶやきながら、クラヴィスは歩きなれた別棟の廊下を声のほうへと進んでみる。

 

「ああっ! はんりょさま......ごめんなさいごめんなさい....っ」

「なんとしたっ!?

「ごめんなさい......えっえっえっ.........

「バカものっ! 泣いていてはわからぬ! 時間がないのだっ 早く申さぬかっ!」

 ジュリアスの鋭い叱責。

 光の守護聖の声はとても良く響く。当然、たったいま廊下を歩き出したクラヴィスの耳にも。闇の守護聖は少し不安になって、歩みを速めた。

 現在はジュリアスとアルテミュラーはそれなりに上手くいっている。だが、ここまで漕ぎ着けるには、いくつもの問題をクリアーしてきたのだ。いつまた何かが原因で二人の関係が悪化するかはわからない。いや、正確にはジュリアスのほうから、アルテミュラーに絶交状を叩き付けるという形になろう。

 アルテミュラーはジュリアスに不思議なほどなついている。ひたすら、ジュリアスに嫌われるのを恐れるほどに。

 どうやら、怒鳴り声は厨房から聞こえるようだ。不思議に思いながらもクラヴィスはそこをそっと覗いてみる。

 .......そして理解した。ケンカではないらしい。そういう意味では安心できるといえよう。

 だが、その光景を目にした途端、闇の守護聖は突然、背筋を這い上がるぞっとするような寒気と、歯の根の合わなくなりそうな恐怖に襲われた。

 ジュリアスは白いエプロンをしていた。フリルの付いた....いや、つきすぎた華やかなものだ。アルテミュラーもうす水色のエプロンをしている。こちらはいたってシンプルなものだ。

 .......いや、闇の守護聖にとって、二人のエプロンが何色であろうと、フリルが付いていようといまいとそのようなことはどうでもよかった。問題はふたりが行っていること.......どうみても今夜のための準備に相違ないのだ。

  

 ..........クリスマスケーキをつくっている........

 

 クラヴィスは、さーっと血の引いていくのが自身でも感じ取れた。

   

「ふぇっ....ふぇ......え〜ん.....え〜ん.....ごめ.....ごめんなさい.....ごめんなさい.....卵の.....卵の殻が上手く割れなくて.....えっ...えっ......

「なに!? あ! 黄身と白身が一緒に入ってしまっている! この、うつけもの! そなたは卵一つ上手く割れぬのか!?

 ジュリアスは眉をつんつり上げて怒鳴り散らす。アルテミュラーは怯えながら卵をジュリアスに手渡した。

「ごめ...ごめんなさい......もう一つははんりょさまが割って下さい.....アルがかき混ぜます」

 そういいながら、ジュリアスのボールを受け取った。

「ふっ.....最初からこうしてやればよかったな.....私の配慮が足りなかった」

 卵を渡されていい気になっているのであろう。そのままコンコンと角を叩き、ボールの上に構え、パカリと割った........ようにクラヴィスには見えた。

「あっ! ああっ! はんりょさま!」

「むっ! これはこの光の守護聖ジュリアスとしたことがっ!」

 光の守護聖は関係なかろう!と心のなかでつっこみ、青ざめながらも耳をすませるクラヴィス。

「殻が.......殻が入っちゃいました......うっ....うっえっえっ......

 しばし、無言の時間が過ぎる。シーン.....という重いヤツだ。だが、光の守護聖は気持ちの切り替えが早かった。あまりにも。

........なんの! それを貸せ!」

 そういうとジュリアスはアルテミュラーの手から、ボールをひったくった。そして怒涛のごとくかき回す。

「うおおおぉぉぉぉっっ!」

「はんりょさまーっ! 殻が......殻が.......えっ....ふえっ.....ふえっふえっ......混ざっちゃいます......

 アルテミュラーが泣きながら、ジュリアスの周りをおろおろとうろついている。だが、光の守護聖は自らの決断を変えるつもりはないようだ。

「大丈夫だ! むしろこれはカルシウムとなって、クラヴィスの身体を強くしてくれよう! そもそもあの者は太陽にあたっている時間が少ないのだ! きちんと栄養をとって、健康な身体づくりをさせねばな!」

 そんなものを食ったら不健康になるわいっ!とは、さすがにつっこめない。なんせ、覗き見をしている立場である。

「卵の殻を食べると、ご主人様は元気になるのですか?」

 あどけなくアルテミュラーが聞いている。

「もちろんだ! 堅いものにはカルシウムがあるのだからな! 伴侶たるもの常に配偶者の健康に気を配らねばならぬのだ!」

 根拠のない発言を自信たっぷりに発し、挙げ句の果てにはクラヴィスのためとのたまうその神経。だが、まるで悪気がないのがさらにキビシイ。

「キビシイ.........

 思わずつぶやき、引き返そうと振り返った。すると目の前に光の館の執事が直立していた。クラヴィスが話し掛ける前に、いきなり直角に頭を下げる。

.......................

 黙り込んだクラヴィスの手に、何かを握らせた。ランフォードの瞳は深い哀れみの色と諦めの色に染まっていた。

 無言のまま彼は立ち去った。

 クラヴィスが手渡されたものを見てみると.......それは胃腸薬であった。ご丁寧に説明書つきだ。

 

 焦点の合わぬ眼差しで、窓の外を見ると、白いものがちらついている。

「雪だ.........

 クラヴィスは言った。厨房の二人にも知らせてやろうと考えたが、やはりやめた。それどころではなかろう。

 

 ..........不思議なものだ。

 無意識の内に、考えを巡らせる。

 去年のクリスマスは闇の館でひとりで過ごした。そして今年のクリスマスも闇の館で迎える。........そう、ジュリアスと一緒に。しかも、彼の執事とアルテミュラーも一緒にだ。

 

「人とは.......こうも変わるものなのか?」

 ひとりごちてみる。だが、不快な感じはまったくしない。

 来年のクリスマスはどのように過ごすのであろう..........つい、そんなことを考えてしまう。だが、答えは簡単に出た。クラヴィスは我知らず微笑んでいた。

 そう、来年もおそらく今年と同じになるであろう...........不思議な確信にあたたかな吐息が漏れる。これを「幸せ」というのであろうか?

 自らとは、最も縁遠いと思っていたその言葉..........それを簡単に口に載せられる.......

 

「人とは変われるものなのだな.......

 そう結論付けて、クラヴィスはゆっくりと歩み出した。

 自室に戻り、身を浄め、身繕ろいをすませ.......そして、聖なる夜を愛すべきものたちと祝うのだ.........

 

 ふっ......と余裕の笑みを浮かべた次の瞬間、そのシブイ顔が凍り付いた。サイドボードの胃腸薬を見たからだ。

.......ケーキ.......これも....一つの試練だな........

 ゆっくりとため息をつき、意を決してバスルームにきえる闇の守護聖であった。