〜 美女でも野獣 〜
〜 FF7 〜
<2>
第二部
 クラウド・ストライフ
 

 

 

「ええとね、ビーストっておとぎ話に出てくるでしょ。ほら、ディ○ニーのアレみたいな感じ」

 ティファが身振りを交えて、雰囲気を伝える。

「それをもっとおっかなくしたよなカンジかな。実際火を吐くし、腕力もとても人間のそれじゃなくなるみたい。……でもね、クラウド。私が気になるのは、ヴィンセントが変身するってこと自体じゃないわ」

 後半は俺に向かってそう言う。

「彼、言ってたじゃない。変身すると、バーサク状態になって、理性が失われてしまうって」

「……だから何だよ。何が言いたいんだよ、ティファ」

 剣呑な空気に怯むことなく、彼女は言葉を続けた。

「つまり、ブレイクした後のヴィンセントは、敵味方の区別がつかないんじゃないかって言ってるのよ。あのお化けムカデへの攻撃が、もし私たちに向けられたとしたら……」

「よせよ!」

 俺はティファの言葉を鋭く遮った。

 彼女はハッとしたように、目を瞠り、すぐに伏せる。おそらく俺の瞳の中に、本気の怒りを感じとったからだと思う。

「実際、ヴィンセントは俺たちを攻撃しなかっただろ! むしろ、守るように戦ってくれた!」

「それは……あのときはそうだったけど……」

「ティファだって、これまでさんざんヴィンセントに助けてもらったじゃないか! よく平気で、そんな言い方ができるな」

 八つ当たりまじりで、そう言い返した。バレットが困惑顔で、俺とティファを交互に眺める。

「平気で……じゃないわ。私は可能性の話をしているの。あの姿になったヴィンセントとは、会話ができなかったわ。それはあなたも知っているはずよ」

「だったらなんだよ。そのときだけは話ができなくても、もとに戻れば、全然普通だろ!? いつもどおりの、大人しくてやさしいヴィンセントじゃんか!」

「クラウド…… 古代種の寝殿で、セフィロスと戦闘になったときのこと、ちゃんと考えてる?」

 まったくの別方向から物を言われ、俺は一瞬言葉に詰まった。

 ……だが、それは本当にそれまでの話からは、遠く外れたような問いかけで即座に反応できなかっただけだ。

「あたりまえだろ。そもそも俺たちは、セフィロスの足がかりを見つけて、古代種の寝殿に行くんだ。ヤツがそこで待ちかまえている可能性は高い」

「……セフィロス本人との戦いのさなか、ヴィンセントが平常心を保っていられなくなったら? ブレイクして、敵味方見境なく攻撃したとしたら? 私たちのだれひとり、無事ではいられないわ。最悪の事態だって考えられる」

「……ティファ!」

「ごめん。私だって、こんなこと想像したくはないのよ。でも、ブレイクした後のヴィンセントは……『人』の姿を留めていない。私たちの知る、いつもの穏やかなあの人ではなくなって……」

「もういい! そこまでいうのなら、アンタらは別行動をとればいい。俺は……」

 彼女の言葉を、怒鳴り声で遮った俺に、年長組……ここでは、バレットとシドが割って入った。

 

 

 

 

 

 

「まぁまぁ、待てよ、熱くなんなよ、クラウド」

「バレット……! アンタも、ティファたちと行けばいいだろ! 俺とヴィンセントは元軍人だ。ふたりでだって……」

「誰もそんなことァ言ってないだろ、ちっと落ち着け。おまえ、リーダーだろ」

 シドに肩を叩かれ、俺は深く息を吐き出した。これ以上、ヴィンセントを悪くいわれたら、すぐさま彼を連れて出て行こうとさえ考えていた。

 冷静になれば、ヴィンセント自身が承服するはずはないのに。

 俺が仲間から外れ、彼とふたりで行動したいと、どれだけ説得しても、きっとひとりで身を隠してしまうだろう。あの人はそういう人物なのだ。

「ティファもだよ。おまえらふたりがケンカしても無意味だろーが」

 シドに呆れたように言われ、俺は唇を噛みしめた。そうしていなければ、感情のままに怒鳴ってしまいそうだったから。

「ねぇ、クラウド。あなただって、ティファの言葉の真意はわかってるんだよね。彼女が万一の事態を心配しているって……」

 エアリスの静かな言葉が、熱くなった頭を冷やしてくれる。

 そうだ。

 ティファの言いたいことはわかる。

 わかるけど、それを俺まで認めてしまったら、ヴィンセントの気持ちはどうなる?

 無理を言って、こんな旅に付き合わせて…… あの姿に変身させてしまったのだって、元はと言えばこちらのせいなのだ。

「……ヴィンセントは、俺を庇ったせいでリミットブレイクしたんだ」

「クラウド、でも、それは……」

 言葉を挟んできたティファの物言いを遮る。

「アンタは現場を見ていないだろ。……アレをまともに喰らっていたら、俺は今ここにこうしてはいられない。ヴィンセントが守ってくれたから……」

 そしておそらく、彼自身が負傷しつつも生きているのは、リミットブレイクが『アレ』だったからだ。

 ヴィンセント以外の仲間のブレイクは、必殺技での攻撃が可能になるというレベルなのである。常人とは異なる身体機能を持つ彼だからこそ、俺も彼も助かったのだ。

 

「まぁよ、ティファ。オメーの言いたいことは、その場に居合わせなかった俺たちもよくわかったよ。だからよ、もっとポジティブに考えようぜ」

 そう言ったのはバレットだった。

「あいつはツラはやさしげだけど、ブレイクしなくても、十分強いだろ。当然だよな、元・神羅の軍人なんだから」

「……タークスだ。神羅のエリート部隊だからな。強いのはあたりまえだ」

「だったら、古代種の寝殿に着く前に、俺たちももうちょい鍛えて強くなっておこうぜ。ヴィンちゃんをリミットブレイクさせずに済むくらいによ」

「シド……」

 トレードマークのたばこをふかしつつ、ごく当然と言った雰囲気でシドが言った。

 汽車の煙のような、のんきな輪っかが場違いに空を漂っている。

「マテリアで『かばう』ってのがあったろ。あれを上手く使って、ヴィンセントに直接攻撃がいかないように、皆で工夫するんだ。もともとあいつはガンマンだし、女みたいに線の細いヤツだからな。ここは俺ら野郎どもの出番だろ」

「だな。俺とシド……そんで、クラウド、おまえだ。この三人で最前線を張ればいい」

 バレットが言った。

「……いいのか、ふたりとも」

「当たり前だろ、リーダー。ヴィンセントには居てもらわなくっちゃ困る。あんだけ強くて、メシも美味いとなりゃ、手放す通りはねェ。だよな、バレット」

「シドのいうとおりだ。これまで散々世話になってきたもんな」

 ふたりの物言いに、ティファが言葉を重ねた。

「……だったら、私だって、前線に出るよ。私は拳闘家なんだから」

「おう、無理をしない程度にな。……だからよ、クラウド、ティファ。こうして、俺たち皆が協力すれば、あいつひとりにつらい思いさせなくて済むんだからよ。これからも仲良くやっていこうや」

「……シド。俺、今までアンタのことを、ただのわがままな飛行機好きのオッサンだと思ってたけど……ちょっと見直した」

 バカ正直な俺のセリフは、その場の緊張した雰囲気を和ませるのに十分だったらしい。

 皆でドッと笑うと、ピリピリとした空気が一掃された。

 ナナキが、器用にドアを空けて戻ってきたのはちょうどその時だった。

 

 ようやく彼が目を覚ましたのだという。

 その知らせに、俺はまっさきに部屋を飛び出した。