〜 美女でも野獣 〜
〜 FF7 〜
<12>
第二部
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

「クラウド……ではないのか? 君はいったい……」

『まだわからないか?』

 揶揄する甘い声が、私の耳朶を嬲る。

 

 ……セフィロス!!

 

 私は彼の声を耳にしたことなどない。

 いや、正確には幼少期の声を聞いたきりだ。

 

 だが、このときは、クラウドを追っているタークスの連中だとも、他の神羅関係の者だとも考えなかった。

 

「……セフィロス」

 私は、動揺を気取られないよう、平静を装って返事をした。

「セフィロスだな? その電話は誰のものだ。この共通番号を知っているのは、我らの仲間内だけだ」

 敢えて私は彼に問い返した。

 ほとんど直感的に、クラウドのものを取り上げたのだと理解していた。

 

 受話器の向こうで、ふたたび、『クックックッ……』と、含み笑いのような隠微な響きが聞こえた。

『ほぅ、仲間内? そうか、コレはもともと内向的な性質だったのだがな。成長とともに少しは社交性を身につけたか』

 

 セフィロスの声……

 これが成人した彼との、初めての会話になる。

 

「セフィロス……」

 ティファに聞こえないように、小声でしゃべる。

『貴様は誰だ? ああ、クラウドの仲間であることはわかったが』

「私はヴィンセント。ヴィンセント・ヴァレンタインという」

 幼少期の彼しか、私は知らない。

 もっともセフィロスの記憶には、私のことなど残ってはいなかろう。

『そうか。ではヴィンセント・ヴァレンタイン。黒マテリアを渡してもらおう』

 端的にセフィロスが言った。

 

 

 

 

 

 

『どうした。おまえはクラウドの仲間なのだろう?』

 平坦な彼の口調に肝が冷える。

 

 黒マテリア……?

 それはセフィロスが持っているのではないのか?

 我々は彼からそれを奪い返し、メテオを止めねばならない。そのためにこうして必死に彼を追ってミディールまでやってきたのではないか。

 

 沈黙をどのようにとったのだろうか。

 次のセフィロスの声は、わずかにいらだちを含んでいた。

『……私は気の長い方ではない。おまえが寄越さないというのならば、この子供は用無しだ……』

「待て! その場所にクラウドが居るのだな!?」

『……言うまでもなかろう。相変わらず、無鉄砲な子供だな』

 間違いない。

 セフィロスの手の内にクラウドが在る。

 なんらかの作戦なのか否かはわからないが、ふたりは同じ場所に居て、クラウドの携帯で電話でセフィロスが連絡をとってきているのだ。

 

『ヴィンセント・ヴァレンタイン。返事をしろ』

「あ、ああ、すまない。クラウドは……? クラウドは無事だろうな!?」

『無傷……とはいかないが、大切な人質だ。黒マテリアと交換するまでは生かしておく』

「……もちろん、クラウドの命と引き替えになる物などない! すぐに君の居る場所へ赴くつもりだが、こちらにも負傷者がいる。容易に動くことが出来ないのだ。わかってくれたまえ」

 ……今は下手なことは言えない。

 こちらに黒マテリアがないと知られれば、クラウドの命の保証がなくなる。

 いったい何がどうなっているのか?

 そもそも黒マテリアとは、どこに在るのか?

 

 我らは、最初から『セフィロスが持っている物』と決めつけていた。

 神羅屋敷の地下室。

 あの不気味な研究所から、彼が持ち出したものだと思い込んでいたのだ。

 

『ヴィンセント・ヴァレンタイン。貴様らが神羅カンパニーと手を結んでいることは知っている……』

 セフィロスの声音がさらに冷えた。

 だが、それは私には与り知らぬことであった。

「『違う』といっても信じてはもらえないのだろうか。少なくとも、私は知らぬことだ」

『知らない……? とぼけるのもいいかげんにしろ。私がここに着く前に、何十人という神羅の社員を斬ったぞ!』

 凄味を帯びた彼の声も、私には恐ろしいものではなかった。

「むごいことを…… いや、君が彼らに情けを掛けられないのは承知している。だが……」

『おしゃべりは終いだ、ヴィンセント・ヴァレンタイン。二十分だけ時間をやる。中央回廊を抜けたところに小さな中庭がある。とはいっても小窓から採光をとっているような場所だがな。そこへ黒マテリアを持ってこい』

「二十分……だが我々がいるのは西側の……」

『小回廊の分岐は多いが、メインの回廊は一本道だ』

「…………」

『道に迷うことはない。モンスターに手こずることさえなければ、十分もかからないはずだ』

 これが最大限の譲歩だというのだろう。

 彼の物言いは、それ以降、クラウドの命は保証しないと告げていた。

「わかった……必ず行く。だから、彼をそれ以上傷つけないでくれ。頼む、セフィロス……!」

『……フン、久々に逢ったのだ。いじめ足りない気もするが……』

「セフィロス!!」

『コレが心配がならば、早く持ってこい。……言っておくが、中庭にはおまえ一人で入れ』

「わかった、必ず約束する……!」

 私がそう言い終えると、電話は一方的に切れた。

 

 周囲のモンスターを駆除し終えたティファらが、即座に駆け寄ってきたが、私はすぐさま口を開く気になれなかった。