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〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
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 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

 可笑しかったのは、ちょうど、その作業中、ヴィンセントが予備のシーツを運びこんできたときのことである。

 すっ裸の彼を見て、ヴィンセントが「ひゃあ!」とばかりに悲鳴を上げ、真っ赤になってしまった。謝罪を繰り返し、飛び出していく様を、『セフィロス』はぼんやりと眺めていた。

「さてと、これでよし。さっぱりしたでしょ」

「ああ……とても」

 と、謳うように彼はささやいた。それから、ふと何かに気付いたように目線を泳がせると、

「……どうしたのだ、ヴィンセントは?」

 などと、いかにも不思議そうに問うのであった。

「あっはっはっ。彼は恥ずかしがり屋だからねェ。身体を拭いているところに入ってきてしまって、恐縮しちゃったんだと思うよ。ほら、君はとても綺麗だしさ」

「そうか」

 と、彼は頷いた。

 否定したり、照れたりすることもなく淡々と。

「うふふ、それじゃ、すっきりしたところで、食事にしようか。もうとっくに準備できているはずだから」

「……ああ」

「大丈夫。そんな顔しないで。食べられるだけ口にすればいいから。無理に詰め込む必要なんてないんだからね」

「…………」

「さてと、ヴィンセント〜」

 と、俺はこの家一番の料理上手を手招きした。居間で、こちらを気にしていたヴィンセントがこくりと頷き返すのが見て取れた。

 この部屋はガラス張りのサンルームで、中庭にせり出したような形状をしている。それゆえ、カーテンを引きさえしなければ、居間からは見通すことができるのだ。もちろん、逆にサンルームからなら、居間の全域、そして中庭が綺麗に見渡せるのであった。

「失敬する。……食事を持ってきた。……その、さきほどは不躾な真似をして申し訳なく……」

「アハハハ、ヴィンセント。彼はそういうことには無頓着な人みたいだから。あなたも気にする必要ないと思うよ。ね?『セフィロス』」

「……? ああ」

「だってさ。じゃあ、タッチ交代ね、ヴィンセント、どうぞ」

 といって、ベッドサイドの席を彼に譲った。

「あの……スープと……フルーツを……」

「あ、キウイの寒天寄せ! 俺も欲しい!」

「ヤズーの分はキッチンにとってある。……まったく……クラウドのようだぞ」

 と、さりげなくひどいセリフを口にし、ヴィンセントはスプーンでスープを掬ってみせた。

 『セフィロス』は、なんとなく迷うようにしながらも、そのままのほうが楽だと思ったのだろう。クッションに身を預けたまま、ヴィンセントを眺めつつ口を開いてみせた。

 

 素直なその態度が、心の琴線に触れたのだろう。

 ヴィンセントは、ボッと音がするほど、頬を染め、そっとスプーンを彼の口に運ぶのだった。

「ど、どうだろうか?」

「美味い」

 その返答に、さらに赤面……

『ちょっと、ヴィンセント……いちいちその調子じゃ身体が保たないよ』と言ってやりたくなる。

「よ、よかった……さぁ、まだたくさんあるから……はい、口を開けて……」

 別に恋人たちの語らいでもあるまいに、外から見たらさぞ仲睦まじく見えるのだろう。居間のソファに反対向きにへばりついている兄さんが、歯ぎしりしそうな顔で、ボスボスとクッションを殴りつけている。

 それをいかにも楽しそうにからかうセフィロス。ふたたび反撃する兄さん。

 ロッズとカダージュの姿が見えないところをみると、ダイニングで食事中なのだろう。そういえば、俺たちも昼食はまだだ。

「よかった……口に合ったようで……おかわりもあるが?」

 と、ヴィンセントが言った。白のスープボウルは空になっていた。

「いや……もう充分だ」

「では、口直しに、果物を食べよう」

 と、ヴィンセント。

 その言葉に彼がコクリと頷いた。すると、ヴィンセントは、高鳴る胸を押さえるように、ギュッと手を胸元に寄せるのであった。

 ……やれやれ、だ。

 ヴィンセントは本当にこの麗人を気に入ってしまったらしい。もともとヴィンセントは、セフィロスに対して、強い思慕の念と憧憬を抱いていた節がある。だが、ウチのセフィロスはああいうケダモノなのだ。乱暴だし、口も悪い。彼としてはもっと側に居たくても怖くてできない気持ちもあるのだろう。

 それに比べて、向こうの世界の『セフィロス』は、おとなしくて従順だ。しかもいささか浮世離れしている不思議な雰囲気をもつ。おっとりとしたヴィンセントにはちょうどいい相手と言えるのだろう。

 まるで母親が、負傷した自慢の息子を介護するように、面倒を見ている。

 赤ん坊を返して、やや意気消沈気味のヴィンセントであったが、『セフィロス』のおかげで気が紛れるだろう。

 

 いつまで眺めていても、飽きることなどなさそうであったが、俺は後かたづけの為に席を立った。

「じゃ、ちょっと片づけ物すませてきちゃうね。ヴィンセント、彼の食事が終わったら、そこのテーブルに乗ってる薬飲ませてあげてね」

「承知した。……はい、もう一度、口を開けて」

 一生懸命なヴィンセントの姿に、笑みをこぼしつつ、俺は居間に戻った。

「ちょっ……、ねぇ、ちょっとォォォ! あれ、何なの? ヤズー!」

 飛びついてきたのは、兄さんであった。

「何なのって、ゴハン食べさせてあげてるだけでしょ。そんなことで血相変えないでよ、兄さん」

 溜め息混じりにそう言い返してやった。

「だって……だって、あんなに仲良さそうにッ! 俺、『あーん』なんてしてもらったことないもん! 俺だってしてもらいたいッ!」

「はいはい、じゃ、俺がしてあげるよ、『はい、あーん』」

 と言って、スプーンで寒天寄せを彼の口に放り込んでやると、むごむごと咀嚼した。ごくりと飲み込み、「ウマイ……」とつぶやく。

「じゃなくってェ! なんで俺がおまえに『あーん』してもらわなきゃならねーんだよッ! ナメめてんのかッ!」

「『ウマイ』って言ったくせに。まぁ、待ちなさいよ、兄さん。相手は怪我人でしょう。別に食べさせてあげるくらいのこと、なんでもないじゃない」

「うぅ〜〜」

「ヴィンセントにしてみれば、負傷してまで、自分を助けてくれた恩人だからね。親身になって面倒見たいっていうのは当然のことだと思うよ」

「そーそー、親身になりすぎて、あいつと一緒に行く!とか言い出したりな。まぁ、アレだ。中身はボケ老人並みだが、外見はオレ様だからな。ヴィンセントが揺れるのも無理はないわなァ。ご愁傷様」

「うるさ〜いッ! セフィのバカッ! 意地悪ッ! この悪魔ッ! エロ大魔人ッ! ソーロー!」

 思いつく限りの悪口雑言を並べて、殴りかかって行く兄さんだが、リーチが違い過ぎる。セフィロスは、向かってくる彼の頭を片手で押さえ付け、「フフン」と鼻で笑った。

「ケッ、このアホチョコボめが。ソーローだと? 誰に向かって言ってやがる? そうじゃないことはおまえが一番よく知ってるだろーが、クソガキッ!」

「昔のことを言うなッ! このッこのッ!!」

「もぉ、うるさいなァ、あなたたちは…… あれ?」

 俺は片づけの手を休め、テレビを見遣った。

 ゲーム好きな兄さんとカダージュのために、最近42インチの液晶テレビに買い換えたばかりである。

「あッ、赤ちゃんッ!!」

 カダージュが走り寄ってきた。つられたようにロッズも来る。

『……ということで、無事、救出されました。ルーファウス神羅社長の、喜びのメッセージでした』

 化粧の濃いアナウンサーが、早口でそう告げた。

 画面の中には、赤ん坊を抱いてにこやかに微笑むルーファウス社長が居た。小さな枠取りで、主犯の重役一派が縛について連行されるシーンも映っていた。

「ふぅ〜ん、とりあえずあっちのケリもついたみたいだね。赤毛くんたち、頑張ったんだなァ」

「一番頑張ったのは僕たちだよ?」

「うふふ、そうだな、カダの言うとおりだ」

「後でヴィンセントたちにも赤ちゃんのコト話してあげなきゃ」

 跳ねるように彼は言った。

「そうだな。じゃ、カダージュ、頼む」

「うん! 『セフィロス』のゴハンが終わってからね!」

 ちゃんと気配りの出来る弟の頭を、俺はそっと撫でてやった。

 DGを利用した重役連中が捕らえられたということは、赤ん坊を取り返した後、タークスが総力を挙げて、敵陣を突き止めたのだろう。DGさえいなければ、十分対処できたのだろう。

 他人事とはいえ、縁あって守った赤子が、無事に身内のもとに戻ったことに、俺は安堵した。当然、ヴィンセントも喜ぶだろうし、そのために負傷までした『セフィロス』も嬉しく思うに違いな……くもないか。

 あの人にとっては、ただそうしたいから動いただけのことで、後のことはどうでもいいのなのかもしれない。

 俺は居間からサンルームの方を眺め、つい笑みをこぼしたのであった。