9days
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<9>
 
 セフィロス
 

 


 

 

  

 今日の夕食は比較的早い時間だ。

 なぜなら、土曜日なので、午後からクラウドも家に居たからだ。

 平日は仕事があるため、どうしても帰宅は午後七時程度にはなってしまう。それゆえ、食事の時間もそれ以降になりがちだが、今日は七時過ぎには食べ終えるような状態だった。

「おい、着替えろ。出掛けるぞ」

 オレはヤツに向かって声を掛けた。湯上がりのローブのまま食事をしていたのだ。

「……いいだろう。だが、どこへ?」

 皿洗いをしながら、ハラハラと聞き耳を立てているヴィンセントへ聞こえよがしに言ってやる。

「フツーの男なら大抵喜びそうな所だ」

「……ふぅん……まぁ、よかろう」

「セフィたちどっか行くの?」

 と、クラウド。付いてくるなどと言い出さないだろうな。

 せっかくの機会にアホチョコボなんざ連れていったら、まともな話しもできたものではない。

「大人の社交場だ」

「俺も大人だから行く」

 案の定だ。

「おまえはダメだ」

「どうしてッ! 差別ッ!」

「ガキの行くところではない」

「オトナだもんッ! 連れてけよ!」

 ダンダンと地団駄を踏んで怒鳴るクラウド。イロケムシの野郎は呆れ顔で、諫めもしてくれない。

「うるさいッ! 黙ってろッ!」

 と俺はクソガキを怒鳴りつけた。

「……よいではないか。別に」

 面倒くさそうに『セフィロス』がつぶやいた。

「セフィロス……おまえはすぐに怒るのだな。……あまり声を荒げるものではない」

「あのな。このクソガキは、おまえの可愛い『クラウド』とは違うんだぞ? アホでワガママで乱暴で……」

「それ、セフィのことじゃんか!」

「なんだと、この野郎! 誰に向かって口を聞いてやがる!」

「ほぅら、図星だとすぐ怒るッ! 横暴ッ!サイッテー! 俺はね、赤ん坊怒鳴ってるアンタを見て確信したから。アンタ、DV野郎そのものだよ。パワハラでモラハラ男なんだよ!」

「……赤子相手に……?」

 『セフィロス』が眉を顰める。

「そうッ! 信じられる? 赤ちゃんが泣いたら、『うるせぇッ!』とか言っちゃってね〜! 人としてどうよ?ってカンジでしょ? おまけに止めに入ったヴィンセントまで怒鳴りつけて……」

 調子に乗ってダベリまくるクラウドのクソガキ。

「……それは……さすがに……」

「だーかーら、そんなヤツに『セフィロス』任せられるわけないだろッ!」

 そう叫ぶと、オレ様に向かってビシリと人差し指を突きつけてきた。

「ほ〜、おまえはこいつのことを心配して同行を申し出ていると……そういうつもりなのか」

 からかうようにそう言ってやると、アホチョコボは、

「『セフィロス』が、ちゃんと元通りになるまで守るのは俺の責任だから! ヴィンセントと赤ん坊守るために怪我した人なんだからね!」

 と宣った。成長した息子を愛おしく思うような眼差しで、ヴィンセントがクラウドを見つめる。

「……ああ、なるほどな」

 と、低く『セフィロス』がつぶやいた。

「そういうことならば、心配は無用だ…… 別にこの男だとて、私相手に無茶はすまい」

「たりめーだ」

 オレは言った。

「クラウド。おまえはヴィンセントの側に居てやったらどうだ…… 私が世話になってから、ふたりで緩やかに語らう時間もないのだろう」

「みゅんみゅん!」

 いつの間にかヤツの足もとに身を寄せていたヴィンが、ぴょんと膝に飛び乗っていた。

「え…… で、でも……」

「……怪我のせいとはいえ、ほとんど彼を独占するような形ですまないと思っていた」

「えー、まぁね〜。そう言われりゃ……ねェ〜、ヴィンセント? でも、俺、『セフィロス』のこと心配してんだよ?」

「……気遣いは無用だ」

 と『セフィロス』。

「ええ? そんなァ? でも、そう? そっかー、『セフィロス』がそう言うならそうしよっかな〜 ねぇねぇ、ヴィンセント? やっぱし、俺たち、最近一緒に居る時間少ないもんね〜。別に『セフィロス』のせいってわけじゃあ〜……ねぇ?」

「そんなことはない! 君がそんな心配をする必要はまったくない……クラウドもそんなふうには感じていない、『セフィロス』」

「い、いや、あの、ちょっ……ヴィンセント?」

「私とクラウドのことなど、君は何も気にする必要はないんだ……!」

 割って入ったのはヴィンセントであった。クラウドなど、とりつくしまもない。

「さて……まぁ、いい。では着替えてこよう。手伝ってくれ、セフィロス」

 彼らのやり取りを聞いていたのか、いなかったのか。どうでもよさそうに、ヤツは静かに立ち上がると、オレに向かって声を掛けた。

 ここでヴィンセントに出てこられると何かと厄介になる。オレはヤツを自分の部屋に来るように促した。

 

 

 

 

 『大人の社交場』という物言いは、別に冗談でもなんでもない。

 サシで話をするなら、場所はバーかクラブだろう。

 オレは行きつけのクラブに、足を運ぶことにした。

 そう……ヴィンセントによく似た男が支配人をしている、なじみの高級クラブだ。

 あいつは詮索するようなタイプの人間ではないが、オレと『セフィロス』は誰が見てもほぼ同一人物に見えてしまう。それゆえ、敢えて、服装や髪型を変えることにした。つまらぬ好奇心を持たれぬためにだ。

 オレはレザーのノースリーブ。『セフィロス』のほうは、きちんとしたスーツを着せた。アスコットタイつきのシルクシャツにオニキスのタイピン。髪は背の半ばあたりで緩く括ってやった。

 自分で言うのもおかしなものだが、そんな風体をさせると、まるで育ちのよい青年貴族のような有様だ。対して同じツラをしているにも関わらず、オレなどはずいぶんとやさぐれて恐ろしく見えるのだろう。すれ違うヤツが道を譲る。

 まぁ、これなら同一人物と思われることもない。もともと口数も少なく、立ち居振る舞いもおっとりとしているコイツに、坊ちゃんキャラをやらせたのは正解だったと思う。

 黒髪の支配人は、少しばかり驚いた様子で紅の瞳を瞠ったが、すぐに「オレ」のほうを見分け、定位置の奥まった席へと案内してくれた。

 

「……ヴィンセント・ヴァレンタインに似ているな」

 オーダーを終えると、ヤツはぼそりとつぶやいた。自分からはめったに口を開かない男だ。本当にそう感じたのだろう。

「だろ? だが中身はヴィンセントよりも、ずいぶんとキレるぞ」

 とオレは笑った。

 ヴィンセントも頭はいいのだろうが、行動がトロい。それゆえ、いわゆる「キレる」タイプには該当しなくなるのだ。

「……なじみなのか?」

「まぁな」

「……そうか」

 それ以上、会話を続ける気もないように、宛われたグラスを静かに傾けた。