悪魔のKISS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
Interval 〜03〜
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……とりあえず落ち着け、ヴィンセント」

 しゃくりあげるヴィンセントの背を叩きながら、念仏を唱えるようにつぶやいた。オレ的には、今すぐにでも成仏しそうなイキオイであった。

  

「……セフィロス……もう、どこにも行かないと約束してくれ。……頼むから、私にそう誓ってくれ……こんなことを願うのは、図々しいとは思うが……どうか……頼むから……」

 ようやく泣き濡れた顔を上げ、オレのシャツを掴んだまま、震える唇で希う。

 

「…………」

「……セフィロス……頼むから……」

「……ああ、わかってる」

 機械的に頷くオレ。それどころではないのだ。

「……君の姿が見えなくなったとき……まさかとは思ったのだが……世を儚んで……じ、自殺……などと、バカバカしいことを考えてしまって……すまない。君はそんな愚かな人ではないとよくわかっているつもりだったのに……」

 

 ……ある意味、それ以上『愚かな人』のレッテルを貼られる危機に、オレは戦慄していた。

  

「いや……その……」

「……よかった……セフィロス……」

 最後に一言、掠れた声でつぶやくと、ヴィンセントは再び小さくしゃくりあげ始めた。

「…………」

 黙ったまま、くせのある黒髪を撫でる。

 こんなところ、クラウドに見られたら大騒ぎだろうが……

 ……ああ、いやいや、それどころではない。

 

 ……言うか?

 言うなら早いほうがいい。後になればなるほど、言い出しにくくなるに決まっている。

 

『……ヴィンセント……

 いや、あの……インフルエンザらしい……』

 

 ……って、言えるかァァァァァァ!

 

  

「セフィロス……?」

 考えの淵に沈んだオレを、胸元から見上げてヴィンセントが声をかけてくる。

「……あ……ああ」

「あ、すまない……具合が悪いのに……」

 ハッと気付いたようにヴィンセントがつぶやく。ようやく、オレにしがみついていることを認識したのだろう。

 面白いように真っ赤になって、あわてて飛び離れる。

「あ、す、すまない……本当に……君の顔を見たら安心してしまって……つ、つい……」

「…………」

「は、はしたない真似を……失敬した……」

 口元を押さえ、オロオロ、おどおどとつぶやくヴィンセント。

「……いや」

「あ、あの……セフィロス、大丈夫か?」

 焦りの募るオレは、先ほどからまともな受け答えができていなかったのだろう。夢中で抱きついてきたコイツを、からかってやる余裕さえなかった。それは普段のオレの有り様からいったら相当程度に違和感があったのだろう。

 ヴィンセントは困惑したように、首を傾けると、すぐさまオレの手を取った。

 

「さ、早く部屋に……」

「……ああ」

 促されるままに頷くオレ。

「すぐに横になってくれ……さぁ! ……ん?」

 ふいに不思議そうな面もちで、ヴィンセントが握りしめているオレの手を見つめた。

「……?」

「……セフィロス……手……?」

「どうした?」

「……今朝より熱が下がっているのかな……? それほど熱く感じない」

 

 …………ッッッ!!

  しまった! うかつだった!

 あのクソ医者の注射にしては、恐ろしいほどによく効いていやがるッ!

「……そ、そうか?」

「ああ……なんとなく……だが。気のせいでないのならいいけれども……」

 淡い微笑を浮かべてそうささやくと、ヴィンセントはオレをそのまま部屋へ連行した。

 すぐさま、夜着に着替えさせられ、ベッドに入るように言われる。

 オレは恐るべき真実を切り出せないまま、諾々としてヴィンセントの言葉に従った。

 

「……セフィロス、熱を計ってみようか?」

「え……あ、いや……今朝も計っただろう。あ、ああ、そうだ、なにか食べたいのだが……」

「そうか! 何が食べたい? なんでも欲しいものを言ってくれ」

 得意分野を口にされ、息せき切ったように訊ねてくるヴィンセント。

 ……ぶっちゃけ、熱の引いたオレは、すぐさまジンギスカンでも食えそうな食欲があったが、まさかそのまま口に出すわけにはいかない。

 無難なところで、スープだのフルーツだの、適当に言っておく。 

「わかった、任せてくれ。すぐに作ってくるから!」

 そういうと、ヴィンセントは早足で……とはいっても、あくまでもトロトロとだが、部屋から出ていった。

 傍らのチビ猫が、美しい朱金の瞳でオレを見つめている。

 

「……おい、チビ……ヤバイことになったぞ……どうする? おまえ、今さら言えるか? インフルエンザだった……なんてな」

「みゅん、みゅんみゅん!」

「……バカが……それはおまえがチビ猫だから許されるんだ……このオレ様がこんなくだらないミステイクを口にできるか?」

「にゅん!」

「……はッ……おまえは気楽でいいな……」

 動物的直感なのかどうかはわからないが、チビのヴィンは、オレの体調が好転しているのを理解しているようだ。

 具合が悪かったときは、ずっと静かに懐に収まっていたくせに、今は長い髪にじゃれかかってきている。

「にゅん!にゅん!」

 ベッドの脇あたりから、構えの姿勢を取り、勢いよくジャンプしてオレに向かって飛びついてくる。その陽気な様に、ますますオレの気分は落ち込んで行くのであった。

 

 

 今度は、ヴィンセントが戻ってくるのは素早かった。おそらくすぐに出せるように準備していたのだろう。手にしたトレイから、スープが湯気を立てていた。

「……セフィロス? ああッ……こら、ヴィン!」

「みゅんみゅんみゅんッ!」

「言っただろう? セフィロスは体調が優れないんだ。側に居たいのなら静かにしていなさい」

 ややキツイ口調で注意するヴィンセント。

 だが、チビ猫にしてみれば叱られる理由がわからないだろう。

「にゅんにゅんッ! みゃ〜んッ!」

「ヴィン……静かにしなさい」

「ああ、気にするな。別に不快には思わん」

「だが……鬱陶しいだろう? 具合の悪いときに走り回られると……」

 眉を顰めてヴィンセントが言う。

「いや……ああ、コイツとも、後どれくらい一緒に居られるかわからないしな」

「セフィロス……ッ!」

 ……墓穴を掘った。

 適当な言葉が見つからなかったから、軽くいなしたつもりだったのに……

 ああ、オレは……なぜ……こう……

 ……痛い……痛すぎる……

 

「き、気にするな、独り言だ」

 覆い被せるようにそう言ってやった。またもや泣き出すかと案じられたが、健気にもヴィンセントはこらえていた。