近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 セフィロス
 

 

 なぜ、ジェネシスのところなのか。

 もっと、相談できる相手でもいりゃ、こいつのにやけたツラなんざ、見たくもないのだが、今回ばかりはどうにも致し方がない。

 だいたい、オレは、この土地に知り合いなどいないし、こういった『特殊な事情』を打ち明けて、そこそこ有益な情報を引き出せる人間は、それこそこいつくらいなのだ。

 

「それで、セフィロス? めずらしくも誘ってくれたのはとても嬉しいけど、さすがにだんまりじゃ、一緒に飲んでてもつまらないんだけど」

 クスクス笑いながら、オレのツラを覗き込んでくる。こんなふうな仕草は、神羅にいた頃から変わっていない。

 こいつはオレと居るとき、いつでも妙に楽しげなのだ。はっきり言って気色が悪い。

「ヴィンセントが夕食を作って待っているんじゃないのかい? ああ、うらやましい!」

「……テメー、相変わらずおしゃべりな男だな」

「おまえが黙りこくっているからだよ。……今日は何か話があるんだろう? ふふ、自覚はないのかもしれないけど、おまえって、考えていること、案外素直に顔に出ている。付き合いの浅いヤツにはわからないかもしれないけど、神羅時代から面倒を見てきた俺には一目瞭然だね」

「……ケッ、誰が面倒を見てもらったって?」

「もちろん、俺がおまえを」

 いけしゃあしゃあと言われて、これ以上、苦情を告げる気力も失せた。なじみの支配人が新しいグラスを差し出してくれたところで、オレはようやく覚悟を決めた。

「彼、相変わらず綺麗だなァ。ヴィンセントそっくりで、髪が短いせいか、可愛らしく見える」

 話を切り出そうとしたところで、くだらない話をされて出鼻をくじかれる。そんなオレの苛立ちを感じ取ったのか、ジェネシスは『ごめんごめん』と謝った。

 

 

 

 

 

 

「……オレとおまえでは状況が違っていたのだからな。聞いても無駄なのかもしれないが……」

「なんだ、そんな深刻な顔をして?」

「悪いが嫌な話をするぞ。……細胞劣化が始まったおまえを救ったのは、例のDGソルジャーだったと聞いた」

 ジェネシスのツラを見ずに、オレは話を続けた。

「ツヴィエートの連中だったそうだな」

「ああ、まぁ、そんなところ」

 何の途惑いもなく、あっさりと頷くジェネシス。

「ヴァイスとネロがね。物好きにも『同胞』と言ってね」

 人を食った態度は、昔と全然変わらない。

「……それから、どれほどの時間が経つ?」

「時間?」

「……甦った今の肉体を手に入れてから、どれくらいだって訊いてんだよ」

 ジェネシスが黙ってオレを見る。目が合うが、そこに不快や不審の色はない。ただ少し驚いたといったふうな色合いが浮かんでいるだけだ。

「さぁ……そうだねェ、二、三年くらいじゃないの?」

「…………」

「それがどうかした?」

「おまえ、昔と比べてどうだ?」

 オレはいきなりそう訊ねた。

「はぁ? いったい何の話だい? ……まったく、おまえは昔から全然変わらないね。いつでも自分の言いたいことだけ先に言ってくれて。それじゃあ、何をどう答えて良いのかわからないよ」

「……チッ」

 飲み込みの悪い生徒にさじを投げたように言い放たれ、オレは少々反省した。

「神羅にいた頃と比べて、能力が…… 例えば、体力、戦闘力、判断力……あらゆる力が低下しつつあると感じたことはないか?」

「……セフィロスはあるのかい?」

 あっさりと切り返されて、オレは返事に窮した。

「よくわからん…… だが、オレのせいでクラウドを危険な目にさらした。神羅にいた頃……日々戦闘に狩り出されていたあの頃でさえ、自分のヘマのせいであの子をそんな目に遭わせたことなどない」

「……なにがあったかよくわからないけどさ」

 そう前置きをしてから、ジェネシスは言葉を続けた。

「たった一度、そういったことがあったというだけで、いきなり身体能力の低下に結びつけるのは軽率なんじゃないか? おまえとは、例のミッドガルでの事件で共闘したが……そんなふうには感じなかったよ」

「…………」

「相変わらず自信たっぷりで、バカ強くてね」

 フフ、と聞き慣れた笑い声を添えて、ジェネシスは首をかしげた。

「オレもそう思っていた。……だが……」

「ふふ、落ち込んでいるおまえは、何だか可愛いね」

 新しいグラスを、オレの前に進めてくれながら、ジェネシスは小さくつぶやいた。

「……フン、やはりおまえ相手にしゃべっても意味は無さそうだな」

「失礼な。そんなことはないだろう。正直に、『おまえは何も変わっていない』と答えたじゃないか」

「……本当にそう思っているのか?」

「思っているさ。ウソを吐く理由なんてないだろう」

 ひょいと両手を広げて、さもバカバカしいというように、ジェネシスが言い返した。

「……なぁ、ジェネシス。一度、死んで甦った肉体は、どれほど生き続けるのだろうな」

「……セフィロス……」

「オレも…… このオレが生み出した思念体連中も……いったいいつまで……」

 グラスに映るおのれの顔を眺めながら、オレは低くつぶやいた。これまでも何度となく考えてみたこと……だが、もちろん、わかるはずがない。

「俺はね、俺自身が望む限りだと思っているよ」

「なんだと……?」

 脳天気な返答に、まじまじととなりの男の顔を見つめる。綺麗なブラウンの髪に、艶めかしい切れ長の双眸。すらりと形のよい指が、口元に遊んでいる。

「おまえもそうなんじゃないかな。……だから、これからもよろしくね、セフィロス」

 そういうと、ジェネシスは、ぐいとオレの腕を引っ張り、頬にチュッとキスをしてきた。

 とっさに、殴り返してやろうかと思ったが、ヤツはさっさと席を立ってしまっていた。

「まだ何か心配事があるのなら、いつでも相談に来てくれ。……それ以外の用事でもおまえならば大歓迎さ」

 そう告げ、去って行く後ろ姿に、オレは、

「バーカ」

 と捨てセリフを吐いた。