近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 ヤズー
 

 

「おい、カダージュ、UNO持った?」

「うん、トランプもあるよ、兄さん」

「よし。あ、そうだ。甘いモンも忘れんなよ。向こうにもあるだろうけど、すぐ食えるシチュエーションとは限らないからな」

「わかってる。チョコとキャラメルと…… ねぇ、アイスとかどうする?」

「コスタ・デル・ソル在住人としては、常備しておきたいところだが……」

 冷凍庫を漁っているカダージュ相手に、真剣に腕組みし、熟考する兄さん。

 この陽気なのだ。ヘリでの移動とは言っても、すぐに溶けてしまうだろう。

「きっとすぐ溶けちゃうからな。今食べよう!」

 偉そうにそう宣う兄さんに、俺はため息混じりに時間を告げた。

「ちょっと…… もう三十分もしないで迎えがくるんだよ。のんびりそんなもの食べてる場合じゃないでしょ」

「大丈夫。荷物はもうまとめてあるし、ほとんど持っていくものなんかないしな!」

「ヤズーも食べる? パインアイス、まだ残ってるよ」

 兄さんとカダージュが口々に応える。

 ……まるでこれから遠足へいくといった風情だ。

「なにも兄さんたちまで、一緒に行くことないと思うんだけどね……」

 これまで何度も口にした言葉を、再度告げるが、彼らは華麗にスルーしてくれた。

 

 ……思い返してみれば、わりとあっさりと今日という日を迎えられたと思う。

 カダージュに今の俺の状態を説明するのには、相当の勇気がいるものであったが、顔色こそ変えたものの、彼は取り乱すことなく話を最後まで聞いてくれた。

 きちんと医者に足を運んだこと、その上でミッドガルの総合病院へ赴く必要があるということ。

 その話の最中に、念のため、ふたりの兄弟の健康状態についても確認した。

 結果、カダージュやロッズには、何の問題もなく、俺の身体症状は自分だけのものと認識した。……それがわかっただけでも、カダたちに話をしてよかったと思っている。

 もっとも、ミッドガルへ同行するという意見だけは、何度説得しても翻してくれることはなく、結果、今日を迎えたわけだ。

 これから、ふたたびこの家の者、総出でミッドガルへ旅立つことになった。

「ヤズー、そんなところで何をしているんだ。手荷物は表に出してあるのだろう。迎えが来るまで、ソファに座って安静にしていなさい」

「ヴィンセント〜…… あのさ、何も病気ってわけじゃないんだから。あんまり過保護にしないでよ」

 俺の目のことを知ってから、ヴィンセントはこれまで以上に俺の身辺に配慮してくれるようになった。左目が見えなくとも、右の視力に問題はないのだから、特に気を遣ってもらう必要はないのだが、スイッチの入ったヴィンセント相手の説得は時間の無駄だ。

「忘れ物はないか? 紹介状は持ったな? 今朝、薬は飲んだか?」

「いや……あの、ヴィンセント。俺の話聞いてる? そんなに気を遣わないでってば」

「クラウドたちも、準備はいいな? 言っておくが今回はお客さんではなく、先方に我々の手助けをしてもらうのだ。不作法な振る舞いをしてはいけないぞ。物言いにも注意したまえ」

 くどくどと兄さんたちに注意を促すヴィンセント。

 そう、お察しの通り、今回の一件については、神羅カンパニーの協力を得ることにしたのだ。

 正直、俺は最後まで気が乗らなかったが、まず検査を受ける総合病院が、神羅の系列であるということ……そして、或る意味、特殊な生命体とも呼べる俺自身が患者であること……

 この状況を鑑みるに、『一般外来の病人』として行くよりも、事前に根回しし、一部の関係者のみで対処してもらったほうがいいと指摘されたのだ。

 

 ……ジェネシスにだ。

 

 

 



 

 

  言われてみれば確かにそのとおりで、セフィロスと俺たち三人の存在を他人に知られるのは得策でない。

 ミッドガルの総合病院行きが決まってから、いざ出立の今日まで、ほとんど時間はなかったのだが、当事者の俺の居ない場所で、三巨頭会談を行ったらしい。

 我が家からはセフィロス、ヴィンセント、そしてジェネシスだ。

 この『三巨頭会談』に、戸主を自認する兄さんが加わっていないのが笑えるのだが、この三人での話し合いの結果、事前に神羅カンパニーの協力を要請した方がよいと結論づけられたのだ。

 ヴィンセントは、俺を抜きに勝手に決めてしまって申し訳ないと、わざわざ謝ってくれさえしたのだが、元ソルジャークラス1stのおふたりは、

『オレさまがテメーなんぞのために、こうして骨折ってやってんだぞ』

 だの、

『君のためだよ? 当然、秘密は厳守されるし、こうしておくことで、優先的に最先端の医療が受けられるのだからね』

『そうそう、当日はヘリ呼ぶからな。船で海を渡るなんざ、トロくさくてやってられん』

『久々のミッドガルだな。この前は買い物をする暇もなかったからなァ。ああ、違うんだよ、ヤズー。もちろん、君の付き添いの合間に、街を散策したいという意味でね』

 だのと……口々に宣った。

 なぜか、ジェネシスまで一緒に来ることになっていたのは驚きだったが、ヴィンセントはその方が安心だと言っていた。

 

「……どこがどう安心なんだか……」

 小さくつぶやいた声を、兄さんが耳に留めたらしい。

「どしたの、ヤズー」

「ううん、別に。……まぁ、兄さんたちはともかく、ジェネシスまで付き添いなんて……患者ひとりに対して、いったい何人くっついてくるんだよと思われているだろうねェ」

「そうかなぁ。ただ単に、ヤズーがみんなに大事にされてるって感じるだけじゃん?」

「え……」

 意外な指摘を受けて、思わず言葉がつまった。あれほどヴィンセントに心配されていたにも関わらず、そういった発想はなかったのだ。

「あ、ヤズー。ヘリの音! 迎えが来たんだ。早く、外出よう。モタモタしてると叱られるぜ」

 兄さんがあたりまえのように、俺の手を取った。逆の肩に、菓子を詰めたナップを乱暴に引っかける。作業の途中だったらしく、残ったものは乱暴に冷蔵庫に押し込んだ。

「兄さん、お菓子いいの?」

「うん。もういいや。カダたちも持ってんだろうし」

 そういうと、冷蔵庫を閉め、キッチンの戸締まりを確認する。元栓はさっきヴィンセントが閉めたから大丈夫だ。

「クラウド、ヤズーいるのか? 早くしなさい!」

 玄関から、俺たちを急かすヴィンセントの声が飛んできて、今度こそ俺たちは家を飛び出したのであった。