近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<20>
 
 ヤズー
 

 

 

 

「セフィロス……ッ! なんでだよ……!」

 兄さんがカバッと身体を持ち上げ、煙に掠れた声で叫んだ。

 その目線の先を見る。

 そこには今と変わらぬセフィロスの姿があった。

 愛刀の正宗を片手に、炎に照らし出された美しい顔…… だが、その面持ちだけは俺の知る彼とは異なる。憎しみと怒りで濁った双眸、地獄の風景を嘲笑う口元……少なくとも、コスタ・デル・ソルで、こんな表情をしたセフィロスを見たことはない。

 俺は暫し、魅入られたように彼を見つめ続けた。

 この一件も、俺の知らない過去の出来事だ。

 だが、狂気に憑かれたセフィロスの想いが、怒濤のように俺の脳裏に流れ込んでくる。

 悲しみ、憎しみ、怒り、そしておそらくは兄さんへの拭い切れぬ愛惜……

 それはドロドロと混ざり合い、温めすぎたミネストローネのように原型を留めずに、際限なく入り込んでくる。

 

 ……気持ちが悪い……

 頭が痛い……ッ!

 

 夢の中だというのに、俺は強烈な吐き気を感じ、口元を手で押さえた。

 

(……落ち着け、俺)

 嘔吐感に震える己を叱咤する。

 これはあくまでも夢なのだ。セフィロスの意識と融合していた、過去の出来事なのだ。

 

 セフィロスの銀の髪が猛火に吹かれて、ふわりと空を舞う。

 黒こげになって崩れ落ちる民家だの、炎に撒かれて折り重なる村人の哀れな姿を、何の感慨もなさそうに見渡すと、気が済んだというようにあっさりと踵を返した。

 膝をつき、泣きながら彼の名を呼ばう兄さんが、見えていないはずはない。だが、目線を戻すことさえしない。

「セフィロス……! 待って…… どうして……!?」

 歩み去ってゆくセフィロスを、兄さんが追う。

 俺も引きよせられるように、その後に続いた。ニブルヘイムから続く細い山道を、セフィロスはスルスルと歩いてゆく。

 

 ここは……ニブル山。魔晄炉のある場所だ。

 『ヤズー』には無い知識だが、これもやはりセフィロスの思念体として、無意識下に刻み込まれている記憶なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 いったいどれほど歩いたことだろう。

 セフィロスは疲れを見せていないが、後をついて行く兄さんはつらそうだ。

 ゼイゼイと息を弾ませ、煤のついた頬をぐいと拭う。

 

 巨大な魔晄炉は、山頂近くのやや平らな土地に建っていた。

 ニブル山は緑の草木がほとんどないせいか、ひどく寒々とした印象だ。魔晄炉付近もごつごつとした岩盤で、花の一つも咲いては居なかった。

 セフィロスは何の迷いもなく、そこへ入ってゆく。

 勝手知ったるといった確かな足取りで、階段を上り、最奧の部屋への鍵を開けようと手を伸ばしたとき、俺の横をすばやく影が過ぎった。

 

「セフィロス……ッ!」

 黒髪の女の子が、勢いよく階段を駆け上った。手にした剣は、倒れている神羅兵士のものを拝借したのだろう。

「セフィロス……! 待ちなさいよッ!」

 悲鳴じみた彼女の呼び声に、銀髪鬼はつまらなそうに振り返った。少女の双眸にカッと炎が燃えあがる。

 ニブルヘイムの村人なのだろう。セフィロスをにらみつける眼差しは憎悪で満たされていた。

「よくも……よくも……父さんを……! 村のみんなを……!」

 ガタガタと震えながらも、ひたりと剣をセフィロスに突きつけた。

 無茶に決まっている。あんなに動揺していて、しかも二十歳にもならないであろう女の子なのだから。

「絶対に許さない! セフィロスーッ!」

 大きく振りかぶって斬りつけるが、セフィロスは片足をわずかに動かしただけでそれを躱した。

 よろけた少女を、まるで虫けらを見るように睥睨するセフィロス。

 

(やめろ、セフィロス!)

 大声を上げたつもりだが、これはただの過去の映像。

 俺が何をしようと、彼らには聞こえやしないのだ。

 

「きゃあぁぁぁッ!」

 セフィロスが軽く正宗をなぎ払う。

 ただそれだけで、少女はのけぞり、腹から血を流して倒れた。

 細い身体は、階段から仰向けに落ちた。彼女は苦しげにうめき声を上げたが、やがて双眸から光が失せると、そのまま意識を手放したらしい。幸い、頭部からの出血はない。

 

 セフィロスはそんな少女を一顧だにせず、ふたたび踵を返すと、最奧の部屋に入っていった。