〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<22>
 
 カダージュ
 

 

 

 

 

「カダージュ。腹減った」

 のっそりと僕の後からついてくるロッズがつぶやいた。普段は体力バカのくせにお腹が空くと借りてきた熊みたいになっちゃう。

「まだ、時間、早いじゃん」

 と、僕は言い返した。

 ここは、未だ復興されてない裏通りの一区画なのだが、がれきの山を眺めながら歩いているのは退屈だ。早く繁華街に戻って食事にしたいというロッズの気持ちもよくわかるけど。

「えー、でも、どっかでメシ食っていこうよ〜。まだ、回らなきゃならない区画もあるしさぁ」

「ゴハン食べてから、またこっちの廃屋街まで戻ってくるの面倒くさいだろ、ロッズ」

「でも、まだまだ時間かかるよ、見回るの。セフィロスが注意しろっていってたけど、もう残党はいないんじゃない?あの人この辺のDGソルジャー片っ端から狩り出してもんね」

「セフィロスのこと誉めんなよ」

 僕はついつい口を尖らせてロッズにそう言い返した。

 ……セフィロスはずるい。

 僕だって、彼くらいの体格があって……そんで、マサムネ持ってて……兄さんたちと彼ほど早く知り合っていたら、もっともっと兄さんやヴィンセントに頼りにしてもらえるのに!

「誉めるって……だって、あの人、やっぱり強いじゃん。できないことなんてなさそうって感じで……」

「セフィロスはヴィンセントやヤズーみたいに、美味しいゴハン作ったりとかしてくれないだろ! 意地悪だし、わがままだし……」

「ワガママならカダージュだって負けてないだろ」

 あっさりと言い返してくれるロッズに噛み付いてやりたいところだったけど……意地悪はともかく『ワガママ』は確かに自覚があったから……

「……ゴハン食べるなら、ヤズーも一緒がよかったけどな…… でも、ヤズー、まだ忙しそうだもんね。……しかたない。ここ、さっさと終えてゴハンにするか」

 ため息混じりにそういうと、ロッズは心得たとばかりに頷いた。

 ヤズーは銀色の王子様になって、兄さんや皇太子様を守っている。

 そう、たしか、『このえへい』とか言ってたっけ。……近衛兵……

 狙撃の対象になる可能性が強い兄さん。その次に危険な仕事だと思う。なんぜ、その『標的』の側で彼らを守る役目なんだから。

「ヤズー……大丈夫かな」

 心配事がつい口からこぼれ落ちた。

「ヤズー? ヤズーは大丈夫だよ。頭いいもん」

 と、ロッズ。

「それはそうだけどさ。今回は自分の身だけなくて、兄さんとか何も知らない皇太子様を守るんだぞ。敵はどこから襲ってくるかわかんないし……」

「だから、こうして俺たちがDGソルジャーを倒して回ってるんだろ。それにヤズーはいっつもカダのこと守りながら戦ってるよ。知らなかったの?」

 ロッズに当然至極というように言われて、僕はすぐに言葉が出なかった。

「ヤズーはいっつもカダのこと気にしてるよなァ、いくら弟だからってちょっとズルイ」

「子供扱いすんなよ!」

 とは言ったものの、なんだかちょっと嬉しくなってしまった。

 そうだよね、ヤズーはいっつも僕のことを心配してくれてた。今朝だって、別々の場所に行くのに、僕の体調を気にしたり、細々とした注意を口にしていた。

 僕が、

「大丈夫だよ! ヤズーのほうが大変だよ、気をつけてね」

 といったら、僕の頭を撫でながら、

「俺のことはどうでもいいんだよ。おまえに何かあったら正気でいられなくなる」

 ってつぶやいた。ほとんど終わりの方は独り言のような小さな声だったけど。

 ヤズーはいっつもそうだ。

 自分のことより僕のことを優先する。それはすごく嬉しいけど……僕を大切に思ってくれるのは有り難いのだけど、そのことによってヤズー本人の身に危険が及ぶのはなんとしても避けてほしい。

 僕にとっても彼は、かけがえのない兄さんなのだから。

 

「カダージュ、遅れてるぞ、早く早く〜」

 ロッズの呼び声に気持ちを切り替え、僕は早歩きで前に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 と、そのときであった。

 頭の後ろで両腕を組んで、のんびりプラプラと歩いているロッズ。彼に追いつこうと走り出したとき……

 突然、ロッズの身体が、脇通りに引っ張り込まれた。

 あの長身巨躯のロッズが、ぐぅんと引きずり込まれ、弓なりに反ったのだ。まるでこの世のものとは思えない大きな手で引っ張り込まれたように。

「ロ、ロッズ!」

 即座に抜刀し、彼の吸い込まれた路地へ飛び込んだ。

 ……そこで僕は信じがたいものを見たのだ……

 

「……お、おまえは……!」

 身体の大きなロッズにも勝る、巨躯の……猿にも似た醜い男、大きく節くれ立った大木のような腕……上背は三メール近くもありそうなこの男……!

 蒼い髪をした無骨な化け物は……!

「アスール。蒼のアスールと呼ばれている。小僧、目上の者の名くらい覚えておけ」

 錆びた鉄をすりあわせるような、鈍い声音でヤツは言った。

「おまえ……おまえが何故!? あのとき間違いなく死んだはずだ!」

 気色の悪さとロッズのことで、僕の声は金切り声のようになっていたと思う。それをざらざらと嘲笑い、巨大な人獣は口を開いた。

「ああ、記憶に残っているな。不快な記憶だ」

「どうしておまえが生きている!? なぜ……」

 そう……ヴィンセントの事件の時、新羅本社に乗り込む前、列車墓場でこいつを倒した。ロッズとふたりがかりで……僕はその時首を絞められ宙づりになり、あわやというところでロッズの拳が急所に決まったのだ。こいつの頭は吹き飛ばされたのに…… 後から駆けつけてくれたヤズーもそれを見ているはずなんだ。

 どうして、この男が……!?

「ごちゃごちゃとうるさい小僧め。そう……最初からこっちをひねりつぶしてやればよかったのだ」

 そういうとヤツはがれきの中から何かをつまみ上げた。

「ロッ……」

「この男に頭を吹き飛ばされたのだっけなぁ。あれは痛かった、痛かったな」

 奇妙な声音でヤツはつぶやいた。

「ロッズを放せ!」

 ロッズは力なくぐったりと項垂れていた。失神しているのは、頭のケガのせいだろう。

 ヤズーが言ってた。頭のケガは危ないって。僕が前に頭を打ったとき、今にも卒倒しそうな顔色で、僕の容態を気遣ってくれていたんだ。

 ……ロッズを助けなきゃ!

 僕がぼんやりしてたせいだ。セフィロスにやきもちなんか焼いて!バカみたいだ!

 きっと彼なら、こんな失態をおかしはしないだろう。たったひとりでも、この獣人を叩き伏せ、何事もなかったように帰ってくるにちがいない。

「ロッズを放せ! その手をどけろッ!」

「ごちゃごちゃとうるさい小僧め。そう……最初からこっちをひねりつぶしてやればよかったのだ……」

 ヤツはさっきとまるきり同じセリフを繰り返した。まるでテープレコーダーの巻き戻しのように。

 背筋を冷たい汗が伝う。

 下手な動きは出来ない。ロッズはヤツの手の内だ。

 他人を守って戦うこと……それがこんなにも怖いものだと初めて僕は気がついていた。

 自分ひとりで闘うほうがどれほど楽か……

 

 ……ヤズー、大丈夫だよ。必ず帰るから。もちろんこいつを倒して……ロッズを取り戻して……!!

 柄巻きが滑らぬよう、僕はそっと左手の手のひらを服でぬぐった。