〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<32>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 私はゆっくりと重厚な扉が開くのを、悪夢の幕開けを眺めるような心境で見つめていた。

 首筋に氷を押し当てられたように、肌がそそけ立つが目の前の光景そのものが信じがたかったわけではない。

 ただ、ああ、やはり……という諦観と、他の者たちの安否への気遣いの方が大きかった。

 

「銃を収めてください。……ルーファウス神羅」

 ネロは静かにそう告げた。

 ルーファウス社長は、私を守るように前に立ちはだかり銃を構えていたのだ。

「……そ、側に寄るな……ッ!」

 決死の覚悟でルーファウス青年が叫んだ。

 ダメだ……! ネロと彼では勝負にならない。

 しかも、ネロは神羅に対して恨みをもっているのだ。ルーファウスを殺すことになど、何の痛痒も感じないだろう。

「もう一度、言いましょう。銃を降ろしなさい、ルーファウス社長」

「ヴィンセント・ヴァレンタインには指一本触れさせない……!」

 ネロの物言いに覆い被せるように、ルーファウスは叫んだ。

 視界は未だに心許ないが、だだっ広い部屋の中……目の前に立つのはネロと……他に、DGソルジャーの部下どもが居るようだ。人数はわからないが、少なくともネロの両隣にふたりずつ……

 

 ヴァイスの姿は確認できない。

 いくら視界があいまいでも、あの巨躯の男が居れば気づかぬはずはない。未だ容態が落ち着かず、このような場所には連れてきていないのだろう。

 ……だが、果たして、それが我々とって幸運かと言われれば……そうとは言い切れない。

 ヴァイスがいないということは、ネロは何の気兼ねもなく戦えるのだ。未だ不安定な兄の様子を気に止める必要がないのだから。

 ジェネシスの一件のとき、一触即発の状況に陥ったものの、敢えてあの場では戦闘を避けた。それはこちらの戦力が充実していたという理由もあろうが、ヴァイスがその場に居たからだという見方もできる。

 

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……」

 舐めるように名を呼ばれて、私はハッと顔を上げた。もちろん、はっきりとネロの顔が見えるわけではなかったが。

「……つくづく貴方も災難続きの御仁ですねェ」

「…………」

「ああ、そうか。見えないだけではなく、今はしゃべることも思うままにならないのでしたっけ」

「…………」

 返事をすることさえ出来ない私は、じっとネロを凝視した。

「よくよく考えてみれば、貴方も我々も神羅による被害者ですよね。……目の前に居るこの男を殺せば、多少は溜飲が下がるのではありませんか?」

 そういうと、ネロは流れるような動作で腕を上げた。いや、ハッキリと視認できたわけではない。ただ長年のカンが私の身体を勝手に動かしていた。

 

 

 

 

 

 

 ガゥン、ガゥン!

 

 乾いた銃声の中、私はルーファウスを背後から横抱きにし、身を伏せた。

 ちくりと頬に痛みが走ったのは、銃弾によって砕かれたグラスの破片が擦ったせいだろう。

「……ああ、すみません。貴方の綺麗な顔に傷を作ってしまいましたね」

 からかうようなネロの物言い。私はついぞ聞き慣れていたが、納まらなかったのはルーファウス神羅であった。

「ヴィンセントに触れるなといったはずだ!」

「…………ッ!!」

 

 ガンガンガン!

 

 止めるまもなく、続けざまに銃を放つ。

「くッ……くそッ! 出て行けッ! 彼に触れるなっ!」

 

 ガゥン! ガンガン!

 

 ああ、ダメだ……! いけないッ!

 

 声が出るものなら……! なんともどかしいのかッ!

 私が止めるいとまもなく、ルーファウスは慣れない銃を立て続けに撃った。

 

 彼の銃には、弾倉に六発しか弾が入らない。続けて撃つときにはすべて入れ替えなければならないのだ。

 案の定、時を置かず、カチカチとむなしく引き金が鳴る音が響いた。動揺したルーファウスは、震える手から拳銃を取り落としてしまったのだ。

 

「……フ、フフフフ、ああ、滑稽ですねぇ! なんて無力な……! ルーファウス神羅!」

 ネロが嘲笑する。

「呪われた実験を行った神羅カンパニーの総帥。おまえの首をこの手で刈れる日をどれほど心待ちにしたことか!」

「…………」

「しかし、何とまぁ無力な…… ルーファウス神羅。このようなつまらぬ輩に、我らが同胞が煮え湯を飲まされたとは……」

 ネロの物言いに、私は必死に首を振って見せた。

 確かにこれまで神羅が行った人体実験は許されるものではない。セフィロスのことも……そして彼らDGソルジャーのことも。

 だが、それを為さしめたのは、ここにいる年若い神羅の社長ではない。彼の父親……それ以上の代での話なのだ。

 ルーファウスはセフィロスの実験のことも知らなかったという。彼は責められるべき対象ではないのだ。

「フフフ、相変わらず人の良いヴィンセント・ヴァレンタイン。貴方だとて神羅への恨み辛みは人並みではないでしょう?」

 彼の言葉に、私は尚も首を振った。もちろん横にだ。

「どうしました? もはや恨みはないとおっしゃるのですか? ああ、なるほど…… 確かに当時の社長は、この者ではないですよね。そう言いたいのでしょう? ヴィンセント……」

 私は肯定するべく、彼の冷たく整った顔をジッと見つめた。

「フフ、では、だからといって、この男が許されるとでも? 年若いゆえ、知らぬ存ぜぬで済むとおっしゃるのですか? 当時、存分に巨大カンパニーの恩恵に浴しながらも!?」

 痛烈なネロの嫌みに、ルーファウスは肩をふるわせた。

 DGソルジャー……その筆頭のネロの気持ちはよくわかる。許せといって、容易にそうできるものではないだろう。

 だが、ルーファウスだとて、自ら望んで人体実験に荷担していたわけではない。すべての秘密を知ったのは、事が済んでしまった後のことなのだ。

 我らがこの地に到着してから、それほど時が経っているわけではないが、いくつか気づいたことがある。

 おそらくルーファウス神羅は、セフィロスに対して、憧憬に近い想いを寄せていたのだと感じるのだ。彼の言動や立ち居振る舞いから、その気持ちが読み取れるのだ。

 ならば、そのセフィロスでさえ、呪われた試みの対象にされたのだという事実は、どれほどルーファウスを打ちのめしたことだろうか。

 傍らの机を支えに、何とか立っているルーファウス神羅。私は震える彼の肩に、そっと手を添えた。