天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
 
 ヤズー
 

 

 

「元に戻るときは、こうもあっさりとだとはねぇ」

 サニタリールームの大きな鏡を眺めながら、俺は言った。

 そこには見慣れた姿が映っている。

 長い銀髪に、薄いブルーの瞳、『俺自身』おヤズーの姿だ。

「あーあ、もうちょっと、とりかえばやで遊びたかったのに」

 そう言った俺に、ヴィンセントが笑う。

「何の問題も起こらなくてよかったではないか。早く家に帰って、皆に報告したいな」

 ヴィンセントが、元の姿のまま、そう言った。

 なんと、あっさりとしたことに、WROに宿泊した翌日、俺たちは自身の姿に戻っていたのであった。

 

 リーブに別れを告げ、俺たちは元来た道を走り抜ける。

 

「もう、まもなく家に着くよ」

「ああ、……ふぅ、やっぱりもとに戻ると落ち着くな」

 ヴィンセントが運転席のとなりで、嬉しそうにそう言った。

「それはそうだけど、今ひとつ面白く無いじゃない。これといったハプニングもなかったし」

「それはむしろ良かったことだろう。ヤズー、まったくおまえは……」

「えぇ、だって、せっかくヴィンセントになれたんだよ、俺は。ヴィンセントの姿でいろいろやっておきたかったなぁ。商店街のアイドルだし、そうだ、俺のワードローブで、ファッションショーもしておきたかった!」

「そ、そんなことを考えていたのか?あぁ、元に戻れて良かった」

 ヴィンセントが胸を撫でながらそうつぶやいた。

 

「ねぇねぇ、それじゃ、とりあえず、家のみんなにはすぐにばらさないで、誰かが当てるまで、とりかえっこしたまま対応してみるのはどうかしら?」

「そんなに面白がることではないだろう。それにすぐに家の者たちにはわかってしまうと思うぞ。しゃべり方とか……いろいろ違いがあるからな」

 もっともなことを言うヴィンセントだが、誰が入れ替わりを見破るかというお題には関心がありそうだった。

 あっという間に帰路を終え、私たちはたった一日の留守であったにせよ、懐かしの我が家へ戻ってきたのであった。

 

 

 

 

 

 

 家の中に入る前に、セフィロスに遭遇した。

 夕刊を取りに出たのだろう。

「……なんだ、おまえら、もう元に戻ったのか」

 と言われたのだ。

 まだ、ヴィンセントも俺も、一言もしゃべっていなかったのにも関わらずだ。

「ど、どうして……なぜわかったのだ?」

 ヴィンセントが驚きを隠さず、セフィロスに訊ねた。

「見りゃわかんだろ。纏う空気が違うからな」

「ちょっとぉ、超ショック。纏う空気……だなんて繊細なこと、セフィロスに言われるなんて!」

 俺は正直にそう告げた。

「ケンカ売ってやがんのか!このオレをどこぞの目なしと一緒にするんじゃねぇ」

「……嬉しい。君は何も言わずとも気づいてくれるのだな」

 ヴィンセントが感激したように、涙ぐんでそうささやく。

「そんな大げさなこっちゃないだろ。まぁ、もとに戻ったのは良かったな」

「ありがとう、セフィロス。さぁ、腕によりを掛けて夕食の支度をするからな。待っていてくれたまえ」

 ヴィンセントは、彼にしては跳ねるように機嫌良く、台所へとすっ飛んでいったのであった。

 そんなヴィンセントに、「ヤズー」と語りかけているお間抜けなのは、兄さんだった。こちらは空気だの何だのというのは、まったく読めないらしい。

 ヴィンセントに元に戻ったことを告げられ、大喜びで抱きついている。

 

 そんなこんなで、わずか数日のとりかえばやは幕を閉じた。

 あっという間の数日。

 

 そして何事もなく終わった数日だった。

 

「あ〜あ、ちょっともったいなかったなぁ」

 という俺を、ヴィンセントは苦笑混じりに眺めているのであった。

 終わり