The beginning of Autumn
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<8>
Interval 〜05〜
 セフィロス
 

 

 

 
 

 

 

 

 オレは適当な雑誌と文庫本を拾い上げると、そのままヴィンセントの部屋へ向かった。

 軽くノックをするがいらえはない。

 安眠妨害をするつもりはないので、音を立てずに扉を開く。

 医者の薬が効いているのか、ヴィンセントはぐっすりと眠り込んでいた。頬が薄桜色に染まり、わずかに息が早いのは微熱が出ているせいだろう。

 額に乗せてあったタオルを、氷水で絞り、取り替えてやる。

 微かに蒼白い瞼が反応したようだが、目覚めることはなかった。

 

 おもむろに室内を眺めてみる。

 ……ヴィンセントの部屋に、これほど長く居たことはない。

 ああ、いや、入れ替わり騒動のときは、ベッドで微睡んだが、その後のやり取りでゆっくり観察する余裕などなかった。

 整然と整えられた室内。間取りはクラウドの部屋よりやや大きい程度だが、ひどくゆったりと感じる。

 木目調の室内に似合った、薄いベージュのシフォンカーテン。似たような色合いのソファに木のテーブル。クローゼットや他の調度品も木造りだ。だが木製とはいっても淡い色合いの白木作りなので、室内の印象は明るく、よけいに広々と感じる。

 

 何気なくテーブルの上を見るとクラウドと一緒に映っている写真があった。最近のものなのだろう。場所は、ここコスタデルソルの家だ。建て替えをする前の作りであることから考えるに、きっとこの場所にふたりで住み始めるとき、記念に撮ったのだろう。

 クラウドのクソガキが、腰をかがめ、カメラに向かってポーズをとり、満面の笑顔で映っている。その傍らの椅子にヴィンセントが座っていた。

 紅いマント姿ではなく、藤色のサマーセーターにグレイのパンツを履いている。フォトフレームの中の、蒼白い小さな顔には、うっすらと……ほんのわずかな笑みが浮かび、夢見るようにこちらを眺めていた。

 

「……っと」

 ……タンと高い音が鳴ってしまう。

 うっかり手を滑らせた。幸い木製のフォトスタンドは、毛足の長い絨毯の上に落ちてくれた。だが、その衝撃でガラス枠が外れ、写真が飛び出してしまう。

 ヴィンセントが起き出さないのを幸いに、オレは手早くそいつを拾い上げた。もちろん音を立てないように。

 ふと気付くと、散らばった写真は二枚ほどあった。表に現れていた奴ともう一枚別に……それはわざと隠すように、フォトフレームの裏側に差し込まれていたらしい。

 一枚は当然、さきほどの写真、クラウドとヴィンセント自身が、この別荘の居間で撮影したとおぼしきものだ。

 

 隠されていたもう一枚の写真……それには意外な人物が写っていた。嫌というほど見慣れているツラ……そう、このオレの写真だ。

 少し前に、フィルムが余ったとか言って、クラウドのクソガキが、めったやたらにパシャパシャと写しまくっていたヤツの一枚だと思われる。

 写真の中のオレは、カメラの方向も見ずに、長椅子に寄りかかり猫の相手をしていた。

 そのせいだろう。我ながらにやけたツラをしている。こんな写真があったなど、心外も甚だしいところだが、さすがに詰問するわけにはいかない。それではこのフォトフレームをひっくり返して見たことがバレてしまう。

 そっと元通りに戻し、デスクに置き直した。

 

 

 

 

 ヴィンセントの部屋は角部屋だ。二面採光だから、室内はかなり明るいが、イロケムシが気を利かせたのだろう。薄手のカーテンが、眩い光を遮り、午後の日差しがやわらかく室内を照らしている。ヴィンセントのベッドは上手い具合に日陰に入るようになっており、彼の睡眠を邪魔するようなことはなかった。

 

「さて……と」

 オレはひとつため息を吐き出すと、ベッドの横に置かれた寝椅子に転がった。いわゆるリクライニングチェアというヤツだ。

 イロケムシは「やさしくかまってくれ」などと言っていたが、オレにとってはなかなかの難題だ。第一、ヴィンセントがこのオレを恐れているわけだから、下手なやり方をすれば、ますます怯えてしまうだろう。

 それに、ヴィンセントを見ていると、ついつい意地の悪いことをしてやりたくなる。なぜなら、コイツは大切な気に入りだからだ。泣かせてやりたくもなるし、このオレに怯える様を見るのは心地よい。

 何の興味も持てない屑どもに、恐れ敬われても何の感慨もない。

 

「フフン、こんなことをいうと、イロケムシが眉つり上げて怒鳴り込んできそうだな」

 手にした本を読むともなしに眺める。傍らには平和なツラをしてヴィンセントが眠り込んでいる。

 透きとおるように白い顔……細い顎……そして折れそうなほど、華奢な腕が布団からはみ出ていた。放っておこうかと思ったが、そっと毛布で覆ってやる。

 それでも、ヤツは微動だにしなかった。よほど疲れているのか、泥のように眠り込んでいるのであった。

 ……見ているだけで、こちらまで眠たくなってしまう。

 白木作りの室内に、淡い木漏れ日が心地よく降り注ぐ。

 いつの間にか、とろとろと微睡んでしまったようだった……