墓 参
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 ヴィンセントは最後に私室の整理整頓を点検すると、猫のヴィンちゃんを抱っこしてやった。

 それでようやく気持ちに区切りがついたのか、

「では、そろそろ出ることにする……」

 とつぶやいた。

 いったん居間に戻って兄さんに、

「行ってきます」

 の口づけをしてやり、お返しのずいぶんの長いキスを受け取った。

「クラウド、どうか仕事で事故などを起こしたりしないように…… 気を付けてくれ」

「うん、うん。わかってるよ。アンタこそ、変なヤツにくっついて行っちゃダメだよ? 銃は? ちゃんと持ったよね?」

「あ、ああ……一応」

「ヴィンセント、やっぱし、俺、駅まで送っていこうか? なんか、心配だし…… ちゃんと帰ってきてよね? 怪我とか……」

「クラウド…… 何も心配してもらうことはない。ここは大切な場所なのだから」

「そうだよね。うん……わかってるんだけど」

 そんなセリフをぶつぶつとつぶやいていた兄さんだったが、ようやく気を取り直したように、

「……じゃ、気を付けて行ってきて、ヴィンセント」

 とようやく言えたのだった。

 

 ……ちょうどその時だ。

 空気を読まない、最低最悪の男が居間にズカズカとやってきた。

 

 

 

 

 

 

「あ〜、クソ、まだ眠ィ…… おい、ヴィンセント、水」

「あ、ああ、レモン水があるから、そのほうが……」

「ちょっと、セフィロス!」

 お人好しにも、これから出かけようという場面なのに、キッチンへ行き掛けるヴィンセント。そんな彼を止める意味でも、俺はきつい声を上げた。……おまけにこの人、酒臭いし。

「ヴィンセントはもう出発するんだよ! 空気読んでくれない?」

「……あ? なんだ、おまえどこか行くのか?」

 今気づいたように訊ねるセフィロス。

「あ、ああ。その……、前にも言ったと思うのだが……その……」

「ヴィンセントはお墓参りだよ! 毎年行ってんの! 去年はいろいろあったからアレだったけど」

 兄さんが鼻息も荒くそう言った。セフィロスの傍若無人さが不快であったのと同時に、やはりヴィンセントが自分を置いて出かけてしまうのが寂しいのだ。

「あ、いや……墓があるわけではないから…… それにルクレツィアは……」

「とにかくヴィンセントの年中行事なの! セフィには関係ないけど!」

「ああ、そういや、昔の女の墓参りとか言ってたな。ご苦労なこった」

 ケッと悪態を吐くセフィロス。自分は平気で朝帰りなどするくせに、兄さんと同じでヴィンセントがひとりで出かけてしまうのが不愉快らしい。

 この人もけっこう子供っぽいんだよねェ。

 

 パッパッー!

 

 じれたようなクラクションの音。

「あ、ほら、ヴィンセント、車が来てるよ。早く行った行った」

 俺はヴィンセントを急かしてやった。そうでもしないと、いつまでもグズグズとしていそうだったから。

「あ、ああ、では…… あの、セフィロス。私がいなくとも、きちんと食事をとって、睡眠時間も大切だから ……その、あまり無茶なことはせずに……」

「わかってるわかってる。俺がちゃんと彼に言っておくから」

 長くなりそうな説教を遮って、俺はヴィンセントを促した。

「あ、ああ。では皆……行ってきます」

 きちんと挨拶をすると、何となく後ろ髪を引かれるような面持ちで、ヴィンセントはようやく出発したのであった。

「ヴィンセント、俺、表まで送る!」

 兄さんがヴィンセントにくっついて行ったので、荷物は彼に任せ、俺は遠慮することにした。

 やれやれ、たった4、5日のことだっていうのに……

 でも、まぁ、俺だって、カダに一週間ほど旅行するなんて言われたら、平静に送り出すことができるだろうか?

 そう考えると、兄さんを笑う気にはなれなかった。

 

「はい、セフィロス。お水。飲んだから着替えてきて。食べられそうなら朝ご飯、用意するから」

「…………」

「ちょっとぉ、聞いてるの?」

 そう言ってやると、彼はレモン水を、ゴクゴクと一気飲みするとさっさと席を立った。

「セフィロス?」

「フン、ヴィンセントのメシが食えねーなら、律儀にこの家に居る必要もないな」

「何言ってるのさ。どうせ、4、5日で帰ってくるんだよ? ただのお墓参りなんだから」

 俺はため息混じりにそう言った。

 別にセフィロスが何処に行こうと何をしようと俺にはどうでもいいが、ヴィンセントが帰ってくるときには家にいてもらわねば困る。

「ああ、わかってる、わかってる。しばらくアレのところへ行っている。最近ほっぽりがちだからな」

「昨日も午前様だったくせによく言うよ。……携帯忘れないでよ。ヴィンセントの帰りが予定より早まりそうなら連絡入れるからね」

「チッ、相変わらず細かい小姑野郎だな」

 煩わしげに言い捨てると、彼は朝食もとらずに、さっさと着替えて家を出ていってしまった。

 こんな朝っぱらから支配人さんのところへ?

 やれやれ『相変わらず』なのはどっちだか。

 それこそ相変わらずの自己中っぷりに、俺は盛大にため息を吐き、食卓をかたづけたのであった。