墓 参
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

「ルクレツィア……予定より少し早いが、我々は大切な家族の元に戻ろうと思う」

 大上段にかまえたようなヴィンセントの回りくどい物言い。最近はだいぶ聞き慣れてきたので、以前ほどまどろっこしく感じることも無くなった。

「君の大切なセフィロスのことは我々に任せてくれ。彼が幸福に過ごせることが私の喜びなのだから……」

 ヴィンセントは何のてらいもなく、こっ恥ずかしいセリフを口にする。

 ……って、フツー、言うか?当事者の前で? 

 正直、いろいろ突っ込んでやりたいことはあったが、またもや青臭いガキのセリフを口にしてしまわないかと考え、黙り込んでヴィンセントの後ろに突っ立っていた。

 ヴィンセントは何度か水晶柱を撫でると、ようやく気が済んだように小さく息を吐き出した。

「すまない……セフィロス。時間を取らせてしまって」

 少しつらそうな微笑を浮かべ、オレのところに戻ってきた。

 ……そう。『オレの元へ』だ、ルクレツィア。

 オレはあの女の気配が残る、水晶柱をにらみつけた。

 

「セフィロス……?」

「いや、なんでもない。まだ時間は十分あるぞ。もういいのか?」

「ん……いいんだ。話をしたいことはすべてしたから。ありがとう、一緒に居てくれて」

「おまえの気が済んだならそれでいい。……そろそろ行くか」

 ヴィンセントを急かすような真似はしたくなかったが、正直オレは『ルクレツィア』の気配のするこの空間に居たくはなかった。

 この場所で……ヴィンセントが懐かしげに『ルクレツィア』に語りかけているのを見ると昨夜の疑問が頭をもたげてくるのだ。

 ヴィンセントがオレを受け入れ、こんなにも尽くしてくれるのは、この女がオレを生んだからと言う……ただそれだけの理由なのか……?

「セフィロス……? どうかしたのか? 気分でも……」

「あ……いや、なんでもない。やはりここは少し寒いな」

 そう言いながらきびすを返した。出口まで多少の道のりがあるのだが、オレはずいぶんと早足で歩いていたのだろう。

 後からついてきたヴィンセントが小走りになっているのに、出口間際でようやく気づいた。

 

 そのまま行きと同じルートの列車に乗り込む。

 途中でいくつかの駅に停車はするが、コレルエリアの東を抜ければ、そのまま一直線で終点のコスタ・デル・ソルだ。

 夕方の出発とはいっても、ご存じのとおりのローカル線だ。コスタ・デル・ソルに到着するのは真夜中に近い時刻になる。

 行きと同じく……いや、それ以上にがら空きの指定席に座ると、ヴィンセントは改めて礼を口にした。

「……セフィロス、ありがとう」

「なんだ、いきなり」

「ありがとう…… 最初、君が列車にあらわれたときは、本当にびっくりしてしまったのだけど…… これまでで一番思い出深い墓参になった。……ああ、いや、墓参というのはおかしいかな」

 しみじみとした口調でヴィンセントがつぶやいた。

「……毎年来てるって?」

「え……あ、ああ。なるべく……そのようにしているのだ。昨年はいろいろあって期を逸してしまったが……」

「フン、ずいぶんとマメなことだな」

「え……あ……いや、そんなことは……。ただ、かつて私は、彼女に何もしてやれなかったから……罪滅ぼしというつもりではないのだが、せめて私だけでも彼女のことを忘れないように…… 今、私は幸福に過ごしていると……話をしてやりたくて」

 『彼女に何もしてやれなかった』だと?

 そうじゃないだろう? 貴様は身を挺して宝条とクソ女科学者の人体実験を止めようとしたではないか。だから宝条に殺され掛け、望まぬ人体改造を施されたのだろう……?

 なぜ、おまえはそんなにルクレツィアを大切に思う?憎しみの対象になることはあっても、礼を言ったり、謝罪したりする相手ではないではないか!

「……セフィロス……? どうかしたのだろうか? 急に黙り込んで……」

「ああ、いや、なんでもない」

 オレは浮かぬ声でそう返しただけだった。まともに会話をしたら、たった今、頭の中で考えたことをすべて吐きだしてしまいそうだったから。

 オレが納得いかないと詰め寄っても、ヴィンセントを困惑させるだけだろう。こいつなりの説明を聞かされても、オレが納得できるかといったら、それもなさそうだ。

 だったら、思い悩ませないよう、口にしないのが一番いい。

 家に戻れば、どうせまた、常と変わらぬ日々が始まるのだ。ヴィンセントが『ルクレツィア』に想いを馳せる機会も少なくなるだろう。

 そう考え溜飲を下げる。

 と、同時に、そこまで考え、気持ちを落ち着けねばならぬおのれが、ひどく滑稽に感じた。

 

 

 

 

 

 

 目映い光が視界に花を咲かせる。

 夜目にもまぶしいゴールドソーサーの輝き。

 行きと同じように車窓から、ヴィンセントはうっとりとした面持ちで、宝箱のような光の洪水を眺めている。

 列車はコレル山の西側……つまりゴールドソーサーに最も近いこの駅で一旦停車する。

 さすがにこんな時間に、ここで降りる客はいなかったが、ゴールドソーサー行きのロープウェイとの待ち合わせがある故、しばしの停車を余儀なくされるのだった。

 

「ヴィンセント、降りるぞ」

 ごく当然のように声を掛ける。窓枠に張り付くようにしていたヴィンセントは、

「え……?」

 と不思議そうな声を出した。

「ど、どうかしたのか? な、なにか忘れ物でも……」

「アホか。出発してから何時間経っていると思っているんだ」

「で、では……」

「墓参りが済んだら、オレに付き合うという約束だったろ」

 そういうと、たいした大きさではないヴィンセントの手荷物をひっさらい、さっさと列車を降りた。

 ヴィンセントは慌ててオレの後についてくる。

「セ、セフィロス…… ど、どうするのだ、こんなところで……」

「決まってんだろ。……ああ、ちょうど来たようだ。乗るぞ」

 人が少ないどころか、貸し切り状態のロープウェイに乗り込む。

「あ、あの……ゴ、ゴールドソーサーに……?」

「ああ。オレは初めてだしな。なにもそう慌てて帰る必要もないだろう」

「ほ、本当に……? こ、これからゴールドソーサーに行くのか!?」

「なんだ、いやなのか? もう動き出してんだぞ」

 アナログなロープウェイがのんびりと夜空を浮いている。ヴィンセントの気に入りのゴンドラには負けるだろうが、こいつもなかなか風情があった。

「ち、違う!そ、そうじゃなくて…… まさか、君と一緒にあの想い出の場所に……行けるなんて……!」

「想い出の場所ねェ。まぁ、そうご大層なもんじゃねーだろ。おまえの気に入りのゴンドラは夜の方が映えるんじゃないか?」

「ああ!そうだ! 本当にとても綺麗なのだ! 君ともう一度あの情景を見られるなんて……! 花火が上がって、チョコボたちが虹色のレースコースを走っていて……! ああ、そういえば、ミステリーエリアのホラーハウスでは、頭上に不思議なモンスターが飛んでいるのだ……! あれはいったいどのような仕掛けなのだろう!」

「ま、今日、乗ってみれば謎は解けるだろうよ」

「そ、そうだな! 君と一緒だし……!」

 コクコクと何度も頷いてみせるヴィンセントであった。