〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 



  

 頭の中で、オーソドックスなレシピが流れて行く。

 いつも作るものに、一手間かけるだけで、ずっと美味しいものができるのだ。

 うかつなことに、私は何かひとつのことを考えると、そればかりに意識が向いてしまう。例えば、今なら食事のレシピだ。

 そのときであった。

 私の視界をふと、見覚えのある姿が通り過ぎた。

「あ……ッ」

 胸に抱いた買い物袋のせいで、はっきりとは見取れなかったけど、夕陽に透けた長髪はプラチナに輝いていた。そして道行く人々より頭一つ以上飛び抜けた長身……

「セ、セフィロス……? セフィロス!!」

 往来で人様の名を大声で呼びつけるなど、はしたないことこの上ないが、ついつい買い物が上手くいったので気が大きくなっていたのだと思う。

 もし、セフィロスがかまわないようなら、一緒に帰宅できれば嬉しかったのだ。

 

 セフィロスの物言いは多少きついところもあるが、とても思いやりのあるやさしい人で、彼と話をするのは、緊張と興奮とで胸の躍るような気分になるのだ。

「セフィロス!」

 私は自分自身でも驚くような声を上げたつもりであったが、銀髪の人は引き返してはこなかった。聞こえなかったのだろうか。

 日暮れ時とはいえ、なんせノースエリアの表通り。そろそろ歓楽街にも灯が点る時刻となれば、私のしゃがれた声など雑踏に混じってしまうだろう。

 買い物袋を抱えたまま、難儀ではあったが、セフィロスに会いたいという気持ちの方が勝った。

 私はそのまま小走りに彼の姿を追ったのだ。別にセフィロスは急いでいるような素振りを見せても居なかったし、走っていけば追いつけるだろう……そう考えて。

 

 

 

 

 

 

 ……慣れぬことはするものではない。

 あらためてそう思ったのは、とうとう彼の人の姿を見失い、あろうことか再三クラウドに注意されていたダウンタウンに迷い込んでからであった。

 あきれたことに、セフィロスの姿を追うのに夢中で、いつの間にか表通りから外れてしまったのだ。

 あたりはうっすらと夕闇が降りてきている。

 そもそも歩幅が広く歩くスピードの速いセフィロスに、大荷物を持った私が追いつこうなどと考えたのが誤りだったのだ。

 さきほどまでの、なんとなく高揚した気持ちが急速にしぼみ、ひどく悲しい気持ちになってきた。

「……いけない。もう時間が……」

 今日の遠出は夕食の準備のための買い出しだったのだ。遅れてしまっては意味がない。

 すでに行き慣れないノースエリアに立ち寄った時点で予定よりも時間を費やしている。あらかじめ、余裕を持って外出してきたが……やはり急いで帰途に着くべきだろう。

 

 私は大きくため息を吐き出すと、歩き出そうとした。

 

 ……だが、辺りを見回して愕然とする。

 まったく見覚えのない場所なのだ。

 い、いや、確かにノースエリアはそれほどよく地理を心得ているわけではないが……

 だが……

 

 私はひどく困惑しつつ、なにか目印になる物はないかと見渡した。

 いくら知らぬ場所とはいえ、同じコスタ・デル・ソルの街なのだ。大のおとなが道に迷うなどと……

 人に聞けばよいと思われるだろうが、そういう雰囲気の場所ではない。

 陽の落ちたダウンタウンなど、まともな輩は歩いていないのだ。彼らを恐ろしいとは思わぬが、まともな応対をしてもらえないとわかっているのに、わざわざ声を掛けるつもりはない。

 

 ……やはり家に電話を入れるべきだろうか。

 少し遅くなるということと……ヤズーならば、ここからの帰り道を知っているかも。

 これ以上迷い込んで、それこそ帰宅が遅くなるのは困るし、家人に迷惑を掛けるのは本意ではない。

 ひとつため息を吐き、私は相変わらず使い慣れない携帯電話を取り出した。

 クラウドが丁寧に、自分の携帯番号と自宅の番号を短縮登録してくれたのだ。それをよこから引っさらって、セフィロスが自分の番号を面白半分に入力し、ヤズーはごく当然という面持ちで自らの携帯番号をも登録してくれた。

 そんな出来事ひとつひとつが、私には何にも代え難く大切なものになっているのだ。

 

 ……っと、いけないいけない。

 今は、自宅へ電話をしなければ。

 大荷物を何とか片腕に持ち直し、私はポケットの携帯電話を探った。

 

 ……下卑た笑い声に囲まれたのは、ちょうどそのときだったのである。