〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 

 

『……セ、セフィロス……?』

 いつもの気丈さに、不安が見え隠れする、聞き慣れた小さな声。

「ああ、オレだ。……大丈夫か?」

 常と変わらぬ物言いで低く確認する。

『……はい』

「傷つけられたりはしていないだろうな」

『あ……は、はい』

 眉を寄せ、食い入るようにオレたちのやりとりに聞き入るヤズー。

「すぐに迎えにゆく。安心しろ」

『はい……』

「いいか、『ヴィンセント』。連中から『くり返し問われていること』については、『手元にはない』と答えろ」

『え……? あ、は、はい』

 察しのいい男だ。

 オレがあえて彼を『ヴィンセント』と呼んだこと、『くり返し問われていること』について、きちんと思考できるだけの能力はあるはずだ。それが何かはわからずとも、とにかくオレの言葉のとおりに動いてくれればそれでいい。

 今、彼が『本物のヴィンセントではない』とバレれば、かえって危険だ。やつらのねぐらも知られているわけだし、連中にとって生かしておいていいことはなにもなかろう。

『セフィロス…… わ、私は……』

「大丈夫だ。必ずオレが行く。『オレが連中に必要なものを持ってゆく』……だからおまえは安心して待っていろ。いいな?」

『……は、はい』

「間違いなくオレが行く。……信じろ」

『はい……』

「いい子だ。すぐに逢える。……では、連中に代われ」

 そう言うと、すぐにネロが電話口に出た。

「どうせ盗聴していたんだろ。……お聞きのとおりだ」

『ふふふ。ああ、でもよかった。エンシェントマテリアは体外へ摘出することも容易なものなのですね。つくづく不思議な物質だ……』

「…………」

『今夜は……ああ、もう遅いですねェ。明日、交換の場所を再度ご連絡いたします』

「ふざけるな! 今すぐに行ってやるッ! さっさと居場所を教えろッ!」

『それは困ります。……こちらもいろいろと準備がありますのでね』

「なんだと!?」

『いえ……ふふふ、気が短いのは相変わらずですね、保護者殿。こんな時間に押し掛けられては、兄が目を覚ましてしまいますから』

 いけすかない口調でしゃあしゃあと言ってのけ、ネロはあらためて期日を繰り返した。

『……明日……そうですね、昼過ぎにでもこの番号に お電話申し上げましょう。居場所を逆探知しようとしても無駄ですよ。わざわざ言うまでもありませんがね。では……』

「おい、待て! アレに傷をつけるなよ! 指一本触れるなッ!」

『……もっと素直な方ならよかったのですがねェ。まぁ、ご安心下さい。あなたがおいでくださると約束してくれたからには、こちらもこれまで以上に丁重にもてなしましょう』

「…………ッ」

『それでは、おやすみなさい。……いい夜を。クックックッ……』 

 電話はそこで、ぷつりと切れた。

 

 

 

 

 

  

「セフィロス、捕まってるの、店長さんだよね!?」

 通信が途絶えると同時に、腰を浮かせてヤズーが叫んだ。

「……大声を出すな」

「ネロ……だっけ、生きていたんだ。とどめを刺したんじゃなかったの?」

「ヤツはヴァイスと融合したはずだ。その結果、オメガが覚醒した。そのオメガをねじ伏せたのだから……」

「………………」

「いや……ヤツの『死骸そのもの』を見たわけではないな」

 オレは最後の光景を思い起こし低くつぶやいた。

 敵の『核』を砕いたものの、放出される熱に押しつぶされそうになり、半死半生のヴィンセントを抱えて、ただひたすら生き延びることだけを考えていたあの時間……

 目を開けても居れない白光の中、ヴァイスだのネロだのという、『オメガを形作る単体のパーツ』のことなど、すっかり忘れてさえいたのだ。

「……クソ、厄介なことになったな」

 何より、ただの民間人が囚われている。それだけでもこちらの分が悪すぎる。ネロだのヴァイス相手にオレたちと共闘する力なぞ、あの青年にあろうはずがない。

 いざ戦闘になったら巻き込まないよう、逃がしてやらなければならない。

 

「ね……店長さん、無事……?」

 神妙な声でヤズーが聞いてきた。

「……ああ、電話で声を聞いた限りはな。頭のいいヤツだ。オレの言わんとしていることは理解しただろう」

「…………」

「今はまだ、連中にヤツがヴィンセントだと信じ込ませておいたほうがいい。人違いだとバレればその場で始末されることも充分考えられる」

「……なんで……」

 ヤツの押し込めたようなつぶやきは、あまりに小さくて、オレには最初それが怒気を含んでいると気付かなかった。

「……チッ、ったく面倒なことになった」

「……なんで……だよ」

「あ?」

「……なんで……ッ!! どうして、あの人がこんな目に遭うのッ!? セフィロス、つきあいがあったんでしょう!? どうして守ってやれないんだよッ!」

 一気にそこまでいうと、キッと睨み付けてきた。

「あの人には何の罪もないでしょう!? それなのに拉致されて……今頃どんな目に遭わされているか……!!」

「……連中は身体に傷を付けたりはしていないと言っていた」

「そんなことわかるものか!」

 叩きつけるようにヤズーが怒鳴った。

「それともなに!? ヴィンセントが無事なら大したことじゃないって!? たぶん、大丈夫だろうって、その程度の認識なの!? 彼のことはただの面倒事のレベル!? ほんのお遊びなんだから、動揺することもないんだね! あの人のこと……少しでも自分のせいだとは考えないのッ?」

 イロケムシにしては、めずらしい物言いだった。息を切らせる勢いでそう言って退けると、はぁと大きく吐息した。

「……そうだな。オレのせいだ」

 ヤツを見返してハッキリそう認めると、ヤズーはハッとしたように、目を瞠り、すぐに伏せると「ごめん……」と低くつぶやいた。

「ごめん。あなたが悪いんじゃないよね。……予想して守ってやれったって、あいつらが生きているなんて、夢にも思わないもの」

「いや……いずれにせよ、あいつは必ず取り返す。すべては明日だな」

「そうだね。当然手伝わせてくれるよね?」

「いや、おまえにはして欲しいことが……」

 

 バンッ!

 

 唐突に扉が開かれ、オレたちは不意をつかれた形で振り返った。

 そこには茫然自失の表情をし、子猫を抱いたヴィンセントが突っ立っていた。