〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<32>
 
 支配人???
 

 

 

 

 

 

『ネロ様。ヴィンセント・ヴァレンタインが正面門より内方へ参りました』

 抑揚のない声で、コンピューターをいじっている人物が報告した。

 彼らはネロの部下なのだろう。

 ……だが本当に人間なのだろうか?

 CPで再生したような無機質な声。ネロに話しかけるときも、コンピュータを操作するときも、同じ姿勢のまま手と口が必要に合わせて動いているだけだ。

 憶測だが、屋敷内には最低でも2、30人の配下は居るのだろうが、にもかかわらず、私は日中、世話をしてくれる者たち以外の声は聞いたことがなかったのだ。

 

「ああ、貴方。……よかったですね、ヴィンセントがやってきたようですよ」

 椅子に座らされた私の傍らに寄り添い、彼は楽しそうにささやいた。

「…………」

「相変わらずのお人好しだと思いませんか。……そこがまぁ、あの人も魅力でもあるのですが」

「…………」

「どうしました?黙りこくって。ヴィンセントの来所を期待していたのでしょう?」

「……今さら、あなたとどんな言葉を交わせというのですか?」

「おやおや、冷たいことだ。もはや僕とは口を聞くのも煩わしいと」

「……今、私が考えているのは、何と言ってヴィンセントさんに謝罪するかということだけです」

 切り口上でそう言った後、私はひとつ大きく吐息した。

 そして口調を改め、ネロと目線を合わせた。

 

「……ネロ。うかがいたいことがあります」

「ふふふ、なんでしょう? 僕に答えられることならなんなりと」

 茶化して青年貴族風に、両手を開き問うネロ。

「……ヴィンセントさんをどうするつもりですか?」

 彼の大げさなリアクションを無視し、私は短く尋ねた。

「さぁ……どういたしましょうかねェ。もちろんマテリアを先に頂きますけど」

「答えられることなら何でも話すとおっしゃいましたね。ならば私の質問に回答してください。ヴィンセントさんをどうするつもりなのですか?」

 私はふたたび、同じ言葉を繰り返した。

 ネロは音を立てずに笑うと、顎をあげ、謳うように語り始めた。

「そう……ヴィンセントの存在を知って、かれこれ……どのくらいになりますかね…… もうずいぶんと長い間の片想いなのですよ」

「………………」

「ああ、もちろん、僕の一番の目的はエンシェントマテリアです。兄さんのためにどうしても必要なものですから」

 また『エンシェントマテリア』だ。

 それについて明るくない私には、いったい何の効用があるのかもわからないのだが。

「ですが……もしヴィンセントの了承を得られたのなら、ぜひとも僕たちと一緒に来ていただきたいと思っています。こんな暑苦しい島ではなく、もっとずっと住みやすい……僕たちにふさわしい楽園にね。できれば貴方も同行してくださると嬉しいのですが……」

「つまり、ヴィンセントさんを拉致するつもりなのですか?」

 彼の言葉を遮り、最も肝心なことを確認した。

「これは心外ですね。『ヴィンセントの了承を得られたのなら』と申しましたでしょう? 力づくで連れ去るような野蛮な真似は致しません。ちゃんと彼と話し合いをするつもりですよ」

「……『イエス』としか返答できない要求は、話し合いとは呼べないと思います」

「……クッ……クックックッ……ハッハッハッ……!」

 今度は声を上げて嬉しそうに笑うと、彼は椅子に座っている私に合わせ、腰をかがめた。

強引な力で顎を取られる。

 噛みつくようなキスで口を塞がれ、息を継いだ隙に舌が進入してきた。冷たい指先が私の頬を滑り、もう一方で首の付け根を押さえている。

「……クックックッ……咬まれるかと思いましたが……」

 ようやく解放すると、嘲るようにそう言った。

「……ええ。私だけならばそうしたでしょう。ですが、今はヴィンセントさんが来ています。彼に危害を加えられるくらいなら、どうぞお好きに」

「クックックッ……ああ、貴方は素敵ですね。本当に何て気丈で気高いのでしょう」

「………………」

「容姿はヴィンセントとそっくりですが、その気位の高さと気の強さが可愛くてなりません」

「……そういう物言いはやめてくださいと言ったはずです」

 彼の顔も見ず、切り口上に言い放つ。

 ネロは悪びれるふうでもなく、もう一度、私の視界に入ってくると再び口を開いた。

「ねぇ……ずっと疑問に思っていたのですが……」

「…………」

「貴方とヴィンセントとはどういう関係なのです? ……まさか血が繋がっているとか……?」

「くだらない妄想ですね……彼とは正真正銘赤の他人です」

「ふぅん……」

「……なにか?」

「ならばどうしてそんなふうに彼を庇おうとするのですか? 他人なのでしょう? 自分以外の人間がどうなろうと、放っておけばよいのではないですか」

 そう。そのとおりだ。私はこれまでずっとそうやって生きてきたし、これからもそうだろう。だが、このときばかりは、何故か彼のバカバカしげな口調を、ひどく不快に感じた。

「……誰を庇おうと私の勝手です。強いて言うならあの人の、人と為りを好ましく思っているからです」

「たったそれだけの理由で?」

「いけませんか?」

「いえいえ……とても僕には理解できない感覚ですね」

「ふ……そうでしょうね。いいのではないですか。私とあなたの価値観が一致する必要は全くありません」

「……機嫌がお悪いですね」

「当然だと思います。人違いで拉致されたあげく、こんなつまらぬ問答の相手をさせられたのではね」

「……僕が貴方をヴィンセントと取り違えたのは、きちんと理由があるのですよ」

 私の不快を、人違いされたことだと考えたのか、ネロはそんなことを言った。

「……君は、<セフィロス>と付き合いがあるのですね」

「……私はクラブの支配人です。客としてきた方ならば誰でも等しくもてなします」

「おやおや、いまさら気持ちを隠すこともないでしょう? ねぇ……」

 ネロの声が猫なで声に変わる。毒を含んだ食虫花のような禍々しい声……

「……君はセフィロスの恋人なのでしょう?」

「大人の付き合いです」

 使い古された言葉で、私は答えた。

 

「……ヴィンセント・ヴァレンタインを邪魔だと思ったことは……?」

「…………ッ ……やめてください」

 胸の悪くなる言葉に、私は反射的に吐き気を感じた。

 背筋がぞわぞわとそそけ立ち、毛穴が開くような悪寒を感じる。

 ……と同時に、彼の一言に、そこまで過敏に反応する自身に激しい嫌悪感を抱いた。

「……やめてください。そんなふうに思ったことはありません」

「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ……?」

 あたかも本心から心配しているように、腰をかがめ顔を覗き込んでくる。あえてそれを避け、私はさらに言葉を続けようとした。

「ヴィンセントさんと私では比較になりません。あなたと違って、私は身の程をわきまえています」

「ふふふ、憎たらしい口ですねェ」

「………………」

 どこまでも茶化したような物言いをするネロ。

 この人の容姿もヴィンセントさんに……つまり私にも似ている。漆黒の髪、抜けるような白い肌、そしてワイン色の瞳。

 世の中には同じ顔をした人間が三人いるという。この場所にそのすべてが集まっているというのなら、笑わずにはいられない。

 もっとも似ているのは容姿だけで、中身は三者三様……いや、私とネロ、そしてその対極にいるのがヴィンセントさんになるのだろう。

 

『ネロ様。ヴィンセント・ヴァレンタインを連れて参りました』

 機械仕掛けの人形が口を聞いた。

 抑揚のない物言いは、ネロが近侍にしているらしい青年の声であった。