とある日常の風景。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント〜
<午前の部>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

10:30

 デパート到着。               

 時間が早いので、まだ人混みはそれほどではない。休日だし、午後になれば混んでくるだろうけど。

「……クラウド、どこか見たいところがあるのか?」

 ヴィンセントが聞いてくる。いつでも自分のことより、俺の希望を訊ねる。

「ああ、とりあえず最上階の催し物会場」

「……催し物?」

「うん。行こう」

 俺は言った。今日の目的地だ。

 暮らし始めの頃は、ヴィンセントに、どうしたい?何したい?といろいろ聞いてやっていたが、最近は状況を選んで、訊ねることにしている。

 些細なことは、俺の方が決めてやったほうが、安心するらしいし、落ち着くみたいだ。

 箱詰めになるのは嫌なので、エスカレーターで、上まで上ってゆく。

 

 

10:35

 目的地到着。

 〜World of Quartz〜

 

「世界の水晶展……?」

 案内プレートを見て、ヴィンセントが復唱した。

「ああ、世界中から、めずらしい水晶を集めて、アクセサリーに加工して販売するらしいんだ」

「……へぇ」

「開催期間は今日から一週間だけだからな。午後になったらけっこう混むぞ。はやく来て正解だったな」

「欲しいものがあるのか?」

「うん、雑誌で見つけて、目星付けてあるんだよ」

 俺は言った。ヴィンセントはあまり関心がないのか、「ふぅん」などと言っている。もともと何事に置いても強い興味を持つタイプではない。

 

 World of Quartzということで、さすがに圧巻だ。

「こっちだ、ヴィンセント」

 俺は入り口の地図を見て、どんどん歩いていく。

 綺麗だし、ものめずらしいのか、あたりをキョロキョロと見回しながら、ヴィンセントはおとなしくついてくる。

 


10:38

 目的の店へ。

「ああ、ほら、これ」

 まだ人出がまばらなせいで、簡単に目当ての物を見つける。店員の女性が恭しくいらっしゃいませと迎えてくれる。

 水晶の値段は、ものによってまちまちなのであろうが、ここのはけっこう高値だ。

「ほう……美しいな、ビジョン・ブラッドか……」

「はい、こちらは大変価値ある品でして。ビジョン・ブラッドはいくつかありますが、これほど純度の高い、混じりけのないものは、なかなかございません」

 商魂たくましく、コンパニオンが怒濤のごとく説明に入る。ヴィンセントは相手を無碍に無視することができない。

 案の定、餌食となって長たらしい説明を聞かされている。

 まぁ、困り顔を観察するのも楽しいけどね。

 

「いや、いいんだ、これをもらいたい」

 俺は言った。

「まぁ、お目が高い。こちらのリングですね」

「ああ。ええとサイズ直しがいるかな。ヴィンセント、何号?」

「え……?」

 唐突にたずねられ、驚いた顔してる。

「え、あの……?」

「指だよ、指、薬指」

「え、あ、いや……」

「ああ、悪いけど、計ってもらえる? それでサイズ直し頼む」

 おろおろしているヴィンセントを横目に、俺は店員の女性にそう頼んだ。

 このシチュエーションで連れの男に、指輪を買う俺。しかもそいつはあからさまにオドオドしている。ちょっと考えれば、ピンと来そうだが、そこはやはり商売なのだろう。ソツの無い微笑を浮かべ、ヴィンセントを促してゆく。

 当のヴィンセントは、未だに何か訴えたげに、おろおろオドオドしているが、女性のほうが強い。俺はゲストルームに引っ張って行かれるヴィンセントに、ひらひらと手を振った。まさかさらわれやしないだろうし、その間に会計を済ませてしまおうと思う。

  

『それではお計りいたしますね。どちらのお指をご希望でしょうか?』

『……え、ええと……あの……』

『こちらのデザインはとても瀟洒ですので、お連れ様のおっしゃるとおり、薬指がよろしいかと』

『あ、ああ……』

『それでは左手を、失礼いたします』

『………………』

 

 しっかり左手って言われている(笑)

 それじゃ、エンゲージリングだろう。つっこめよ、ヴィンセント。

 

11:00 

『はい、ありがとうございました。すぐにお直しいたしますので』

『……え、あ、ああ』

『お客様にとてもお似合いかと思いますよ』

 亜麻色の髪の女性が笑った。お世辞でもなさそうな物言いに、俺は好感をもった。

 

「いつできる?」

「はい、すぐに致しますので、本日の午後には」

「そうか、助かるよ。メシ食ったらここ寄るから」

 俺は言った。

「はい、お待ちしております。ありがとうございました」

 彼女は最後の言葉を、ヴィンセントに向かって言った。心遣いが嬉しい。

 

11:30

「さてと、ちょっと時間かかるな。もう少し見ていく?」

「いや……少し、疲れた。なんだか心臓がドキドキしている」

 今どき子どもでも「心臓がドキドキ」なんて言わないのに(笑)。

「そうか、じゃ、喫茶店でも入る?」

「あ、ああ……」

 ヴィンセントがそういうので、俺はワンフロア下のレストラン街に行く。

 ここは、15Fと16Fで食事ができるが、16Fのほうが落ち着いた雰囲気だからだ。

 


11:35

 喫茶店へ。

 そろそろ昼時だが、ここはまだ空いている。

 店員に奥の席へ案内される。この店には一度寄ったことがあるのだ。

 室内の照明が彩度を落としたオレンジで、席の間隔が離れている。こういうところなら、ヴィンセントも落ち着けるだろう。

 

 俺はアイスコーヒー。

 ヴィンセントは温かいハーブティーを頼む。

 

「ク、クラウド、その……あの……さっきの……」

「何だよ、その顔」

 俺は笑いながらそう言ってやった。

「いや……でも、どうして……私に?」

「なんでよ、俺がヴィンセントにプレゼントしちゃおかしい?」

「え、いや、でも……あんな……高価なもの……」

「一目惚れ」

「え?」

「雑誌で見つけてさ、一目惚れだよ。アンタに似合うって思って」

「……クラウド」

「ほら目の色とさ、同じだろ。好きなんだよ、アンタの瞳の色」

 俺は考えたとおりのことを口にした。

 だって本当のことだから。

 

「……どうすればよいのだろう」

 唐突にヴィンセントがつぶやいた。

「は?」

「こういうとき、どうすればいいんだろう……私は何て言えばよいのだろう、クラウド……」

「嬉しい?」

「あ、ああ……もちろん……どうしていいかわからないくらい……嬉しい」

「それなら『ありがとう』でいいんだよ」

「……え? で、でも」

「いいんだってば」

 俺が笑うと、ようやく安心したように……それでもまだ、緊張が抜けきらないのか、彼はオズオズと口を開いた。

 

「……ありがとう、クラウド」

「うん」

「……ありがとう」

「うんうん」

「……その……大切にする……」

「うん」

 

 

午前の部、終了。