コスタデルソルへようこそ 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&銀髪三兄弟〜
<2>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

14:30

「おい、ヴィンセント、いるんだろ? 入るぞ」

 閉め切りになった彼の私室の扉を、俺は軽くノックをする。

 居ないはずはないのに、返事がない。もちろん鍵などかかっていないので、俺は軽くドアを押してみた。

「ク、クラウド……」

 びくっと怯えた瞳がこちらをみる。

「あー、ごめん、そんな顔すんなって。さっきは、ホラ、アレ、あいつらがいたからさ。ちょっと、ちゃんと言って聞かせておきたかったから……」

「…………」

「ごめん、ごめんって。アンタにそんな顔されると、自分がものすごく酷い人間になった気分だよ」

「……そんなこと」

「っつーか、アンタも悪いんだぞ。あんな風に言われたら、俺が今までアンタにしてきたこと、全部ウソになるじゃないか」

「…………」

「ね、だから、怖がんないでよ、機嫌直してよ、ヴィンセント」

 俺が近づいて手を伸ばすと、彼は反射的に身を強ばらせ、一歩後ずさった。

 

 

14:50

「……あ、いや」

 自分の行動に彼自身が一番驚いてしまったらしい。取り繕おうとあたふたしている。正直傷つかなかったわけではないが、こんな正直なところも大好きだ。

「違うんだ、クラウド……」

「あーあ……ひどいなァ、ヴィンセント……俺、あやまってるじゃん」

「わかってる、わかって……」

「こんなふうに避けられるなんて……グスッ」

 これみよがしに鼻をすすってみせる。あまりにもベタな演技ではあるが、見抜けないのが、彼の彼たる所以だ。

「ク、クラウド……」

「もう、俺のこと嫌いになった?」

「……ちょっと、待っ……」

「悪かったよ、ホント……怒鳴ったりして。アンタのこと、こんなに大事なのにな……でも、俺……アンタのことになると見境なくなっちゃって……ごめん……」

「クラウド……」

「悪かったよ。俺、あっち行ってるな。きっと今は俺の顔なんか見たくないだろうし……アンタの気持ちが落ち着くの待つから……」

 俺はごしごしと頬をぬぐってみせると、きびすを返した。

「ま、待ってくれ、クラウド……ッ! そうではない……! そうではなくて……」

 不器用な彼が、必死に言葉を紡いでいる。その様を見ているだけで、もう可愛くて可愛くてたまらなくなる。だが、ここで下手な振る舞いを見せては、演技とバレてしまうかも知れない。俺は慎重にいくことにした。

「ヴィンセント……やさしいな、でも、無理するな。俺のこと、嫌になったろ?」

「クラウド、やめてくれ、そんなこと……言わないでくれッ」

 背けていた顔を、ゆっくりと彼のほうに向きなおす。

 ルビーの瞳が潤んで揺れている。必死に隠したがるが、ヴィンセントの涙腺はもろいのだ。

 

 

15:00

「ヴィンセント……」

「私が悪かった……ッ 許しを乞うべきは私のほうだ……すまない、私は……いつもいつもおまえの好意を裏切るような真似を……」

「ヴィンセント……」

 背後から抱きついてくる彼の背に手を回す。こんなとき、もう少し身長が欲しかったと切実に希う。

「いいんだ……わかってくれれば」

「クラウド、許してくれ……本当に申し訳ない……」

 ポロリと紅い瞳から水滴がこぼれ落ちた。まるで血を流しているかのような艶めかしい風情だ。下半身のリミットゲージが徐々にたまってゆくのを感じるが、こんなときほど慎重に、ことを運ばねばならない。

 

「じゃ、俺のこと嫌いになっていないんだな?」

「ああ」

「本当に?」

「もちろんだ……」

 ぽろぽろと、また涙がこぼれ落ちた。胸の奥がズキンと、そして下腹のあたりがドクンと脈打つ。

「ありがと……ヴィンセント」

「…………」

「ね……ヴィンセント、髪、触ってもいい?」

 俺は驚かせないように、そっと手を伸ばしてみた。彼はコクコクと何度も頷く。

 やわらかな黒髪の感触が心地いい。いつものように調子に乗って、生え際に口づけてみるが、彼はそのままで居てくれた。

「綺麗な髪だよな、いい匂い。俺、アンタのこと、全部好きだから。顔も体も中身も全部全部、好きだからな、ヴィンセント……」

「…………」

 

 

15:15

「ヴィンセント……」

 背を抱く腕を緩めさせ、顎に手を添える。おどおどと下から見上げてくる、整った顔が愛おしくてならない。白い頬には先ほどの涙のなごりがうっすらと筋を描いている。

「ヴィンセント、キスしていい?」

「…………」

 返事がないのを了承と解釈して、俺はそのまま色の薄い唇に口づける。きちんと閉じられたつややかな口唇を舌で割り、やや性急に彼の服のボタンを外しにかかった。

「……っ……」

 そこで少し驚いたのだろう。びくりと背をふるわせると、細い腕で俺を突き放そうと試みる。俺は口づけをやめることなく、片手で彼の抵抗を封じ込め、そのまま近くのソファに倒れ込んだ。背は高いが華奢な造作の彼に体重をかけないよう、十分注意しながら。

「……あっ……ク、クラ……」

 唇が離れた瞬間、ヴィンセントが困惑しつつ、俺の名を呼ぶ。

 俺はこれ以上は無理だと言えるほど、精一杯の笑みを浮かべ、不安げな彼に応えてやる。

 額、瞼、頬、耳朶、首筋そして、はだけさせた胸のほうにまで、あらゆるところに口づけを繰り返す。

 もちろん、ここまで持ち込めれば俺の勝ちだ。ヴィンセントは力で俺にかなわないのは、自分でもわかっているし、ここまでされてやめられるのはかえってツライだろう。ぶっちゃけ、俺はもうツライ。

 薄い胸がせわしない鼓動をきざみ、彼の吐息がはやくなるのを見はからって、ズボンのファスナーに手を伸ばす。

 

「兄さ〜ん、ここ〜ッ?」

 バッターン!

 妙に可愛らしいカダージュの声。

「荷物の整理終わったよ〜。僕も仲間に入れて〜!」

 惚けたようなヴィンセントと、前かがみの俺。

 

 仲間にって……なに?

 どうやら思念体のカダージュには、俺たちの行為の意味がわかっていないらしかった。

 

 ……悪夢はこんなにも早く訪れたのだった……