コスタデルソルへようこそ 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&銀髪三兄弟〜
<7>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

8:00 

「おはよ、兄さん」

 そう言ってキッチンで俺を迎えてくれたのはヤズーだった。

「お、おはよう、ヤズー。早いな、相変わらず」

「そう? それをいうなら兄さんのほうじゃない?」

「いや、今日はちょっと……」

「ヴィンセントは?」

 ヤズーが訊ねる。そりゃそうだ。おそらくここに立って朝一番でヤズーを迎えていたのはヴィンセントであろうはずなのだから。

「あ、あー、ちょっと具合悪いみたい。風邪かなぁ?」

 俺はボソボソと応えた。

 今朝、目を覚ますと、傍らでヴィンセントが寝息をたてていた。いつもなら俺が起きる前に姿を消してしまうのに。

 

「そうなの? 大変、昨日疲れさせちゃったのかなァ」

 のんびりとそういうヤズーに、風を起こして振り返った。

「な、なんだ? それ」

「え? どうしたの? ほら、昨日、俺たちが何の前触れもなく押しかけちゃったからさ。繊細そうな人だし、疲れちゃったんじゃないのかな」

「あ、ああ……いや、だいじょうぶだろ。起きてこないようだったら、後で俺、メシ持っていくし」

「そう? じゃ、悪いけど、キッチン勝手に使わせてもらうよ」

「ああ、たのむよ、ヤズー」

 俺はそう言った。

 

 

9:00

「ふぁ〜……おはよ、兄さん。あれ? ヴィンセントは?」

 朝シャワーを浴びて、ようやくさっぱりとしたカダージュが言った。どうやら、この気まぐれ猫はヴィンセントのことが気に入ってしまったようだ。

「あ、う、うん。ちょっとまだ寝てるんだ」

「ほら、カダ、先に髪を拭け。まだ濡れてるだろ」

「そうなの? お寝坊さんなの?」

「あー、そうじゃなくてな……」

 俺が言い淀んだのを、ヤズーが上手く引き取ってくれた。

「ヴィンセントはちょっと体調がよくないんだ。今日はおとなしくしてなきゃダメだぞ、カダージュ、ロッズもな」

「え?そうなの?」

 二人の声が揃った。

「わかったか、静かにしてろよ、カダージュ」

「ロッズに言われたくない!」

「ほら、よせ、ふたりとも。食事がさめる。はやく席につけ」

 スープをボウルに注ぎながら、ヤズーが言った。

 ふたりとも「はーい」と返事をし、おとなしく着席する。ヤズーのいうことはちゃんときけるのだ。

 

9:10

 今日の朝食は洋食だ。

 カンパーニュとコーンポタージュ、チーズとベーコン、チキンのホイル焼き、フレッシュサラダ。

 

 ヤズーの作る料理もやはり美味い。ヴィンセントといい勝負だ。

 

「ねぇねぇ、僕、あとでヴィンセントのところ行ってもいい?」

 パンを千切りながら、カダージュが俺にたずねた。

「え、あ、ああ……」

「ヴィンセントはまだ寝てるんだよ。兄さんが後で食事を持っていくらしいから、落ち着いてからにしたほうがいい」

「病気なの?」

 とロッズ。

「いや、そんな大げさなモンじゃないと思うんだけど……あいつ、低血圧だから」

 と、俺はこたえた。ウソじゃない。

 ……と同時に、低血圧でありながら、いつも自分より早く起きて、食事を作ってくれているんだなと、慣れた風景に感動する。

 ……と、さらに同時に、昨夜、ずいぶんと無理をさせたのであろうと反省する。

 

「ごちそうさまー」

「ごちそうさま、ヤズー」

 ふたりが食事を終えるとヤズーはおもむろに立ち上がり、キッチンにつく。

 

「兄さん、ヴィンセントの食事、別に作ってあるから。パンよりリゾットのほうがいいと思うよ。これなら消化にいいしね」

 そういうと、小型の土鍋を差し出した。大根と三つ葉の和風リゾットだ。

「……美味そう」

「兄さんはもう食べたでしょ」

「わかってるよ。俺ちょっと様子見てくる。起きてるようだったら、メシ食わせるよ」

「うん、薬要るようなら言って」

「わかった」

 そんなやり取りを交わして、俺はヴィンセントの私室へ戻った。

 

 

9:50 

 音を立てないよう、そっと扉を開く。

 驚いたことに、ヴィンセントは未だ、眠りについたままだ。相変わらず、血の気の少ない細い白い顔。なんだかじっと見ていると不安になってくる。

「おいおい、死んでるんじゃないだろうな……」

 そっと手を伸ばし、額に触れてみる。

 ……すると…… 

 

「えっ……ちょっ……」

「……ん?」

 俺が声を上げたのと、ヴィンセントが目を開けるのと、ほぼ同時であった。

 

「……あ……クラウド……?」

 ぼんやりと俺の名をつぶやく。そして次の瞬間、しまったとばかりに身を起こした。

「……寝過ごした、すまない……! ああ、彼らもいるというのに……」

「いや、ちょっ……ちょっと、待てよ、おい、アンタ、ホントに熱あるぞ?」

「…………気のせいだ」

「気のせいじゃないって! おでこ、熱いぞ」

「…………なんともない」

「なんともないわけないだろ。……もう、ホント、ごめん。俺のせいだ。まさかホントに熱出すなんて。昨日も具合悪かったの? もう!なんでそう言わないんだよ? 言ってくれれば、あんな……」

「昨日はなんともなかったんだ。今朝は……ああ、そう言われてみれば、少し熱っぽいか……」

 叱られた子どものように、ボソボソとヴィンセントがつぶやいた。

「少しじゃないだろ? アンタ、もともと低血圧だから自覚ないんだよ。けっこう熱高いぞ。ほら、横になれ!」

 身を起こしたヴィンセントの肩を抱き、もう一度ベッドに横たわらせた。

 その拍子に、ヴィンセントが、つらそうに眉を寄せたのを見逃さない。

 

「身体……痛い? 傷つけちゃったかな……」

 ボッと面白いように赤くなるヴィンセント。

「……そういうことを言うな」

 ぐいと掛け布団で顔を隠してしまう。

「大丈夫だ……少し痛むくらいだ」

「ごめん、なんか無理させちゃったよな……アンタ、いつもより良さそうだったから、つい……」

「ク、クラウド!」

「あ、そんなこと言ってる場合じゃないな。今日は一日横になってろ。アンタの面倒は俺が見るから!」

「……いや、そういうわけには……」

「具合が悪いときくらい、甘えろよ! あー、怒ってない怒ってない。そんな顔するな」

「…………」

「まぁ、いいや。とりあえずメシだな。食べやすそうなものヤズーが作ってくれてるから。今、持ってくる!」

「いや、起きて食べられるから、食堂に……」

「ダメダメダメ! 病人は言うこと聞く! あー、でも、ホント、熱出してるとはな……疲れのせいで風邪引いたのかな……」

「…………」

「ええと、あと、薬、薬。よし、とにかくメシだな、メシ。ベッドから出るなよ、いいな?」

 俺はしつこいほどに念を押し、気圧されたように、ヴィンセントが頷くのを見ると、すぐさまダイニングへとって返した。