コスタ・デル・ソルへようこそ。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<2>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 なんだかおかしなことになってきた。

 何故に、俺はセフィロスを伴って、ヴィンセントの私室にいるのだろうか。

 

 いつもと変わらぬはずの、日曜の午後。

 のんびりした昼食の時間。そこに銀色の台風がやってきた。

 いつぞやの一件と似ているが、今回はさらに被害が多い。何せ一言も発することなくヴィンセントが倒れてしまった。

 俺も自分がひどく動揺しているのを自覚している。カダージュたちのときには、それなりに冷静に対処できたのに。

 

 ドサッとヴィンセントをベッドの上に投げ出す、セフィロス。

 俺はすぐさま、律儀にとめられた襟元のボタンを外し、頭の下に枕を宛う。

 呼吸が落ち着いているのを見取って、ホッと安堵する。

 

「……悪くない部屋だな」

 そうつぶやいたセフィロスの言葉の意味が、最初わからなかった。

「え……あ、ああ、ここはヴィンセントの部屋だよ」

「…………」

 セフィロスは何も言わなかった。出るぞ、と顎で促される。

 

 居間に戻ってくると、セフィロスは再び口を開いた。

「……おまえはここに住んでいるのか?」

「ああ」

「あいつは?」

 ヴィンセントの部屋の方を目線で示す。

「……一緒に、だよ。ヴィンセントと一緒に暮らしてる」

「ふ……ひとりは寂しいか、クラウド」

 揶揄するようにセフィロスが言った。

「……寂しいよ」

 俺は答えていた。

「寂しいよ、セフィロス」

「……クラウド」

 セフィロスの手が、俺の顎に添えられた。なにをされるのかすぐにわかった。

 俺は大きな手を、両手で押し返した。

 

「ダメだ、セフィロス……どうして……」

「寂しいのだろう?」

 俺は緩慢にかぶりを振った。頭の中の回線が、火花を放って混線していた。

「……アンタは敵だ」

 俺は言った。声がかすれてしまうのが気に入らなかった。

「なにが望みなんだよ……」

「それは前におまえに話したはずだ」

 ミッドガルの天空での会話を言っているのだろう。俺はふたたびかぶりを振った。

「……わからないよ、セフィロス」

「……ああ、だが、付け加えることがある」

「…………」

「私の気に入りの者は共に連れてゆく……永久の命を与えて……」

「セフィロス……なに言ってんだよ……そんな馬鹿なこと……」

 その自信の源は何に起因するというのだろうか。セフィロスはさも驚いたという風な動作をしてみせた。

「できない、とでも?」

 形のよい口唇が半月を描く。ゾワゾワと首筋を、冷たい汗が伝わってゆく。

 

「……ならば止めてみせたらどうだ?」

「……え……」

「止めてみせたらどうだ? クラウド。それがおまえの望みなのだろう」

「……セフィロス」

「私に会うことがかなわねば、止めることすらもかなわぬだろう」

 クックックッ……と喉の奥で笑う。

「何が言いたいんだ」

「おまえの側に居てやると言っているのだ。今度こそ殺したければそうするがいい」

 俺は弾かれたように、キッと彼をにらみつけた。

 だが、そうささやいたセフィロスの面差しは、少年の頃、共にミッションに同行させてもらっていたころを思い出させるようにやさしかった。

 

『いつでもおまえの側に居る。安心しろ』

『だいじょうぶだ、そこにいろ、クラウド』

『おとなしく待っていろ、できるな? クラウド』

 髪を撫でられ、幾度、そう告げられたことだろう。それにも関わらず、モンスターの大群相手に、姿を消したセフィロスの後を追いかけてしまったこともあった。

 

 未熟だった俺は、いつまでたっても戻ってこない、彼のことが心配で心配で、居ても立っても居られなかったのだ。

 無謀にもひとりで飛び込んできた俺を、セフィロスはかばいながら戦った。俺がいなければ無傷で帰還したのだろう。部隊に戻ってこられたとき、セフィロスは肩に怪我を負っていた。まちがいなく俺のせいだった。

 

 怒鳴られると思った。嫌われると思った。だが、彼がしたことはそうではなかった。

 いつものように大きな腕で、俺を抱き上げ、涙でぐちゃぐちゃの頬に口づけてくれた。

 

「お前は勇気のある子だな」

 

 そう言われたのだ。

 その後のことはあまりよく覚えていない。

 ……とにかく、セフィロスに抱きついて、泣いて泣いて、泣きじゃくってあやまって……

 彼の傷の手当が済むまで、メディカルルームの前で、待ちぼうけをしていたことだけ覚えている。

 

「……クラウド?」

「あ……いや……なんでもない……」

 昔話を思い出しているときではない。そう思っても後から後からセフィロスとの記憶が甦ってくる。

「……で、でも……ど、どうして……そんなことを……」

「『でも、どうして、どうしよう? セフィロス?』か? ……強くはなったが、あの頃と同じままだな、クラウド。私の懐の中にいた、少年の頃と……」

「……っ」

 カッと顔が熱くなる。

 情けないほどに動揺している自分が居る。

 

「……退屈しのぎだ。しばらくここへ居させてもらうぞ」

 

 その一言で、状況が激変する。

 

 ……ヴィンセントとセフィロスと、ここで同居する……?

 

 混乱で頭が禿げ上がるかと思った。

 もう、俺にできることは、泣き笑いすることだけだった。