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〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<8>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 午前7:30。

 することもないのだが、勝手に目が覚める。

 

 私のために準備された部屋は、南東向きの大きな居室だ。昨夜は特に気をつけたりはしなかったが、よくよく見回してみると、木造のクローゼット、同じ素材にガラスをはめ込んだテーブル、しっとりとした布張りのソファなど統一感があり、窓辺にはご丁寧に花まで飾ってある。

 ヴィンセントという元タークスの男は、就職先をあやまったのではないかと思われるような男だ。

 

 ぼんやりしていても致し方ない。この身体では汗もかくし、腹も減る。

 私はシャワーを浴びるために、部屋を出た。

 

 バスルームはいくつかあるらしいが、昨夜使ったところへ行く。居間を通り抜けるのだが、驚いたことにダイニングの奥からすでに料理のかおりが漂ってくる。

 相手がこちらに気づかなければ、無視して通り過ぎようかと思ったが、こまやかで目ざといあの男はすぐさま私に気が付いた。

「お、おはよう……早いな、セフィロス」

「ああ」

 ひとつ頷いて、歩み去ろうとする私を、追いかけるようにして言葉を重ねた。

「あ、あの、セフィロス……昨夜はすまなかった……その……迷惑をかけて……」

「……別に」

 私は素っ気なくそう言った。どうもこいつを見ていると、意地の悪いことを言ってやりたくなる。

「よ、呼び止めてすまない……食事の支度ができているから、後で食堂に来てくれ」

「わかった」

 その程度のやり取りだ。

 

 私はバスルームに入ると、頭からシャワーをかぶった。

 朝だというのに、きちんと浴槽に湯が張ってある。律儀なことだ。

 普段はシャワーしか浴びないが、せっかくなので湯に浸かる。ここの家の風呂場はなかなかいい。なにより作りが広いし、浴槽近くの低い位置から上方へ、中庭へ向いた窓がついている。湯に浸かっているとちょうど顔の位置にあたる。

 自然だのなんだのに、特に関心があるわけではないが、人間の身体は無機質なものを見るよりも、自然に触れた方が心地よいらしい。現実に、この私でさえも、風呂場から見える青々とした木々、淡い色合いの野薔薇に心惹かれるものがある。

 以前……ああ、以前とは言っても、私がまだ神羅のソルジャーであったころ、クラウドとよく近くの公園に出かけた。そこはテーマパークに続く通り道で、休日、どこに行くためにでも通ることになる。

 そこの風景は悪くなかった。中央に噴水があり、芝生のなかに、石造りの道が続く。脇には誰が手入れしていたのだろう、パンジーの花壇が道なりに作られており、春先は通りかかる者の目を楽しませてくれた。噴水の周囲と、林道のほうへところどころベンチが置かれているのも気が利いている。

 クラウドはそこの公園を気に入っていた。故郷にはない風景だと、そう言っていた。

 小柄だった彼は、私に子ども扱いされるのを嫌がり、めったにはしゃいだりすることはなかったが、ここに来たときは芝生に寝ころんだり、石畳を走ったりしていた。

 

「ふ……何を思い出しているのだ、私は……」

 決別した過去を、自ら思い描く愚考に自嘲すると私は浴槽から出た。最後に冷たい水を頭から浴びる。乱暴に身体を拭き、ローブを纏う。

 ヴィンセントに言われたとおり食堂へ行くと、ちょうど時を同じくしてクラウドが入ってきた。パジャマのまま、ポテポテと歩いてくるのが可愛らしい。

 

「……おはよ、ヴィンセント、セフィロス」

 半分眠ったような目つきでボソボソとつぶやくクラウド。相変わらず朝に弱いらしい。

「眠そうだな、クラウド」

 からかうように言ってやったが、クラウドはぼんやりと頷いただけだ。

「大丈夫か、クラウド? ほら、顔を洗ってこい」

「うん……」

「どうした、具合が悪いのか?」

 ヴィンセントが母親のように訊ねている。

「ううん……なんか昨日あんまり眠れなくて……」

 そうつぶやくと、クラウドはタオルを握りしめて浴室へ消えた。

 心配そうにそれを見遣るヴィンセント。

 

「……クラウドもそうだが……」

 私は口を開いた。

「え……」

「貴様も過保護だな」

「…………」

「まぁ、おまえがあれにかまってやりたくなるのはわかるがな」

「…………」

 まったくしゃべらない男だ。あきらめて、私は体の欲求を口に出した。

「……腹が減った、ヴィンセント」

「あ、ああ、座ってくれ、出来ているから」

「…………」

 黙って座る。

 すぐにスープ皿が置かれ、ジャガイモのヴィシソワーズ、焼きたてのバタール、アボガドと生ハムのサラダ、白身魚のバター焼きが並ぶ。

「……セフィロスはコーヒーでいいのだろうか」

「ああ」

 コポコポとと音を立てるサーバーから、大きめのカップにコーヒーが注がれる。

 

「……おまえはタークスでなにをやっていたんだ?」

「……え?」

「職業をあやまったのではないのか」

「え?……あの……」

「……美味い」

 一口スープをすすり、私は言った。

「よ、よかった」

 ヴィンセントが独り言のようにつぶやいた。私がもう一度口を開こうとしたときに、騒々しい奴が戻ってきた。

 

「ヴィンセント、セフィロス、おはよ! あ、俺、風呂入ったから。お湯、抜いておいた! あー、今、何時? あ、ちょっ……時間ないな!」

 今朝、最初に会ったかのように、もう一度あいさつを繰り返すクラウド。

「お腹、空いた! ヴィンセント、俺、コーヒー牛乳にする!」

「クラウド……髪が濡れているぞ。それから上になにか羽織ってこい。風邪をひく」

 上半身裸で飛び込んできたクラウドに、ヴィンセントが食卓を整えながら言う。朝、ぎりぎりで慌てる癖は直っていないらしい。

 ヴィンセントに言われて、急いで私室にとって返し、バタバタと騒々しい音を立てる。いくつになっても落ち着きのない子だ。

 大人に見られようとしていても、どこかしこにこういった幼い行動が目に付くのがクラウドの特徴といえよう。

 

「……その、クラウドが騒々しくしてすまない」

 めずらしくも自分から口を開いたかと思えば、そんなことを言うヴィンセント。こいつのお人好しには上限がないのだろうか。

「貴様があやまることじゃないだろう。だが、躾はしっかりしておけ、おまえが困ることになる」

「……え……あ、ああ」

「甘えっぱなしではおまえの負担が増えるばかりだろうと言ってるんだ。……足りん」

 私はパンとスープのお代わりを申し出た。

「魚は? まだ余分に……」

「それももらおう」

「口に合うようでよかった……」

 そう言いながら、私の皿を取り替えてくれる。

 

「ヴィンセント、メシ出来てる? へぇ、今日もうまそうだな!」

「クラウド、もう少し静かに……」

「ごめんごめん。時間なくてさ。いただきます!」

 そういうと、クラウドはガシガシと食べ始めた。こんなところは本当に子どもっぽく見える。

「おかわり!」

「……クラウド、ゆっくり食べないと消化に……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ……あ!」

 いきなり声をあげると、今、思い立ったように、じっと私をにらみつけた。

 

「セフィロス、言っておきたいことがある!」

「なんだ、この子どもが。髪がはねてるぞ」

 後ろを向いてヴィンセントが、プッと吹き出す。こいつでも笑うことがあるのだと驚く。

「俺は仕事に出かけるけど……」

「ああ、そうかそうか、行って来い行って来い、貧乏人が」

「ちゃんと聞けよ! 俺がいない間、ヴィンセントを困らせるような真似をするなよ!」

「ク、クラウド……よせ……」

「とめんなよ! ちゃんと言って置かなきゃダメなんだよ!……いいな、わかったな、セフィロス!」

「困らせるような真似? 遙かにおまえのほうがしていると思うのだが?」

「…………」

「ちょっ……否定してよ、ヴィンセント!」

「あ……すまない」

 地団駄を踏むように言うクラウド。やはり子どもだ。

「フン、ガキ。さっさと行け」

「セ、セフィロス……クラウド……」

「ほらほら、私たちが言い争うと、おまえの大切な生き人形が困るようだぞ」

 そう言ってからかってやると、クラウドはボッと顔を上気させた。本当に単純な子だ。

 

 すばやく食事を終えると、クラウドが地図を片手に出てゆく。

「じゃ、行って来るから。今日はそんなにまわるとこないし、夕方には戻るからな、ヴィンセント」

「ああ……気をつけて……クラウド」

「ん。じゃ、はい」

「え……いや……」

「いいだろ、気にすんなよ!」

 そういうと、またもや戸口のところで、おろおろしているヴィンセントの腕を強引にひっぱり、無理やり口づける。

「いってきます!」

 バタンと戸が閉まると、紅い瞳の男は「ふぅ……」と大きく息をついた。

 振り返って、この私が側近くに立っていることに驚き、びくりと身をすくめる。

 

「まるでままごとだな」

「…………」

「どうした、言い返さないのか?」

「……クラウドがそうしたいのなら……いいんだ……」

 ヴィンセントは聞き取れないような小さな声で、そうつぶやいた。