〜 ディシディア ファイナルファンタジー 〜
 
<2>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 クレーターのように、ボコボコと節くれ立った地面……その遙か彼方……沸騰した火山口をバックに、黒い影が浮かんでいる。

 炎の紅に照らし出され、それらはゆらりと陽炎のように揺らめいて……

 

 ……一体だけではない……

 いや、いったい何人の敵が立ちふさがっているのか……?

「おいおい……こりゃ、いくらなんでも俺ひとりじゃ厳しくね?」

 ぼそりとつぶやくが、敵は眼前だ。このまま引き返すわけにはいかない。

「いやいや、大丈夫でしょ、コレ。だって夢だもん。さっきまでコスタ・デル・ソルのベッドで寝てたんだもん。……ヴィンセントのとなりで」

 俺はお守りのようになっている、最愛の人の名を口にすると、剣を握りなおし、一挙に距離を縮めた。

 

「はははは…… 無策な子供が飛び出してきたな」

 金ぴかの男が尊大に笑った。

 ケッ、エラソーに! キョショイんだよ! いかにも敵役って感じだ。

「ジタン…… いや、違うか。小さいからそう見えただけだな」

 おめーだってどっちかってェとちっこい方だろ!特に連中……そう、確かカオスの軍勢とやらの中ではよ!

 貞操帯みたいな変なファッションをしている、にやけたオカマ野郎に、俺は蹴りをくらわせてやろうかと思った。

 傍らで忍び笑いをしているのは、禍々しい妖気を纏った女がふたり…… いや、女っつーか、『人ならざる者』といったほうが正しいのだろう。

 他にも不気味な黒い甲冑を着けた巨人がいる。

 妙に威勢のいい中年男だけは、割と普通の人間に見えた。

 

「クソッ! 倒す順番決めてる場合じゃねェ! 行くぞ」

 ブレイバーの構えをとり、俺は横飛びに岩を蹴った。

 そのまま俺の剣は、カオスの軍勢の何者かを倒していたはずだった。ぞろりと並んだ連中のひとりを。

 そう……いずれはすべて倒さなければならないのだから、順番などどうでもよかったのだ。

 

 パキィィィン!

 

 瞬間……

 剣の切っ先が、何かに弾かれた。

 俺の狙った長身の男が、片手を上げて、それを止めたのだ。

 

 片手で剣を……?

 渾身の力を込めた俺の剣を……?

 

 背後の溶岩がゆらゆらと炎を吹き上げ、ボコリとはじけた。

 一瞬、紅く照らし出される、目の前の男……

 長い銀の髪が、炎の明かりに溶けるように広がって…… 切れ長の双眸は、鬱陶しいほどの睫で覆われている、怖いほどに整った彫刻のような造形……

 ……セフィ……?

 

「セ、セフィ……? セフィロス!!」

「……久しぶりだな、クラウド」

 甘く優しい声音。まるで愛玩動物を愛でるような……

 だが、それを見事に裏切る氷のまなざしで、彼は俺を射すくめた。

 

 

 

 

 

 

 セフィ……?

 セフィロスじゃない? いや、違う……これは、『今』のセフィロスじゃないんだ。

 コスタ・デル・ソルのあの家で、ヴィンセントをいじめる大飯食らいの居候じゃない!

 

 俺たちがパーティを作り、星の命を永らえさせるために戦っていた……あの頃の敵であった『セフィロス』だ……!

 そう考えたのは、ほとんど直感だった。

 

「どうした……? 可愛いクラウド。私に会いに来たのだろう?」

「セ、セフィ…… ど、どうして……」

「おまえが会いたいと望めば、いつでも側に居てやる。……ただ、おまえがそう願えば……な」

「セ、セフィロス…… ……ぐあッ!」

 彼の片手が俺ののど元を締め付けた。大きくて……指の長いセフィロスの手。

 完全に不意を突かれる形となった俺は、無様にうめいた。

「あ…… あ……」

 息を止める彼の手を、両手で何とか引きはがそうと試みる。

 だが、やはりセフィロスは強くて…… ああ、そうだ。何故、忘れていたのだろう。

 コスタ・デル・ソルに居るセフィロスは、おっかないけど、家の人間に手を出したりしない。いろいろなことがあって……DGソルジャー相手には、セフィロスとともに共闘したのだ。一緒に戦えば、これ以上頼もしい味方はいないけど……

 でも、敵方に回られたら、悪魔のように強い輩なのだ。

「あ…… ぐぅ…… セ、セフィ……」

「苦しいか、クラウド? そら…… おまえの蒼い瞳から流れる涙が見たい」

「ぐ……ぁ……」

「……ふたたび、私のものになれ」

「や……め……」

「私の腕の中が、おまえの居場所…… そうだったろう? 可愛いクラウド……」

「が……ッ」

 目の前が真っ赤にはじけ、徐々に闇が落ちてくる。

 こんな馬鹿な……夢の中で……夢の中で、セフィロスに殺されるなんて……

 いや、本当に夢なのか……? だったら何でこんなに苦しいのに目が覚めないのか?

 ああ……もう…… 息が……

 

 ザシャッ……!

 

 鋭い擦過音が、耳元を擦った。

 首を締め付けていた鉛のような痛みが、ふいに溶けて散る。

 ほとんど意識が消えかかっていたが、俺の身体は何者かに抱かれ、セフィロスから引き離されていた。

 意識を失う直前、瞳の裏側に片翼の天使の禍々しい微笑が浮かんでいた。