〜 ディシディア ファイナルファンタジー 〜
 
<32>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 

 彼女の正拳は、バシッという小気味のよい音を立て、遮られた。

「……クラウド、どうして……」

 手の平で受け止めたのは、横合いから飛び出したクラウドであったのだ。想像以上の衝撃だったらしく、つらそうに顔を歪めた。

「バカな……何をしているのだ、おまえは」

 これにはさすがのセフィロスも絶句した。呆然とした様子で小さくつぶやく。

「痛て……」

「無茶するなクラウド!」

 俺が叱りつけた横合いから、クラウドの腕がさらわれた。伸びてきた白い手は、セフィロスのものだった。

「セ、セフィ……」

「バカな真似をする…… おまえは相変わらずのお人好しだな、クラウド」

「だって……咄嗟だったから……」

「手を見せろ。腕ごとだ。掌の骨は存外に脆い。……大丈夫だな、折れていない。腕の筋は……どこか痛むところはあるか? 手を握ってから開いてみろ」

 指示を出すセフィロスの声音は、思いの外やさしかった。

「ご、ごめん、平気だから。俺の受け手も悪かったし」

「……いいから言われたとおりにしろ」

 静かな声音でセフィロスに叱られ、クラウドは、言われたとおりゆっくりと手を握った。

「痛ッ!」

「やはり手首の筋だな。受け手は肘を張っていてはダメだ。外に力を逃がすようにと教えたはずだ」

「……ごめん」

 クラウドがしゅんと項垂れた。

『教えたはずだ』というのは、きっとセフィロスと一緒に居た当時に、教授されたということなのだろう。

 彼ら二人は神羅カンパニーという会社の、先輩後輩の関係にあったそうだから。

「ごめんなさい、クラウド…… 私……」

「ティファのせいじゃないよ。俺が悪いんだ」

 過去の記憶しか持たない彼女は、事の展開について行けないのだろう。困惑した様子は変わらなかったが、怪我をさせてしまったクラウドに謝罪した。

「手首を冷やして固定しろ。……手伝え」

 セフィロスは、俺に向かってそう言った。命じられなくても当然のことだ。彼に何か言われるより早く、セシルが救急箱を持ってきた。

「これ、氷水で冷やしてあります」

 セフィロスは、一つ頷いて彼から手布を受け取ると、クラウドの手を退けさせ、手首に押し当てた。

「おい、冷湿布があったが……」

 そう言って差し出すと、

「スコール・レオンハート。この部分を押さえていろ。湿布の前に楽な形に落ち着かせ、湿布ごと包帯で固定する」

「あ、セ、セフィ、いいよ。俺、自分でやれるから。手、汚れちゃうよ」

 湿布のゼリーが着くことを気にしているのか、クラウドは慌ててセフィロスを止めようとした。

「……本意ではないが、おまえは私を庇って負傷した。借りを作るのは不愉快だ」

「そ、そんなふうに思わないから……」

「黙って大人しくしていろ」

「う、うん……」

 心許なげに頷くと、傍らでセフィロスを手伝う俺に、目線を送ってきた。

『このままでいいの? スコール』

 といったところか。

 クラウドの気持ちはわかる。なんせこのセフィロスは過去の記憶しか持っていない。元の世界では、命の奪い合いをしていた相手なのだから。

『大丈夫だ』と目で返事をし、俺はこの場の収束方法を考えた。

 だが、それを提案する前に、居心地の悪い空気を打ち払ったのは、騒々しい新参者であった。

 

 

 

 

 

 

「まぁまぁ、ハイハイ、この場は引き分け〜。クラウドくんの気持ちを考えて、引きましょう、おふたりさん!」

 両手を前に挙げ、『まぁまぁ』と手振りつきで割って入る。

 嫌な感じによどんだ空気は霧散したが、一緒に緊張感も消えていた。

「おい、ラグナ……」

 憮然としたセフィロスにはばかり、俺はお調子者を諫めようとした。

「ハイ、どーも! 俺はラグナ。ラグナ・レウァール。スコールのパパだよ〜ん、ヨロシクね、セフィロス」

 俺もまだ握ったことのないセフィロスに向かって、握手の腕を突き出す。

 もちろん、差し出された方は、うろんな眼差しでそれを睨め付けるだけだ。

「やだなぁ、警戒しないでよ。綺麗な顔が台無しだよ!」

 そう言って笑うと、あろうことか、グイとセフィロスの手を引き寄せ、ぶんぶんと強引に握手をしたのであった。

 セフィロスの氷の眼差しが、さらに冷ややかに澄んでゆくのが恐ろしい。

「バカヤロウ、よせ、ラグナ! すまない、セフィロス。俺がきちんと押さえておけば……」

「その男はおまえの何なのだ、スコール・レオンハート」

「いや、見ず知らずの……」

「だから、パパだよ〜ん! まだ、ちゃんと名乗ってなかったの。ゴメンね、スコール」

「『ゴメンね』ですむか! 俺はアンタなんて知らない。一方的な言いがかりはよしてくれ!」

「ラグナパパって呼んで!」

「黙れッ! アンタみたいなちゃらちゃらとしたお調子者が、俺の父親であるものか! 気色が悪いッ」

 俺の悲鳴じみた拒絶の言葉に、なぜかセフィロスが笑い出した。

「フッ……ハハハハ…… おまえがそのように慌てる様は初めて見るな、スコール・レオンハート。それならば、なんとか17才に見える」

 セフィロスの言葉に、部外者よろしく立ちつくしていた、ティーダやジタンが吹き出す。

 冗談ではない。どうして、俺がこんな目に……

「はい! セフィロスのお許しが出たところで〜、ねぇ、ティファちゃん」

 いきなり名を呼ばれて、ティファがびくんと顔を上げた。ここに飛び込んできたときのことを考えれば、ティファともうひとりの女性……そしてラグナは、一緒に旅をしてきたのだと思われる。

「ティファちゃん。俺とスコールのこともそうだけど、やっぱり何かズレてるよ。クラウドくんは、ティファちゃんとセフィの持っている記憶よりも、より新しい『現在』を知っているみたいだね」

「『セフィ』などと馴れ馴れしく呼ぶな、アホラグナ!」

 俺の苦情は黙殺して、奴はさらに続けた。

「クラウドくんが、ティファちゃんにウソつく理由はないだろう? だから、さっき身を挺してセフィを庇ったんだ」

「ラグナさん……」

「うん。だからね、今は、まずこの謎を解かなきゃ。同じ世界から呼ばれてきたのに、どうして記憶にズレがあるのか。それがわからない間は、むやみに傷つけ合うのはよくないと思う」

 アホでバカでお調子者で、どうしようもない野郎だが、今、この場での諍いを修めるには、なかなかもっともらしい説得ではあった。

「だいたいさぁ、召喚とかって勝手過ぎない? 神様たちの戦いなのに、別世界の俺たちを呼びつけるなんてさァ」

「ふむ……その点については、まったく同意だ、ラグナ……レウァールといったか」

「ですよね!ですよね! やっぱ、セフィと俺って気が合うーッ!」

 抱きつこうと飛びつく奴を、俺は横合いから身体を張ってはじき飛ばす。

「痛って〜な、スコール! このクソ息子! あーあ、どうせ息子ができるんなら、クラウドくんみたいに可愛い子か、セフィみたいに綺麗な人がよかった!」

「悪かったなッ!」

「まぁ、いいさ、パパは寛大だからね。ってことでさ、まずはこの記憶の問題をどうにかしない? 謎が解ければ、おのずと俺たちのすべきことが決まってくると思うんだよね〜」

「ラグナさん、良いこと言うッス!」

「同感!」

 ティーダとジタンが即座に同意した。

 彼らもおのれの記憶に自信を無くし掛けていたのだ。いずれにせよ、その部分をはっきりさせなければ、気持ちよく闘うことはできないということなのだろう。

「ありがとうございます、ありがとうございます! このラグナ・レウァール、皆様の賛同を得まして、これからの事をご提案させていただきますッ」

 そう前置きをすると、わざとらしく『キリッ』と音の立ちそうな表情を作り、張りのある声で続けた。

「え〜、まずは『記憶の謎』を解明するために、一同、力を合わせ頑張りましょう! そのためにも、ここにいる者らは、基本的に一緒に行動し、万一バラバラになっても、そのことを念頭に動くこと!」

「異議無しッ!」

「異議無〜しッ!」

「俺も……そのほうがいいと思う。なるべくみんなで一緒に行動したほうがいいよ……」

 ぼそりとクラウドがつぶやき、セフィロスのほうをちらりと見た。当の本人は、つまらなそうな表情で、ラグナを眺めている。

 奴の話が一段落ついたところで、彼は口を開いた。

「待て……カオス側の私が一緒に居てはまずかろう。もし……」

「だいじょ〜ぶッ! セフィは俺が守るからッ!」

 そういって、今度こそ、奴は自分よりも長身のセフィロスに、ガッシと抱きついた。クラウドが目を丸くしている。

「そうッスよ! 俺らもいますから! カオスの連中が襲ってきても囲い込み作戦でKOッス!」

「だよな、ティーダ。とりあえず、この人数居れば、セフィロスさんを真ん中において、周囲を俺たちが囲んで、一番外をデカイ奴らが……」

「いや、ジタン。セフィロスさんが一番大きいんスから、そのアイディアはちょっと……」

「……私は、『この場にいないコスモスの戦士』に、おまえたちが逆に疑われるのではないかと言いたかったのだが……」

 セフィロスは、深いため息と共に、そうつぶやいたのであった。