〜 ディシディア ファイナルファンタジー 〜
 
<42>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 右肩から背にかけて、ビリビリとしびれるような疼痛が走る。

 他にも細かな傷は負っているが、おそらくその部分が一番深いのだろう。剣を操るのに不自由を感じるほどだ。

 その傷は、遠距離攻撃を得意とする魔女に、炎のランスで引き裂かれた。ファイアの魔術を重ね掛けし、それを長槍の形に変え、敵を貫く攻撃魔法である。並大抵の術者では扱えない、高等な呪法であり、まともに食らえば、頑健な男であっても致命傷になる。

 すんでの所で避け切ったと思ったが、甘かったのだ。

 骨には至らぬものの、炎と鋭い切っ先で切り裂かれた背には、激しい痛みが残っている。

 

「よく頑張りますね、さすが私の見込んだ、若き獅子……」

「……黙れ……!」

「ふふ、やはりおまえをこの世界で消してしまいましょう。放置しておけば、後々の禍根となる」

「それはこちらのセリフだ……!」

 俺が切り裂いた一方の翼にちらりと目線を投げ、時の魔女は禍々しい笑みを浮かべた。

「もう、楽になってしまってはどうですか? 背の傷……軽くはないでしょう。脇腹も、脚からも血を流して……」

「……かすり傷だ。アンタとて、片方の翼はもう使えまい」

 荒い吐息を、極力平静に近づけ、俺は低く言い返した。

「そうですねぇ。ここまで深く切り裂かれては、無理をすると痛みますから」

 言葉ではそう言いながらも、ほとんど動じていないのがわかる。

 ……痛まないということはないだろう。実際に、俺のガンブレードが切り裂いた翼からは、毒々しい黒血が流れ出ている。

 だが、やはり通常の人間が受けるダメージとは異なるのだろうか。

 『魔女』という存在について、俺にはほとんど知識がない。

 

「オホホホ! さぁ、またその場で踊ってごらんなさい!」

 大きく広げた両腕の中心から、ナイフのようにするどい氷が一斉に襲いかかってくる。

 脇腹の傷も、脚の数カ所も、これでやられたのだ。

 だが、逃げ回っているだけでは決着はつかない。被弾覚悟で間合いを詰めねば、いずれはこちらの体力が尽きる。

 つくづく武器の相性というものについて、思い知らされる。

 これまで、魔術主体の敵と戦ったことが無いわけではなかったが、この女は別格だ。

 空中飛行、魔法を遠距離武器の形に変え、間断なく襲いかかってくる。さきほどの炎のランスもそのひとつだ。

 長槍も、跳びナイフも、弾丸も、長剣も……ありとあらゆる武器を作り出せる、魔女相手に、俺は手にしたこの一振りのガンブレードのみ。こちらから攻撃を加えようとすると、ふわりと空に舞い、剣の到達かぬ場所に逃げられる。

 そして、ふたたび繰り返される遠距離攻撃を躱すことに、精神も肉体も消耗させられる。

 

 体力のある内に決着をつけなくては俺の負けだ。

 そう……仮に相打ちになったとしても、やり遂げなければならない。

 

 

 

 

 

 

「おぉぉぉぉぉ!」

 地を掛け、渾身の力でジャンプする。

 空を飛翔する俺の身体を、無数の氷のナイフがかすめてゆく。

「…………!」

「魔女……! 消えろッ!」

 まさか真正面から、飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。

 わずかに彼奴の双眸が見開かれ、空を斬るガンブレードの軌跡を読み切れなかったらしい。敢えて逆手に抱いた剣の先を、敵の下腹から上方に向かって走らせた。

「あぁッ!」

 魔女の声が上がる。

 手ごたえはあった。

 だがそれは、『斬った』が、致命傷になる深さではなかったという感覚だった。

「よくも……! この……人間風情がッ!」

 獣のような鋭い爪をもつ利き手が、俺に向かって差し伸べられる。

 氷の弾丸かと、ガンブレードで防御の態勢を取った。

 だが、次の瞬間、俺の胸を貫いていたのは、長い針であった。

 フェンシングで使うような、棒状の切っ先のするどい針…… それは魔女の爪が、金属状のものに変形したものだ。

 

 深々と俺の胸を貫き通した太い針。

 串刺しにされた俺の姿を、魔女が嘲笑う。

 意識が遠のきかかったところで、彼奴は勢いよくそれを引き抜いた。

「ガハッ!」

 口の中に、鉄の味が広がる。

 ……どこを貫かれたのだろう。

 左胸……だ。

 だが、心臓ではないと思う。俺は医者じゃないが、それよりも、わずかに上だと感じる。

 

 虚空で串刺しになった俺の身体は、支えを失ったことでそのまま落下した。

 ドシッ!

 と重い荷物を落としたような響きを、人ごとのように聞く。

 叩き付けられた身体に、痛みは感じない。ただ、胸のあたりが燃えるように熱く感じられた。