〜 ディシディア ファイナルファンタジー 〜
 
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 ジェクト
 

 



 

「……まぁ、おめぇが連中を、仲間なんて思ってねぇっていうのは有りだワ。俺サマのことを抜かしてはな」

「……めでたい輩よな。ラグナ・レウァールとよい勝負だ、ジェクト」

 知らない男の名を口にされて、ちょいとばかり引っかかちまう。

 いや、あの場所に残してきちまった妻……ティーダの母親が一等だ。野郎相手にどうのこうのという趣味はない。

 だが、目の前の王子様は、どうにもこうにも放っておくことができないのだ。

 セフィロスの戦闘能力の高さは折り紙付きだ。わがまま自分勝手のレベルはクジャあたりと同等だが、力不足という意味での危なっかしさはない。

 しかし……

「ラグナって誰だよ?」

「……誰でもよかろう」

「よくねェ。教えろ」

 俺は尚も言い募った。

「……ラグナ・レウァール。コスモスの戦士だ」

「おめぇ……コスモスの連中と一緒に居たのか?」

 彼は声には出さず、ただ小さく頷いた。

 だから、時の魔女に襲われたのか。裏切り者であると目されて……

「勘違いをするな、ジェクト」

「あぁ?」

「コスモスの連中と馴れ合っていたわけではない。……目的を一にするゆえ、利用してやろうかと考えただけのこと……」

「いや、別に文句着けようってんじゃなくてよ。アルティミシアにやられたってのが引っかかってよ。あの女も不思議な術の使い手だけど、おめぇが遅れをとったってェのがよ」

 言い難くはあったが、そう告げた。

「魔女は消滅した。そもそも私と彼奴の闘いではなかったのだ。私は……」

 言いかけたセフィロスの言葉が途中で止まった。

 そのままぐらりとこちら側に身を倒してくる。

「お、おいッ!?」

 長身を何とか抱き起こして顔を覗き込んでみる……と、

「バカタレ! 真っ赤じゃねーか! どうして、おめぇって奴はそう……」

 イヤイヤイヤ!

 今は説教こいている場合じゃねェ!

 

 俺は慌てて手のかかる王子様を抱き上げ、湯から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「……む……?」

 セフィロスが秀麗な顔を、わずかに歪めた。どうやら気を取りもどしたらしい。

 額には絞ったタオルを載せ、氷枕まで仕込んでやったのだから。

 彼はふと手を上げ、目の上に宛てた。

「……おい、気分はどうだ? 大丈夫かよ」

「……チッ、失態を見せた。それほど眠っていた?」

「つまんねェこと気にしてんじゃねェよ。まぁ、俺も悪かったぜ。おめぇが怪我してんのわかってたはずなのに、つい話込んじまった」

 ちらりとセフィロスがこちらに目線を寄越してきた。

「身動きがままならぬ。……喉が渇いた」

『だからどうして欲しい』ということまでは口に出さない。初めて逢ったときから相変わらずだ。

「おい、水だ。手足の違和感は脱水症状のせいだろうよ」

 目覚めたらすぐに飲ませようと、ピッチャーにレモンを搾った冷やを用意してある。こいつはブリッツの陸上訓練のときに、よく口にしたモンだ。即座にビタミンを補充できる。

 大きなグラスにたっぷりと注いだそいつをサイドテーブルに置くと、身体を起こしてやろうと手を差し伸べる。

 だが、彼は自ら身を起こし、グワシ!とばかりにグラスを掻っ攫った。

 

 ゴッゴッと喉を鳴らして嚥下する。

 勢いよく仰向けた上半身からは、白い首筋と鎖骨のあたりまでが露わになっているが本人はまるで気にしていない。

 

 すべて飲み干しフゥと大きく吐息すると、注げとばかりにグラスを差し出した。

 二杯目もこぼれそうなほど、並々と満たし、それを半分ほど飲み下してから、ようやく彼は話の続きをし始めた。

 

「……時の魔女は消滅した。対になるコスモスの戦士、スコール・レオンハートの手にかかってな。私はアシストしたに過ぎぬ」

「あ〜……」

 ぼりぼりと頭を掻きながら頷く。なんとなく状況が見えてきた。

「スコール…… あぁ〜、なんか覚えてる。額に傷のある……」

「そう、馬鹿が着くほど、生真面目で不器用な青年だ」

 そいつの面影を思い起こしたのか、彼は薄く笑みを浮かべた。

「なるほどな。魔女とスコールとかいう野郎の場合は、命の取り合いだろうしな。その手助けをしてやったというわけか、我が王子サマは」

「……おかしな呼び方をするな。魔女にも道化が着いていた。ゆえに、たまたま側にいた私が助力したまで。……このような深傷を負うとは油断した」

 せっかく笑ってくれたのに、彼はふたたび眉間にしわを寄せた。

「まぁまぁ、ホレ。……『同じ目的』とやらについては、晩飯のときにでも聞かせてもらうからよ。今は水分しっかりとって眠れや。俺が着いてんだし、この場所は安全だぜ」

「ふん……よくも言う……」

 小さくささやくと、グラスに残ったレモン水をゆっくりと飲み干した。

 すでに十分に渇きは癒やされているのだろう。今度は味わっている様子だ。空のグラスを俺に返すと、ふわりと長い髪が寝台に散った。

 髪を掻き上げ、ベッドに横になったのだ。

 安心しきった寝息が聞こえたのは、それから五分も経たぬ間であった。

 

 すべては明日からだ……

 いよいよ、俺サマも、ぶらついちゃぁいられなさそうだ。