〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 ヤズー
 

 

 

 

「じゃーん! ほら、これ、見て見て!」

 翌週のことである。

 妙にテンションを上げて兄さんが帰ってきた。もともと週末は機嫌がよいのだが、今回はまさに上機嫌といった様子で。

「なぁに、兄さん。もうゴハンだよ、早く、手、洗っておいで」

 夕食時のキッチンは戦場である。なんせ、大の男が六人も住んでいるのだから。

「わかってるって。な、ヤズー、見ろって」

「なにさ……」

 大皿のサラダをよいしょと置いてから、俺は兄さんの手の平に乗っている可愛らしい小箱を眺めた。似たようなパッケージが二個。

「あれ?これって、神羅のエッチ薬じゃん」

「精力剤、だろ。ほら、今日、WROに荷物届けにいったじゃん! そしたら、リーブの部屋にサンプル品が置いてあったんだよね〜!」

「あきれた! それを黙って持って帰ったの!?」

「別にいいじゃん。ご自由にお取りください的に置いてあったんだから」

 いけしゃあしゃあと言ってのける兄さん。どこまで信用していいのやら。

「どうした、賑やかだな、ふたりとも。もう夕食だぞ。ヤズー、子供たちを呼んでくれるか」

「あ、はいはい。兄さん、それの話はゴハンの後にね」

 俺はそう言って踵を返した。カダージュたちがいるところでするには、いささかはばかられるからだ。

 今日の夕食は舌平目のムニエルに、ローストビーフ、アサリのリゾットがメインで、いろいろな種類のパンを焼いた。

 料理に対するヴィンセントの探求心はすばらしいもので、それぞれの食材を出来る限り美味しく食べさせようと常に工夫しているような感じなのだ。

 本人に言わせれば家を預かる者としてそれは当然のことだし、たくさん食べてくれる家人が居るから作りがいがあるという。

 

 

 

 

 

 

「あー、美味しかったァ」

 ぺろりとデザートをも平らげた上で、兄さんが感嘆した。

「カダ、ロッズ。食事が終わったなら風呂に入ってこい。もう沸いてるぞ」

「あ、もうこんな時間! テレビ間に合わなくなっちゃう」

「行こうぜロッズ!」

 週末はどうやら彼らの見たい番組が集中するらしかった。自室のテレビには録画機能がついているが、三本も四本もまとめて撮れるわけではない。彼らはきちんと食器を下げると、さっさと風呂場へ走っていってしまった。

「よしッ、行ったな!」

 と、兄さん。

「どうしたのだ、クラウド。さきほどからソワソワと……」

「面白いものゲットしてきたんだよ!」

「面白いもの……?」

 ヴィンセントは、兄さんに手渡された小さなパッケージをものめずらしそうに眺めた。

「クラウド……これ……?」

 ヴィンセントが何か言う前に、荒々しいセフィロスの声がそれを遮る。

「ったく、なんだァ!? 本当に買ってきやがったのか、ったく情けねェガキだぜ!」

「違うよ! わざわざお金出して買ってきたわけじゃないんだって!」

 自腹を切ったと誤解されるのは、さすがに自尊心に響くのか兄さんは即座に否定した。

「WROに配達で行ったとき、見つけたんだって!あそこも医療研究施設持ってるから共同制作だったんじゃない?」

「WROはこんなものまで作っているのか……」

 さすがに呆れた様子でヴィンセントがつぶやいた。

「そりゃまぁ、仕方がないでしょ。手弁当でやっていける規模はもうとっくに越えてるんだし、ある程度利益をあげるものも作っていかないと。開発会社になまえが入っていないだけでも、神羅の粋な計らいなんじゃないの?」

 ひげの濃い所長さんの顔を思い出して、俺はケラケラと声を上げて笑ってしまった。

「セフィ、一個欲しい?」

「ケッ、アホか。そんなモン誰がいるか」

 思いの外興味を示さないセフィロス。こういったものには関心を抱くかと思ったのだが、ああいうことは実力?でのみ、勝負というスタンスらしかった。

「じゃあ、ハイ、ヴィンセント、あげる!」

 無邪気にヴィンセントに手渡す兄さん。ピンク色の可愛らしいパッケージが彼の手に移る。案の定、ヴィンセントは困惑した風に首をかしげた。

「いや、でも……私がもらっても……」

「今度一緒に寝るとき、それ飲んでよ」

「クラウド!」

 あっさりと衒いもなく言ってのける兄さんだ。案の定、ヴィンセントは真っ赤になってしまう。

「アホか、バカップルめ。そこらで簡単に手に入るレベルのものなんざ、気休め程度の効果しかないだろうよ。『眠くならなかった』くらいのモンじゃねーのか」

 素っ気ないセフィロスのセリフ。

 確かに彼の言うとおり、そこまで強烈な効果があるものではないのだろう。なんといっても市販される予定のものなのだ。

「そうかなー、俺ちょっと試してみようかな」

 もともと好奇心の強い兄さん。手の中のサンプルパッケージを、惜しげもなく押し開くと、中身を出してしまう。

 ごく普通の栄養剤みたいな、シンプルなカプセル剤だった。

「クラウド、そ、そんないきなり……」

「だって、たいした効果ないんでしょ? 試しに飲んでみるだけだよ、キョーミあるし。多少寝苦しくても明日は土曜日だしな」

 そういいながら、兄さんは水も飲まずにパクンとカプセル剤を飲み込んだ。

 

「ったく、これだから、いきなりなガキは……」

「セフィがたいしたもんじゃないって言ったんじゃん。誰かにあげるにせよ、どんなもんか試しておきたかったしィ」

 しばしの間隙。しかし、兄さんに変わった様子もない。

 十五分ほど時間が経つと、兄さんよりも何も飲んでいないヴィンセントのほうが、ソワソワとしだした。

「ク、クラウド? どうだ? 気持ちが悪くなったりしていないか? ぼうっとするとか……」

「うーん…… あんまし……っていうか全然?」

「ほ、本当に? ああ、そうだ、喉が渇かないか? なにか飲み物を淹れよう」

 新しいお茶を差し出し、心配そうに顔を覗き込む。

 しかし、兄さん自身には、とうとう変化は訪れなかったようだ。

「三十分過ぎ! なぁんだ、やっぱり効き目ないじゃん! これ、不良品じゃないの!? いったいいくらで売りつける気かしらないけど、効果がないんじゃ、ただの詐欺じゃん!」

「もともとサプリメントっていうのはそんなものさ、兄さん。さ、気が済んだら、そろそろお開きにしよう。後片付けもしなきゃならないしね」

 頬を膨らませた兄さんを促して、俺は席を立った。

「もぅ、使えねーな、WROはよ! ヴィンセントもそんなもの捨てちゃいな! 効き目無いんじゃ持ってても仕方ないだろ」

 腹立たしげにそういうと、兄さんは空箱をぽいとゴミ箱に投げ捨てたのであった。