〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<18>
 セフィロス
 

 

 

「リーブに電話した」

 携帯電話を片手に、クラウドが居間に戻ってきた。

 チビ・ヴィンセントはいない。カダージュとロッズに任せて外出させてあるので、話を聞かれる心配はない。

「例の薬の件でしょう? 局長さん、なんだって?」

「うん、あの薬ね、俺は持ち帰った二個とも興奮剤だと思ってたんだけどさ。一つはそのとおりなんだけど、配色が逆だった奴は鎮静剤なんだって」

「ああ、なるほど。興奮剤の効き目が強すぎたり、体質に合わなかった場合に効果を消すためのものなんだね」

 ふむふむとイロケムシが頷く。

「だからたぶん、俺が飲んだ方が鎮静剤で、ヴィンセントが飲んじゃったのが興奮剤だったんだと思う。俺のほうはなんともなかったわけだから」

「それじゃあ、あの子に、チョコボっ子が飲んだ鎮静剤を投与すれば、元に戻るんじゃないの?」

 ジェネシスが言った。いささか安易だとは思うが、鎮静剤の作用は興奮剤の逆だ。であるならば、今の異常事態を打ち消すのは、反対の効果のある薬というのは妥当な線なのだろう。

「クラウド、鎮静剤とやらは持っているのか」

 オレはそう訊ねた。

「う、うん、ある。効果なかったから捨てようと思ってたんだけど、棚に置きっぱなしにしていた」

「フン、おまえのずぼらさが幸いしたということか。……間違いなくそっちが鎮静剤なんだろうな」

 相変わらずおっちょこちょいのクラウドに確認すると、彼はしっかりと頷いた。今回のことでは大分参っている様子の彼だ。誤ることはないだろう。

「でも……ちょっといい?」 

 と、言葉を挟んだのはイロケムシだった。

「でも、今回の異常事態が絶対に薬の作用だって言い切れる? もしかしたら全然違う理由があるのかもしれないよ? ここで薬を飲ませて、よけいにややこしいことにならないかな」

「ややこしいってなんだよ」

 クラウドがするどく訊ね返した。この子にしてみれば、今すぐにでもチビ・ヴィンセントに飲ませてやりたいくらいの気分なのだろう。

「うーん、そういわれちゃうと困るんだけど」

「平気平気。絶対、元に戻るって。戻ってきたらさっそく飲んでもらおう!」

 クラウドは力を込めてそう言った。

「まぁ、鎮静剤だからな。今より悪くなるというのは考えにくいな」

 オレも言葉を加える。

「でもさ、少し寂しいよねェ。あんなになついてくれて可愛らしいのに」

 もったいなさそうにそうつぶやいたのはジェネシスだった。

 成人したヴィンセントはあからさまに表情を変える人物ではない。うれしいときには淡く微笑み、困惑したときには目を伏せる。その程度の違いだ。いつもぼうっとしていて人形みたいな野郎なのだから。

 それに比べると、チビ・ヴィンセントは、子供なりの喜怒哀楽がある。愁いを帯びた表情もよいが素直な笑顔は格別だ。ふだん、なかなか見ることができないゆえ、なおさら貴重に感じる。

「なんて言って飲ませるの? 『これを飲めば大人に戻れるよ』って? 怖がるんじゃないかなぁ」

 イロケムシが言う。彼の手にはクラウドが部屋から取ってきた、妖しげなパッケージが乗せられていた。

「食い物に混ぜるとかいろいろ方法はあるだろ。なにも馬鹿正直に告げる必要はない」

「わかったよ。じゃあ、この薬は俺が預かっておくね。今日の食事かお茶に混ぜてみる」

 オレの言葉に、ヤズーはひとつため息を吐くとそう言った。どうやら、こいつとジェネシスは、チビ・ヴィンセントと別れるのが寂しいらしい。

 もちろん、元のヴィンセントへの愛着もあろうが、子供姿のあいつというのも格別なのだろう。

「後はおまえらに任せる。オレもガキは苦手だ。さっさと元に戻してくれ」

 そう言い置いて、席を立った。

 

 

 

 

 

 

 その日、チビ・ヴィンセントが家に戻ってきたのは夕方になった。カダージュとロッズと一緒に出かけていたのだが、海遊びは思いの外楽しかったらしい。

「はい、ぼく、海に入ったの初めてだったんです」

 夕食の席で、訊ねられるがままにチビ・ヴィンセントはそう答えた。彼の話によると、子供の頃のヴィンセント(つまりこの12才当時)は、父親とふたりで暮らしていたらしい。

 父親はフリーの研究者で、神羅カンパニーと協力して大きなプロジェクトを、いくつも成し得たということだ。閑静な土地にある研究所や、神羅の研究室が、主にヴィンセントの生活していた環境らしく、その対極に当たるであろうコスタ・デル・ソルに、興味は尽きないらしい。 

「あ〜あ、日射しが強いから気をつけてっていったのに。腕、赤くなってるじゃない」

 目端の利くヤズーが心配そうにそう言った。

「大丈夫です。ちゃんと冷やしましたし…… 楽しかったです!」

 にこりと微笑まれてしまっては、ヤズーとてそれ以上くどくどしいことは言えない様子だった。

「寝る前にもう一度お風呂に入るでしょう? そのとき、最後にちゃんと冷水に浸すんだよ」

「はい」

「じゃ、ほら、ご飯もちゃんと食べて。昼間あんなに動き回ったんだから、お腹空いてるでしょ」

 イロケムシがヴィシソワーズのおかわりを、チビ・ヴィンセントの前に差し出した。

 チビ・ヴィンセントは、やはり小食ではあったが、好物はちゃんと食べられるようだ。冷たいジャガイモのスープは、口当たりがよいらしく、すぐに二杯目にさじをつけた。

 クラウドが落ち着きなく、彼の手元のスープを見つめる。それに、例の薬を混ぜ込まれているのを知っているからだ。

 感づかれると厄介だから、いつもどおり振る舞えと言ってあったのに、どうもクラウドは態度にあらわれてしまう。眉一つ動かさないジェネシスとは対照的だ。

「おいしい…… とても美味しいです

「そーお、ありがと。君も手伝ってくれたからね。美味しくできたんだよ」

 イロケムシが笑みを浮かばせ、そう言った。

「それに……みんなで食べるご飯って、とっても楽しくて……よけいに美味しく感じます」

「ああ、それはそうだね。だから俺もこうしてよく寄らせてもらっているんだ」

「ジェネシスさんはひとり暮らしっておっしゃっていましたね」

「そうなんだ。気楽で悪くないけど、食事は少々味気ないね」

「ぼくも……ひとりで食べることが多かったから……すごく気持ち、わかります」

 チビ・ヴィンセントがつぶやいた。

 彼の言葉に、なんとなく静かな雰囲気になる。するとイロケムシが、そっと腕を差し出して、小さな頭を抱き込んだ。

「……そう。でもね、大丈夫だよ。未来の君はこうして大勢の人間に囲まれて、楽しく食事をすることになるから」

「え……あ、は、はい」

「いい子だね、ヴィンセント」

 その言葉にチビ・ヴィンセントは、うれしそうに頬を赤らめたのだった。