End of Summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
Interval 〜04〜
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

「なぁに、どうしたの、ヴィンセント?」

 苦笑しつつ、トレイを戻しに来たヤズーが声を掛けてくれた。

「あ、いや……あの、すまない……つい……」

「やぁね、あやまるようなことじゃないじゃない。ほら、すっからかんだよ、安心して」

 そういいながら、空の食器を見せてくれる。明敏なヤズーには、私の奇妙な行動など、すべてお見通しなのだろう。

「あ、ああ……そうか、よかった……」

「うん、美味しかったって」

「……すまない、気を使ってもらって」

「セフィロスがそう言ったんだよ。俺はただ伝えただけ。さてと、じゃ、俺、玄関のほうから始めるね」

 てきぱきとヤズーが言う。

「そうそう、力仕事は兄さんとセフィロスに任せてあるから。外の納戸をね」

「え、ええッ? セ、セフィロスに?」

「そう、めずらしいよね。『恐れ多くも手伝ってやってもかまわんぞ』だってさ。笑っちゃう」

 そういうと、本当にコロコロとヤズーが声をあげて笑った。

 

「……ヤズーはすごいな……」

 心の中でつぶやいたつもりだったのだが、ついつい口をついてこぼれ出てしまったのだろう。耳ざとい彼がくるりと振り返って、もう一度私を見た。

「なに? どうしたの、そんな顔して、ヴィンセント?」

 よほど羨ましげな面もちをしていたのだろう。不思議そうにそう訊ねてくる。

「……あ……その……いや……」

「どうしたの?」

 重ねて訊ねられ、しぶしぶ口を開く。

「その……とても羨ましく思えて……」

「なにが?」

「私も……おまえのように機転が利けばよいのだが……」

「なぁに、どうしたのよ、ヴィンセント?」

 なかなか言い出せない私を問いつめるでもなく、苦笑しつつ先を促すヤズー。

 

「いや……すまない。もって回ったような言い方をして。ただおまえがセフィロスと話しているのを聞いて……いつも羨ましく感じていたから……」

「ええッ? なにが?どうして?どこが?」

 頓狂な声を上げ、訊ね返すヤズー。聡明な彼にしてはめずらしいことだ。

「あ、あの……」

「ああ、ごめん。ちょっと吃驚しちゃったから」

「…………」

「ヴィンセント?」

「私は口下手だし……おまえのように面白い話や気の利いた物言いができないから……」

 自分の口から出たのは、本当に自信なさげで情けない声音であった。

「ああ、俺、要領いいのだけが長所だからさァ」

「そんなことは…… ヤズーは本当に会話のセンスがよいのだと思う……セフィロスだって、ヤズーと話しているときは……なんだか楽しそうだ」

「ハァ? なに言っちゃってんの、ヴィンセント!」

 形のよい眉をひょいと持ち上げ、今度こそ大声を出すヤズーであった。

 

「セフィロスは俺のことが苦手なはずだよ。あのプライド高い人に、ツケツケ物言うの俺だけだし。フフフ、セフィロスが気に入っているのはむしろあなただよ」 

「……そんなことはあるわけがないと思う」

 戻ってきたトレイを洗いながら私は応えた。

「まぁね、そこで『そうでしょう!』とかいうキャラクターだったら、興味の対象外だと思うけどさ」

 ひょいと手を広げて、からかうようにヤズーが言った。

「兄さんとヴィンセントはセフィロスのお気に入りだよ。まぁ、兄さんのことは大丈夫だと思ってるけど、あなたは人がいいからたまに心配になるんだ。セフィロスの言葉で一喜一憂する必要はないからね。あの人はものスゴイ意地悪だからさァ。……俺の次くらいに」

 それだけいうと、彼はクスクスと笑うと、軽快な足取りでキッチンを出て行った。掃除すると言っていた玄関に向かったのだろう。

 

 

 

 

『セフィロスの言葉で一喜一憂する必要はない……』

 ヤズーに言われたことを頭の中で復唱してみるが、どうも忠告に従うことはできそうになかった。

 私が今こうしてこの家で安穏に生活していられるのは、命がけで私を救ってくれた彼がいるからだ。

 ルクレツィアの大切な息子……私の命の恩人……そしてクラウドの恋人だった人…… 

 ……いや、そう理屈を立て並べるのもおかしなものだろう。

 

 セフィロスが家の中で笑ってくれているととても安心する。クラウドをからかっている様子も見ていて微笑ましい。

 ……作った料理を誉めてくれると、本当に嬉しく思うのだ。

 

 この時間が永久に続けばいい。

 ずっとこの家で……みんなで一緒に……

 

 中庭からとんでもない物音が聞こえてきたのは、まさにそんなのんきなことを考えていた時であった……

 

 

 ガラガラガラ……ガッシャーン! ドカッ……ガガガガァン!!

 

  まるで落雷のような音の後、ズゥゥンという地面の揺れる音。

 実際、私の立っているキッチンでは、洗い物置き場の食器が踊っていた。

 

「……な、なんだ……どうしたというんだ……?」

 玄関からバタバタバタ!という足音がする。機敏なヤズーがすぐに飛び出していったのだろう。『ヴィン』までが高い声を上げてその後を追ってゆく。

 私はアタフタと手を拭き、危なくないように食器を棚に収めると、急いで庭に出た。

 

 騒ぎは納戸で発生したようだ。ちょうど命じられた買い出しから戻ってきた、カダージュとロッズも現場に詰めていた。

 この家のガレージは、ふたつにスペースが区切られており、一方にはクラウドのバイクや自家用車が置いてある。カダージュのマウンテンバイクやヤズーのシティサイクルなどもここである。

 そのとなりはまさしく「物置」になっていて、掃除用具やタイヤやチューブ、ボルトなど機器の部品、そして工事道具……そのうち捨てるといっていたガラクタなどが放置されたままだ。

 ヤズーの話だと、そこの整理をクラウドとセフィロスがしているはずなのだが……

 子猫にまで遅れをとって私はようやく現場にたどり着いたのであった。

 

「ク、クラウド……? セフィロス……!?」

 私はふたりに呼びかけ、おろおろと側に寄った。子ども達は心配そうな面持ちで遠巻きに見守っている。

 

「ヤズー……!? い、いったい何があったのだ? ふ、ふたりは……?」

 勢い込んで訊ねた私に、彼はゆっくりと振り向いた。

 睫毛の長い双眸が、どんよりと座っている。

「ヤ、ヤズー……ど、どう……?」

「……ねぇ、ヴィンセント……この家、なんか呪われてんじゃない? っていうか、もう今さら不思議現象に驚いたりするつもりはないんだけどさァ……」

「……え? え?」

 不機嫌な面持ちでそっぽを向いているクラウド。つらそうに頭を抱えているセフィロス。

 どちらに対しても、問いかけをできるような雰囲気ではない。

 

「あ、あの……ヤズー……?」

「あのね、ヴィンセント。そっちのセフィロス……中身はあなたの大切な兄さんだから。そして兄さんの中身はセフィロス。……あのときと同じ現象みたい」

 辟易とした口調で彼は言った。

 あのとき……以前も大掃除のとき、落下してきた壺に当たったセフィロスと私の人格が入れ替わってしまったことがあった。もっともその時はすぐに元に戻り、事なきを得たのだが……

「ヤ、ヤズー……で、ではふたりの中身が……」

「そう、その通り。……ふたりして納屋の中でガラクタの雪崩にあったらしいよ。真面目に整理整頓してなかった報いみたいにね」

 はぁ〜っとばかりに大きなため息をつき、ヤズーは頭を振った。

 

 私は間抜けのように開けっ放しの口を、あわてて片手で塞いだのであった……