Fairy tales
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、ところでさ、ヴィンセント」

 カモミールティーを口に運んだところで、クラウドが側に寄ってきた。ゲームはもう十分なのだろう。電源を切り元の場所に片づけてあった。よくやりっ放しで放り出し、ヤズーに叱られているのだ。

「ん……? なんだろうか」

「よくカダに本読んであげてんじゃん? どんな本を読むの?」

 私の逆となりに腰掛けながら、彼は問い掛けてきた。自然ともういっぽうに座っているヤズーも話に加わる形になる。

「そうだな……昔語りや童話などが多いかな」

「絵本ってこと?」

「ああ、そうだな。……大人向けの絵本だが」

 そういって、私はたまたま手にしていた一冊を見せてやった。ものめずらしそうに手に取るクラウド。

 彼もこういったものには、なじみの少ない子供だったのかもしれない。

「へぇ〜、挿絵とか綺麗だァ。なんか不思議な雰囲気なんだね。童話っていうからもうちょっと子供っぽい雰囲気なのかと思ってた」

 率直にクラウドが言った。

「そうだねェ、俺も最初そう思ったんだよ。でもヴィンセントに見せてもらったら……なんていうのかな美術書?に近いよね。確かにお話は子供にもわかりやすく書かれているんだけど、絵のレベルは高いと思う」

 ヤズーもクラウドの意見に同意を示した。

「ああ、私もそう感じて、つい手に取っていた。……宗教画のような雰囲気があるだろう?時折登場する『女神』など本当に神々しくて美しくて……」

「うふふ、『女神』ねェ、そういえばどこぞの誰かさんが、あなたをそんなふうに言っていたね」

「え、え…… そ、それは……」

「彼の目にヴィンセントはこんなふうに映っているのかなァ」

 くすくすと忍び笑いを漏らしつつ、私にくっついてくるヤズー。なんのことはない、クラウドの反応をおもしろがっているのだろう。

「ヤ、ヤズー…… そんなはずは……あれはただの……」

「もうちょっ……よしてよね、そーゆーコト思い出させるの! せっかく居なくなってくれてスッキリしたのに!」

 言葉を飾らないクラウドである。彼はジェネシスの私への感情をそのまま受け止め、不快に思っているのだ。

「クラウド……居なくなってくれただなんて……」

「だってそーだもん! あの人、二週間も滞在してたんだよ? クソ図々しい!」

「……傷が思ったよりも深手だったのだから、致し方がないではないか。あれでは日常生活にも支障が……」

「まぁそうだね。弾丸のうちひとつは骨のところで止まっていたんだから」

 とヤズーも言葉を重ねた。

「そうだぞ、クラウド。彼は摘出手術をしただろう? それだけ傷は深かったのだ。予後が良ければよいのだが……」

「そんなにひどいんなら、どこにでも入院すりゃいーじゃん! ただ単にヴィンセントの側に居たかっただけでしょ、あいつは!」

 フンとばかりに鼻を鳴らして、彼は憤った。もともと明るい肌の色合いが、やや紅く染まっているのは気が昂揚してのことだろう。

「まぁまぁ兄さん。ヴィンセントを困らせちゃ気の毒だよ」

 上手い頃合いに割って入ってくれるヤズー。口火を切ったのも彼なのだが、話の切り上げもごく自然にしてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

「ふあぁぁ〜」

 と、大あくびのクラウド。彼は毎日頑張って、家の者たちのために働いてくれているからとても疲れているのだ。

「クラウド、眠いのだろう?」

「ふあぁぁ〜、平気。ヴィンセントまだ起きてるの?」

「あ、いや……」

 といったところで、ヤズーが壁時計を眺めた。

「あれあれ、もう0時になるね。けっこうしゃべっちゃったみたいよ」

「そ、そうか……では……」

「ん……もういい時間だし、ふたりとも休んだら? ……ああ、またァ!」

 ヤズーの最後の言葉は、ソファで無言の人物に向けられた。

「どうして、この人って、こうだらしがないの!? 飲んだら飲みっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなし、横になったらそのまま爆睡って……信じらんない! ちょっとセフィロス! セフィロス、起きなさいよ!」

 引きずり起こす勢いでソファから立ち上がるヤズー。なぜかセフィロスには当たりがきついのだ。

「あ、あの、ヤズー……そ、そんなに怒らなくても……」

「ヴィンセントは甘やかしすぎなんだよ! コスタ・デル・ソルは気温の変動が激しいんだからね! このまま放置したら明け方に風邪ひくじゃない」

「あ、ああ、そ、それは……」

「そうなったら、結局面倒掛けられるのはヴィンセントでしょう? 一度、きっちり説教してやったら!?」

 できもしないとわかっているはずなのに、ヤズーはたまにこんな風に怒ってしまう。たぶん、私の態度が歯がゆくて仕方がないのだろう。

「す、すまない……でも……セフィロスは……」

「んもう! 言っておくけどさァ、俺もね、みんなと同じようにあなたのことは大好きなんだよ。自分の好きな人が、嫌いなヤツに煩わされるのを見るのは苦痛なんだよねェ! だから極力セフィロスに迷惑を掛けられて欲しくないわけ」

「ピッピー! ヤズー、イエローカード!」

「……兄さん、まだソレ続いてたの?」

 ジェネシスに対しても、警告カードを毎日出しまくっていたクラウド。どうもその流れを引きずっている様子だ。

「ヴィンセントにちょっかい出すヤツがいる間は、いつまででも続けます」

「やれやれ、ちょっかいって……心外だなァ。俺はたださァ」

「あ、あの……ッ ふたりとも!」

 クラウドとヤズーまで口げんかに発展してしまいそうなところで、私はようやくストップを掛けた。

「よ、よしたまえ、おまえたちがケンカをする必要はなかろう? そ、それに、セフィロスの身体のほうが気になるのだが……」

「ハッ? なに、セフィロスの健康の心配? こんな野獣みたいに頑丈な人、不健康なはずないでしょ? バカバカしい!」

 身振り手振り付きで、さもくだらないと言い放つヤズー。

「ヤ、ヤズー…… い、いや、だが……日中それほど動き回っている様子もないのに、こうしてすぐに眠り込んでしまうだろう? もしかして、どこか……」

「怠け者なだけでしょ」

 ヤズーはあっさりと私の不安を一刀両断してくれた。一言の下に、却下という具合で。

「セフィって昔からそうだったよ」

 クラウドもそう言った。一応私を気遣ってくれているのか、申し訳なさそうな口調で。

「セフィって、よく寝るんだよね。神羅にいた頃、暇さえあれば中庭とかで昼寝してたもん」

「そ、そうなのか?」

「うん。なんか眠くてたまらないっていうんじゃなくて、退屈だったり暇なとき、とりあえず寝るって感じみたい」

「そ、そうか…… 退屈で……か」

 私のつぶやきがやや沈んで聞こえたのかもしれない。クラウドは声を励ましてフォローしてくれた。

「あ、別に退屈でって、よくない意味じゃないよ? それだけくつろいでるって意味でさ!」

「あ、ああ……」

「たぶん、セフィにとってはこの家ってけっこう居心地いいんじゃない? だからヴィンセントが不安に思うようなことは全然ないから! ま、俺的にはさァ、居着かれてメーワクだなぁとは思うけどね〜」

 クラウドはやや大げさに、夜中ということを慮れば少しトーンを落とした方がいいような声音でそう言った。

「……ありがとう、クラウド」

「え、なぁに?」

「おまえは本当にやさしいのだな。私の気持ちを思いやってくれて……ありがとう」

 ちゃんと彼の方に向き直ってそう告げると、クラウドは白い肌をさらに桃色に染めて、なぜかひどく照れた様子だった。

「もぉ、ヴィンセントってばァ〜。やさしいのはアンタでしょ? 可愛いなァ〜 へへへ!」

「え? あ……いや、そんな……」

「あー、アホくさい! バカップルに当てられただけって感じ。当てられ損とはこのことだよねェ!」

 大きく伸びをして、いたずらっぽく言い放つヤズー。

「ま、後のことは任せるからさァ。おやすみ〜、バカップルなおふたりさん」

「おい、ちょっ……ヤズー! 聞き捨てならないな!」

 さっさと退場したヤズーの後を、クラウドがドタバタと追いかける。

 それにも関わらず、セフィロスは眠ったままだ。かなり騒々しいと思うのだが……耳障りではないのだろうか?

 

 わずかな逡巡の後、私は彼を背負って部屋に送ろうと考えた。

 明け方に風邪をひくというのは、毛布を掛けてやることで回避できるだろうが、ソファの上では寝違えてしまうかもしれない。

 

「よ、よいしょ……」

 長い腕を引いて、自分の肩に背負おうとふんばる。だがセフィロスはやはり重かった。私よりも長身で、筋肉もきちんと付いている人なのだから。

「ん〜……!」

「…………」

「ん〜 ん〜……!」

「……なにをしてるんだ、おまえは?」

 ようやく背負い上げた状態で、耳元でボソボソとつぶやかれ、私は飛び上がるほどに驚いた。

 

 寝ぼけ眼でフラフラ歩く彼に、結局、部屋の前まで付き添うことにした。ちゃんとベッドに入るのを見て、ようやく安心し、私は自室へ引き取った。

 ……彼のああいった子供じみた行動は、困惑させられることもあるが、私にとっては微笑ましく、見ていて幸福になれる光景なのだ。

 ヤズーやクラウドに言うと、また叱られてしまうから口にはできないが。

 

 夜のとばりが濃くなってゆく。

 明日もまたいつもと変わらぬ一日が訪れますように…… 家の者たち皆が、幸福に笑っていられますように……

 そう願いつつ、私は寝台に横たわった。

 傍らのバスケットでは、子猫のヴィンが小さな寝息を立てていた。