Fairy tales
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<20>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

「ごきげんよう。今宵はお楽しみくださいませ」

 山羊のようなひげを生やしたじいさんは、いったい何人の男女に同じセリフを繰り返しているのだろうか。

 結局、城の中で、もっとも緊張を強いられたのは、衛兵たちの守る駐車場付近だけだった。

 いくら城内とはいっても、屋内とは異なる。舞踏会に来た貴族らの荷物を狙う不逞の輩がいるのか、その周辺の警備だけは、非常に物々しい雰囲気だったのだ。

 俺たちは一様に息を呑んだが(セフィだけは腕づくでも通り抜けようと考えていたと思う)、幸い貴族の正装をしていた俺たちを見咎める輩はいなかった。チョロいもんだ。

 

「さーて、王子は? 王子王子」

「ちょっと兄さん!ダメだよ、物欲しそうな顔して探し回っちゃ! あくまでもそっと見つけ出して、偶然にふたりきりにならなきゃ」

「難しいなぁ」

「しかたないでしょ。物語本編でもそうなんだからね!」

 扇で顔を隠したヤズーが、鋭く注意してきた。

 あー、まぁ、そうだよね。いきなりふん捕まえて寝室に連行するわけにはいかない。あくまでもあっちがその気になってくれないと。

 

 そんな話をしていると、向こう側で、

「きゃぁぁ!」

 というやや場に似つかわしくない嬌声と、ざわざわという押し殺した多くの女性の声が聞こえた。

「王子様が来たんじゃない?」

 と、ヤズー。

「マジで!? どこ? どこだよ!」

 俺とヤズーは、嬌声の中心人物を見つけ出そうとやっきになったが、それはまるきり目的違いの人物たちだった。っつーか、俺的にはすごく気になることではあったが。

 なんとセフィロスとヴィンセントを、妙齢の女性たちが取り囲むようにしてざわめいているのだ。もちろん、城の舞踏会に来るような女の人なんだから、どこぞのファンクラブの女のように、積極的にボディアタックをかます輩はいない。

 だが……だからこそ、さっさとその場を去るのが難しそうな、桃色オーラに取り巻かれている様子であった。

 さっそく面倒くさがりのセフィロスが、「失敬」とばかりに、大股で歩み去ってしまった。

「ああッ! ちょっ……ヴィンセント、残していくなッ!」

「しっ、兄さん!怒鳴るのはまずいよ」

「そ、そりゃそうだけど……」

 支配人さんのダンスクラブのホステス相手には、チークダンスまで踊ってやっていたくせに、こういったところの淑女は気に入らないのだろうか。

 ああ、そういや、権高い女は嫌いだって、昔言っていたっけ。

 

 案の定、セフィロスが立ち去ると、女どもは大人しそうなヴィンセントに群がった。

 セフィロスは、力一杯、『鬱陶しい!』って顔をしていたけど、ヴィンセントは勝手がわからなくてオロオロしているだけなのだ。よい餌食である。

 しかも、なんと、その取り巻きの中に、男もけっこうな数混じっているのだ。だからこそ放っておけない!!

 

 

 

 

 

 

「まぁ、こちらでは初めてお目にかかりますわねェ、黒髪の御方。どちらのお館様かしら? いえねぇ、宅には年頃の娘が居りましてねェ、そりゃあ気だてのいい……」

「失礼、伯爵夫人。アタクシ、是非こちらの方とダンスを……」

「まぁ、お待ちください。さきほどから、わたくしが、ぜひにもお願いしようと……」

「まぁまぁ、ご婦人方。そんなに寄って集っては、彼も驚いてしまいますよ。……さぁ、美しい黒髪の方、あちらで少し休まれてはいかがですか?」

 おい、ちょっ……ジェネシスみたいな野郎もいるじゃんかよッ!!

 ヴィンセントは不届きな男から逃げ出す術も見つからないのか、女性に取り巻かれているよりはマシと判断したのか、手を引かれるままにヨタヨタと歩き出してしまった。

「ああッ、ちょっ……、おい、てめェ、ゴルアァ!!」

 邪魔っ気なドレスの裾をたくし上げ、俺がヴィンセントを救いに行こうとしたとき、ヤズーが、ハシッ!とばかりに腕を取ってきた。

「なんだよ、ヤズー! 邪魔すんな! ほら、ヴィンセントがジェネシスもどきにゴーカン……」

「んもう、極端なこといわないでよ、兄さんってば! 彼は俺が助けに行くよ。あなたはダメ! 女の子なんだからね!!」

「チッ!……くそッ!! 早く!早く行ってきてよ、ヤズー!」

「悪態付くのもよしなさい。ほら、大丈夫だから。あなたはちゃんと、自分の仕事してちょうだい!」

 お局OLのような物言いをすると、ヤズーはドレスの裾捌きも優雅に、ヴィンセントのところへ歩み寄っていた。

 彼の手を取り、しなだれかかるような仕草は、俺的には不愉快きわまりないが、自分がヴィンセントのパートナーだと主張しているのだろう。男の方も、ヤズーみたいな美形……と違った、『美女』に出てこられては退散するしかあるまい。

 

 ようやく救い出して、こっちに戻ってきたヴィンセントに、俺は飛びついて抱きしめた。

「うわ〜ん、もう、ヴィンセント〜ッ! 大丈夫だった? 変なことされてない!?」

「あ、ああ…… ク、クラウドか…… び、びっくりした…… いきなりお嬢さんが抱きついてきたのだと……」

「俺だよ、俺〜ッ!! 心配しちゃったよぉ〜ッ!! ったくもうアホセフィは何してんだよッ!! 役に立たないなぁッ!」

「クラウド……そんな大声は……愛らしい姿に似つかわしくない…… あ……?」

 ボコッ!!

 後頭部に鈍い衝撃。

 ヴィンセントの最後の「あ……?」は、こちらにやってくるセフィロスを確認したからだったのだ。

「だれが役に立たないって? クソガキ!」

「何すんだよ、可愛い女の子に向かって!!」

 俺は口を尖らせて不満を吐き出した。

「ケッ、よく言うぜ。言葉遣いは全然変わっていないだろうが」

「フン! 言っておくけどな! この場にこうしているのだって、疲れるんだぞ!? 緊張するし……なんかジロジロ見てくる野郎はいるしよ! 今なんて、ヴィンセントが人さらいに……」

 そこまでいうと、セフィロスは盛大にため息をついてみせた。

「なんだよ、セフィ、その態度! やる気あんのかよ!?」

「ボケナスどもが! やる気があるのか否かはこちらから問いかけたいくらいだ! ……いいか? こんなところで、俺たちが固まって突っ立っててどうする?」

「そりゃそうだけど、ヴィンセントが……」

「そのヴィンセントのために、おまえは完璧にミッションを遂行しろ!」

「う……」

 あまりにもセフィの指摘が的確で、俺は言葉を詰まらせてしまった。

「クラウド、おまえはさっさと王子を探して迫ってこい! 向こうのババァどもの話を聞いていると、まだ広間には姿を見せていないそうだ。王子の聖誕祭らしいが、気分が優れず少し遅れて出席するとのことだ。おそらく今、しばらく経てば、姿を見せるだろう」

 なんだよ、情報収集してたのかよ。だったら、そう言えばいいじゃん!

「もう、わかったよ。チッ……このハイヒール、足、痛いんだよね〜」

「それから、ヴィンセント。おまえは適当に女の相手をしてろ! 女なら怖くねぇだろッ!? とりあえずパーティー会場の連中の注目を集めておけ!」

「え……あ、わ、わかった、セフィロス」

「もし、変な野郎に目ェつけられそうになったら、オレのところへ逃げてこい! 連れが居るとか何とか言ってな! ……よし。イロケムシ、踊りに行くぞ! なるべく連中の注意を引きつけておくんだ」

「ハイハイ。そうだねぇ〜。王子様から気を反らせるなら、女の子の多いところのほうがいいよね」

 そういうと、三人ともそれぞれの場所へ行ってしまった。