〜 銀 世 界 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<23>
  
 セフィロス
 

 

 

 

「セフィ? セフィ? 大丈夫? ごめん、俺……こんなことになっちゃうなんて……」

「セフィロス、しっかり…… 目を開けてくれたまえ」

「……怪我ですって? さきほどは何も言っておりませんでしたが…… 足を捻挫?!」

「きっと、私のせいだ。私が落ちそうになったせいで、セフィロスが無理を…… 具合が悪くなったのはその直後なのだから……」

「まぁまぁ、兄さんもヴィンセントも。今はもういいでしょ。とにかく早く家に引き上げないと。大分遅くなったし、雪もひどくなってきた」

「でもさ、先に捻挫の手当てしたほうがいいんじゃないかな、ジェネシス? 痛みで熱出てるみたいだし……俺、一応、包帯とか湿布とか持ってきてるよ?」

「そうだな…… 手早くやれるならそのほうがいいな。家まで時間がかかりそうだし。じゃあ、チョコボっ子、手伝ってくれ。ヤズー、左足首だ。靴を脱がせて」

 ふと目を開けると、大きな木の根元に座らされていた。ここには雪が降ってこない。

 ……左足首……

 オレは一言も口にしていないのに、ジェネシスにはお見通しのようだった。

 ……まぁ、ソルジャークラス1stだった男だからな。

 

「セフィロス…… 大丈夫ですか?」

 額のひやりとした感触で、オレはもう一度目を開いた。

 支配人が手布で額を冷やしてくれたのだ。

「……ああ」

「こんな足で…… 私たちを……」

「ドジったのは、オレの不注意だ…… おまえも、ヴィンセントも悪くない。……痛ッ」

 その足首に、ズキンと痛みが走って思わず呻いた。

 いつのまにかゴツイ登山靴は脱がされ、ジェネシスが負傷した部分に触れた。

「……よかった。骨は折れていない」

「……たりめーだ。そこまでのドジを踏むかよ……」

 苦しい吐息の中、オレはそれでも悪態を吐いてやった。

「ゴメン……ゴメンね、セフィ。俺が……」

「今度はアホチョコボか…… 言ってんだろ。おまえのせいじゃない」

「でも、やっぱ……不注意だったと思う。いっつも……俺……ゴメン」

 クラウドは今にも泣き出しそうだった。

 きっと、オレがいつもの調子で、助け出されたのなら、こんなふうにはならなかっただろう。こいつは、オレが弱っている姿を見慣れていないのだ。だから、こうしてオロオロと辺りをうろつき、泣き出しそうになっている。

「バカ…… 今はちょっとキツイだけだ。すぐ……よくなる」

 ぐしゃぐしゃと跳ねたチョコボ毛を撫でくり回し、オレはそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

「……これでよし。湿布と包帯を持っていたのはお手柄だね、チョコボっ子」

「え、あ、うん……」

 ぐじぐじと涙をぬぐって、クラウドが頷いた。

「骨は折れていないとは言っても、大分熱を持って腫れてきている。応急処置は済ませたから、急いで家に帰ろう」

 ジェネシスは皆に向かってそう言った。

 そうだ……もう大分、陽も落ちてきている。ここから家まで、やはり数時間はかかる。

 ジェネシスがしっかりと手当をし、終いにテーピングで固定してくれたおかげで、さきほどよりは大分マシになった気がする。痛みはあるが、杖かなにかがあれば、なんとか歩けるだろう。

「さぁ、行こう。ほら、セフィロス」

 ごく当然というように、ふたたびオレに背を差し出すジェネシス。

「さっきは崖昇りだったからな。……平地なら自分で歩ける」

 オレは適当に物色した棒を片手に、そう言ってやった。正直キツイが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。皆、すでに疲れ切っているはずだ。

「平地じゃない。山道だろう。早くしたまえ、セフィロス」

「……何時間あると思ってんだよ。バカじゃねぇの……」

 ふて腐れたオレの言葉に、支配人が少し驚いたようにオレを見た。

「おまえ一人くらい背負ったって、何時間でも歩けるよ」

「…………」

 そう……最初は、オレのことを「君」と呼びかけてきた。

 それが「おまえ」に変わったのは、どれくらい経った頃だろうか。

「ほら、ふて腐れていないで、早くしないか。おまえの足の手当だって、応急処置だけなんだぞ。例え自分で歩けたとしても、無理をするほうが後々面倒だ」 

 ……ほら、また。

 オレのメンツを守ったまま、一番いい方法を口にしている。

「それじゃ、ジェネシスの荷物は俺とヤズーに任せてくれ」

「そうだね。……後は家に戻るだけだ、ヴィンセント、支配人さん。もう少し頑張ろうね」

 背後でしっかりとやり取りが交わされる。これではいつまでも突っ立っているわけにはいかない。

「セフィロス、早く」

「……チッ……クソッ!」

 オレはふたたび、ジェネシスの背に身体を預けた。

「……身体が熱いな。発熱で苦しいだろうが、しばらく我慢してくれ」

「……これくらい、なんともねーよ……」

 そうつぶやいたオレの言葉に説得力はなかっただろう。ジェネシスの背中ではどれほど吐息が荒かろうと、苦しそうなツラをしようと、周りの連中に顔を見られずに済むのだから。

「……なんだか、昔を思い出すね、セフィロス」

 不意にそんなことを言われ、オレは虚を突かれた。

「……なんだよ……それ……」

「おまえはもう忘れてしまったかもしれないけどね。……痛みで眠れないかもしれないけど、目を閉じていたまえ。それだけでも大分違うはずだ」

「…………」

 ヤツの言葉に従う必要はないのだが、促されるままに目を閉じた。

 雪はふたたび、粉雪に変わり、さらさらと音を立てて、俺たちに降り注ぐ。

 ジェネシスの足取りは変わらない。昔と同じ……常にマイペースで進んでゆく。雪深い道に焦りを感じたり、逆に疲労で遅くなったりすることもない。

 常に同じ歩幅……テンポで歩いてゆく。

 

 しかし……どうだよ、このザマ……

 一番見られたくなかった連中の前で、この醜態だ。

 クラウドやヴィンセントは謝っていたが、別にやつらのせいではない。言葉だけではなく本当にそう思っている。

 最初にクラウドがコケたのも、たまたまそちら側を歩いていたあいつが不運だっただけだし、助けようとしてオレが落ちたのはやはりオレ本人の責任だ。

 オレ自身が、そういう判断をしたのだから。

 ヴィンセントにしても、オレを助けるために来てくれたのだ。間抜けなこいつが足を滑らせるなんていうのは、想定の範囲内だったはずだ。

「……チッ…… 情けねェ……」

「何か言ったかい? セフィロス」

「…………」

「……ちっとも情けなくなんてないよ。チョコボっ子や女神を守ったのだろう」

「…………」

「それにおまえを背負うのは何だか懐かしくて……嬉しい感じだ」

「聞こえてんじゃねェかよ…… おまえ……ホントに……ウザイ……」

 その言葉を最後に、オレは完全に目を閉じた。ズクンズクンという疼く痛みに身を任せ、眠りについたのだと思う。ジェネシスはああいったが、眠れないほどの痛みではなかったし、昨夜はほとんど寝ていなかったから。

 そして腹のほうから伝わってくる、ジェネシスの体温が、ひどくここちよかったのだ……