〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<22>
 
 夢の中のザックス
 

 

 

 昨夜は大成功だった。

 まず、さい先からしてよかったのだ。

 ミッションの終了時刻がずれこんだおかげで、もっとも危険な行動をしそうなジェネシスの帰りが遅れた。

 大げさに聞こえるかも知れないが、俺を哀れんでくれた天の神様が、ちょっと手を貸してくれたのではないかと……そんな気にさえなった。

 セフィロスがくっついてくると聞いたときには、激しい絶望感に襲われたが、迷惑な英雄もクラウドの前では紳士ぶっていたかったのか、目立ったハプニングはなかった。

 

「ザックス〜! いつまでもそんなカッコしてると、風邪引いちゃうよ! お茶いる?」

 風呂上がりの金の髪がまだ水滴を含んでいる。

 今日は早めに仕事が引けたので、ふたりして晩飯を食った後、まだ空いている大浴場でのんびり風呂に浸かってきたのだ。

「おう。俺、麦茶な!」

「ザックスはいっつも麦茶だね〜。おれ、いちご牛乳!」

 そういいながら、先に着替え終えたクラウドは、二人分の飲み物を用意してくれた。

「はー、やれやれ。まだ七時前なのにな。なんだか得した気分だぜ」

「たまにはいいじゃん。ザックス、いっつもお仕事頑張っているんだから」

 そんな嬉しいことを言ってくれるクラウド。

 昨夜の食事会(?)も、すこぶるよかったと上出来だった。

 ヴィンセントさんは食事の間中、ずっとやわらかく微笑んでいたし、無口な彼にしてはよくクラウドと話していた。今朝方、わざわざ俺の執務室に、昨夜の礼を言いにこられたのにはびっくりしたのだが。

 本当なら俺の方から足を運ばなければならなかったのに、下っ端ソルジャーは酷使されがちで、朝は自由になる時間がほとんどない。

 幸か不幸か2ndの執務室には、俺以外のソルジャーもたくさん待機していて……

 初日に、補佐官殿と挨拶を交わせなかった連中も、皆無事に対面を果たせたのであった。

 ……もっとも、その後で、ヴィンセントさんと懇意になっていた俺は、同僚連中の詰問にあったわけだが。

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、ザックス」

 クラウドがいちご牛乳を片手に、俺の側に腰を下ろした。

「んー、なんだ? ああ、ほら、ちゃんと髪ふけよ。風邪引くぞ」

 俺はクラウドの肩に引っかけたままのバスタオルで、ごしごしと髪を拭いてやった。

 やや乱暴なやり方だったが、彼の根性ある(?)チョコボヘアは、ピョコンと立ち上がるのだった。

「えへへへ、ありがと」

「ここんとこ、夜はけっこう冷えるからな。それで?なんだ?」

 俺はクラウドの話の先を促した。

「ううん、別に話しがあるっていうわけじゃないんだけどさ。昨日、楽しかったなって」

「ああ、ヴィンセントさんのことか」

 俺は納得して頷いた。

「うん。神羅に入ってからいろいろな人と会ってきたけど、みんないい人ばっかだなぁって思ってさ」

「そうか」

「ほら、おれ、ずっとニブルへイムに居たからさ。いつも同じ顔ぶればっかで……退屈だったけど、緊張したり、疲れたりってあんまりなかったんだ」

「俺も似たようなもんさ」

 ゴンガガ出身の俺は、即座に同意した。ニブルへイムに劣らぬ田舎町である。

「だから、こんな大都会に来て、なじめるのかなぁって不安でもあったんだけど、全然そんな心配いらなかったみたい」

 クラウドはニコッと笑ってそう言った。

「……ヴィンセントさんのこと、どう思った?」

 俺はさりげなく訊ねた。修習生という立場であるクラウドがどのように感じたのか訊いてみたかったから。

「うん…… なんか、お母さんみたいな人だなぁって」

「お、お母さん!?」

 いや、俺的には軍事部門の新長官として、どう感じたかと聞きたかったのだが。

「うん。やさしくってあったかくて」

「ああ、まぁ、確かにな……」

「すごく静かにしゃべるじゃん? だからかなぁ。ヴィンセントさんの声、聞いてると安心する。ああ、そうだ!」

 何かを思いついたのか、クラウドが声を上げた。

「なんだよ?」

「ザックス、日曜日に教会行ってた?」

「なんだ、いきなり。日曜学校のことか?」

「うん。お祈りの時間、あったでしょ?」

 村はずれのおんぼろ教会。雨が降ると屋根から雨漏りがして……それでも、おふくろもおやじも、必ず毎週通っていた。もちろん、俺も小さな頃から連れられて。

「ああ、たいてい説教の途中で寝ちまったがな」

「うふふ、あのね、今気づいたんだけどね。ヴィンセントさんって、赤ちゃん抱いてる聖母さまに似てる」

「……はぁ?」

 クラウドの唐突な発言に、俺は尻上がりの声を返していた。

「もちろん、綺麗だけど、男の人だから。顔がマリアさまに似てるっていうんじゃないけどさ。なんかね、雰囲気がね、そう感じたの」

「……マリアさまね」

 そういや、ジェネシスが『女神』とか呼んでいたっけ。クソ変態詩人と思っていたが、クラウドまでもが、似たような形容をするとは…… 

 確かに、あの人のノーブルな面立ちと、慈愛に満ちた空気はそう表現されても違和感がなかった。

「さてと!宿題、やらなきゃ!」

 クラウドがパジャマに上着をひっかけてデスクについた。今日はまだ時間がたっぷりある。俺も彼の課題につきあってやることにした。

 ふたりして問題を解いて、クラウドにわかりやすく説明してやって……ゆるやかな時間が流れた。

 

 そして、午後八時過ぎ……

 俺たちは、聖母様の来訪を受けたのだ。

 彼は、クラウドに約束した手作りのシャロットケーキを届けてくれた。

 ふたりで食べた野菜のケーキは、甘すぎず……でも、素朴にほろ甘くて美味しくて。

 なんだか俺に、故郷のおふくろを思い起こさせたのだった。