〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<32>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 大急ぎで水を汲み、買い置きの薬を引っ張り出す。

 酔い覚ましを兼ねた胃腸薬が効果的だろう。ビタミンCが含まれた整腸剤は、きっと寝覚めをよくしてくれるはずだ。

 私はそれらをトレイに乗せると、ベッドサイドに運んだ。

 すでに半分眠りかけているセフィロスに呼びかける。可哀想だが肩を揺すって目覚めさせようとしたのだ。

「セフィロス、セフィロス! 少しでいいから起きてくれたまえ。薬を飲もう?」

「うぅ〜……いらん……」

「気分が悪いのだろう? 薬を飲めば明日には楽になるから。な?」

 私はいうことを聞かない子供に語りかけるよう、必死に説得した。いつぞや、別の世界からやってきたセフィロスが、二日酔いになったことがある。

 ひどく具合が悪そうで、吐息も早く、苦しそうだった。無意識のうちにこぼれる涙が、その苦痛をありありと物語るようで…… もう二度とそんな様は見たくなかったのだ。

「ほら、セフィロス。たった錠剤ふたつばかりだ。水もたっぷり持ってきたから」

「…………」

 私の執拗な呼びかけがうるさかったのか、ベッドに突っ伏したままの体勢だった彼が、緩慢な動作でゴロリと転がった。仰向けになってくれたのだ。

「自分で飲めるか? 薬と……」

「うぅ〜……いい……いらない……」

 なんとか飲ませようと薬を差し出すのだが、起き上がって、グラスを受け取り、薬と水を嚥下する動作さえも煩わしいのだろう。彼はふたたび目を閉じると、室内灯の光を遮るように片腕で顔を覆ってしまった。

「こ、困ったな…… でも、飲まないと、夜中に具合が悪くなってしまうぞ? 吐き戻すとつらいし…… な、セフィロス?」

 そっと腕を退かせ、酔いで火照った頬に触れてみる。

 きっと私の手が冷たかったからだろう。火照った身体に心地が良かったらしく、眉間に刻まれたシワが消えた。

「薬を飲んだら、そのまま寝てしまってかまわないから。さぁ……」

 そう促すと、寝台の上のセフィロスは、仰向けになったまま口を開いた。それもわずかに、だ。

 まさかそこに錠剤を放り込んで水を注ぐわけにもいくまい。しかたなく錠剤を口に放り込み、水をたっぷりと口に含んだ。

 肩に腕を回し、わずかなりとも彼の身体を引き上げたところで、無防備な彼の口元に、唇を重ねた。

 無理のないよう、少しずつ水を口移しにする。

 微睡んだままの彼であったが、やはり肉体は水分を欲していたのだろう。思ったよりも容易に、錠剤を無事に嚥下させることができた。

 我ながら大胆なことをしたものだと頬が熱くなってきたのは、無事セフィロスに薬を飲ませ、ねだられるままに冷水を与えた後であった。

 

 

 

 

 

 

 捨てたように、床に脱ぎ散らかされたシャツとズボンを拾い上げる。黒の上質な生地でできたそれらは、セフィロスによく似合っていた。

 ちなみに脱がせたのは私ではない。

 さきほど熱いと唸って、寝転がったまま自分ですべて脱いでしまったのだ。

 風邪を引く季節でもないが、裸のままでは好ましくない。私は彼の額を冷やしてやりながら、シーツをそっと身体に掛けた。

「ん…… ふぅ…… あ〜……ヴィン……セント……?」

 まだ到底酔いが醒めているとはいえない物言いで、彼は私の名を呼んだ。

 それでも、額を冷やしたり、さきほどの飲み薬が多少なりとも功を奏してきつつあるのか、私の事はきちんと認識できていた。

「ああ、少し楽になったか?」

「なんで…… オレ…… 部屋…… ああ、開かなくて……」

 私の部屋にいるのが不思議だったのか、彼はボツボツとそうと読める単語を発した。

「君はキーカードを握りしめていた。おそらくフロアを間違えてしまったのだろう。君の部屋はちょうどここの真下のようだから」

「…………」

「気にせずに眠りたまえ、薬も飲んでいるし、心配ないと思う」

「……オレ……」

「ん? 話なら明日でいいだろう? 用件があるのなら体調がよくなってから聞こう」

「……メーワク……かけ…… スマ……ン」

 ばつの悪そうな彼の表情が可愛らしくて……ここで笑っては失礼だろうから、必死に吹き出すのをこらえ、なんとか微笑にとどめておいた。

「少し驚いたが、迷惑ではない。明日は休日だし、ゆっくりと眠りなさい」

「…………」

 そう言ってやると、ようやく安心したのか再び彼は目を閉じた。

 私の知るセフィロスよりも、若干幼い印象の彼……

 額のタオルを氷水に浸し、絞る。それを同じように乗せてやると、彼はほぅっと満足げに吐息した。

 水枕を……とも思ったのだが、別に病を得て発熱しているわけではない。

 ただの二日酔いならば、薬が治してくれるはずだ。

 

 風呂を終えた後、部屋に戻ると、セフィロスは健やかに眠っていた。吐息も大分おだやかになっている。

 ベッドはセフィロスに譲って、ソファで寝ようと考えたが、ふと思い直す。

 いつまでこの世界にいられるのかなど、保証はなにもない。おそらくこれは夢の中での出来事なのだから。

 ならば、こんな機会を逃すのはひどくもったいないと感じたのだ。

 寝台は男性ふたりでも十分横たわれるだけの広さがある。セフィロスは倒れ込んだ位置から余り動いていないので、傍らには十分すぎるほどの、スペース的な余裕もあった。

「……失敬、セフィロス。となりで眠らせてくれたまえ。こんな風に君を間近に感じられることなど、もうなかろうから」

 頬に掛かった銀の髪を撫で付け、私は低くささやいた。