〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<42>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

「ヴィンセント、すみません。貴方の動揺が収まっていないのに、追い打ちをかけるような物言いをして」

 心底済まなそうなツォンの言葉で、私は両手に埋めていた顔を上げた。

 彼は静かに席を立つと、すっかり冷めてしまった私のお茶を淹れかえてくれた。

「……いや、すまない。私のほうがしっかりしなければならないのに」

「いいえ。貴方は今回とらわれの身となった修習生とも親交があったようですし……同情されるのは当然です」

「……プレジデント神羅が……」 

 私は一言一言かみしめるようにして、話を進めた。

「プレジデント神羅の考えが、もし、今君の言ったとおりだったとして…… どうすれば……どうすれば、彼らを救えるのか…… 社長を説得する手だては……」

「…………」

「何か方法は無いだろうか……? 私はあまり社長との接点がなかったから…… ツォン、なにか彼の気持ちを揺さぶる方法はないのだろうか。いくら冷徹な社長とはいえ、彼にもルーファウスという、同じ年頃の子供がいるわけだし…… 本来、社の利益と人命を天秤に掛けること自体、誤っているではないか……!」

 まるでツォンを社長自身と目すように、私は必死に言い募った。

「……彼に貴方の万分の一でも良心があればね」

 ため息をかみ殺し、彼はつぶやいた。

「ツォン……」

「すみませんが、ヴィンセント。あの会議室に居た上層部で、貴方と同意見の者がどの程度いると考えておられますか?」

 一瞬何を問われているのかわからず、虚を突かれる形で口を噤んだ。

「あの中の三分の一でもいい方だと私は思います。……修習生の人命尊重を何よりも優先すべきと考えているのは、貴方と都市計画部門のリーブ氏くらいではないでしょうか? まぁ、エデュケーションの学部長は別として、ですが」

「バ、バカな……そんな……」

「私にはそのように思えます」

「……そんな……そんなものか? 皆……彼らの命をいったい何だと思って……」

「つかまっているのは、あの人たちの子息ではなく、縁もゆかりもない、唯一の接点は神羅の修習生だけだという……そんな子供たちですから」

「だ、だが……大人として……企業人としてのモラルがあるだろう!」

 そう叫んだ私の声はほとんど悲鳴に近かったと思う。

 ツォンは軽い手振りで「落ち着いてくれ」と私を促した。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント。田舎から出てきた貧しい修習生5名の命よりも、スター・レイジの開発のほうが、彼らにとっては遙かに価値あるものなのですよ」

「……バカな…… そんな……バカなこと……!」

「…………」

 呆然としている私を見つめ、ツォンはつらそうに眉を寄せた。

「だ、だが、ツォン。修習生が実習中に囚われたと言うことは、同級生は知っているのだろう?よしんば現場を直接見ていなかったとしても、授業は座講だってあるのだから! 数名のクラスメートが同時に欠席していたら、周囲が異変に気付くはずではないか!」

「そうですね。……彼らの不在が長引けば長引くほどね。おかしいと思われるでしょうね。当然隠しきれなくなる」

「そうだろう!? 人の口に上るのも時間の問題だ! だったら……!」

「ですが、彼らが囚われたのはつい先日。そしてさっそく今日、ああいった要求書が到着したのですよ。……この程度の短い期間なら、担当教官の物言いで、いくらでもクラスメートはごまかせるはずです」

 激すこともなくツォンは静かに説明した。

「そ、それはわかっている。だが、万一……そう万一彼らを取り返せなかったとしたら、ごまかしきれるものではない。一年経っても二年経っても、その子たちは戻ってこないのだから」

「貴方の言うとおりです。ですから、大事になる前に、上層部で『研修中の事故により死亡』と通達されるでしょう」

 あっさりとツォンは言った。愕然とする私を置き去りに、冷静に話してゆく。

「……取引の指定日はほんの明後日です。その程度の期間なら、修習生らを含め、外部の者を言いくるめるのは容易ですよ。ほとぼりが冷めた頃、本社で事故発表をした後、彼らの生家ににもその報が届くはずです。実情を知る人間はあの部屋にいた者たちだけだ」

「君も……? まさか君まで、それでいいと思っているわけではあるまい?」

 どこまでも冷静な彼につかみかかる勢いで、私は訊ねた。

「軽蔑されるかもしれませんが、昔の私だったら何も言わずやり過ごしていたかもしれません。……どうせ、反論しても無駄……だと」

「ツォン……」

「そして今も……タークスの主任として、あの場に居りましたが、もともと私など物が言える立場ではありません」

 宥めるように彼は言った。

「そうではない……! そういうことが聞きたいのではなくて……! 君はどうなのだ?まだ未熟な修習生5名の命よりも、兵器の設計図が価値ある物だと?彼らを見捨ててでも守らねばならぬものだと……そう考えているのか!?」

「…………いいえ」

 わずかな間隙の後、彼は静かな声でそう言った。

「今は……いいえ、です。貴方の側に居すぎたせいかもしれませんが」

「…………?」

「ああ、失敬。なんでもありませんよ」

 きっと私は不思議そうな面持ちをしていたのだと思う。彼はそれに気づくと苦笑して軽く手をかざして見せた。