〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<52>
 
 夢の中のジェネシス
 

 

 

 

 

 女神の部屋には何度か訪れている。

 夜、セフィロスと一緒に、食事に呼んでもらったりしていた。

 とは言っても互いに忙しい身だし、数えるほどしか幸運な日はなかったわけだが。

「……どうしたのだ、ものめずらしそうに……」 

 静かな声にも笑みが混じっている。

 ヴィンセントは、遠慮無く入るように俺を促し、ジャケットを受け取ってくれた。

 そのままハンガーを通し、コート掛けに収める。

 女性でも気がつかない人は多いのに、彼はこういった気遣いを、ごく自然にしてくれる。

 差し出がましさなどまるきり感じさせることもなく。

 こんな居心地のよさは、これまで誰と一緒にいても感じることはなかった。

 ああ、誤解されたくないので言っておきたいが、ヴィンセントがかいがいしく面倒を見てくれるキャラクターだから好ましいと言っているのではない。もちろんそういった気遣いも彼の美点のひとつではあるが、それよりなにより、彼自身の在りよう、そのもの。

 物の考え方、しゃべりかた、何気ない日常の動作のひとつでさえ、俺を魅了してやまないのだ。

「飲み物を淹れてから、風呂を沸かしてこよう」

「あ、いや、おかまいなく」

 俺の受け答えが可笑しかったのか、彼はフッと笑うと、足早にキッチンに消えた。

 

「ふぅ……」

 彼の姿が見えなくなったことで、俺はようやく緊張を解いた。

『テメーが緊張なんかするかよ、この変態詩人』

 などと、親友のセフィロスはいってくれるが、俺だとて普通の人間なのだ。

 心を寄せる人と一緒に居れば、自然、胸のときめきを押さえることも難しいし、緊張だってする。

 ああ、何故、恋は突然にやってくるのだろう。

 何の前置きもなく、目の前に現れるのだろう。

 

 いや、ヴィンセントに出逢えたことは、心から喜ばしいと感じている。

 だが、できることなら、彼に俺を気に入ってもらえるよう、もろもろの準備くらいはしておきたかった。

 女神の好みの服装、好きな食べ物、楽しめる話題……なにひとつリサーチする余裕なく、彼は突如俺の前に舞い降りてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……今回の一件。

 修習生がテロリストに拉致されたというトラブルのことだが……

 セフィロスはああ見えて正義感の強い男だ。

 仮にチョコボっ子本人が隠匿されたのではなくとも、上層部の意向に逆らって、子供たちを救出に行く可能性は十分にある。

 だが、俺や……そう、おそらくはツォンも、そういったたぐいの人間ではない。

 もちろん、力ない修習生に同情はするだろうが、だからといって、何の縁もゆかりもない少年らのために、自らの地位や命の危険さえも顧みず、火中へ飛び込んでいくような性格ではないのだ。

 あれほど、女神に、『今の地位は?』『輝かしい未来への展望は?』と詰め寄られても、そんなことさえ、まったく気にならないのは、ヴィンセントが救出に赴くというただひとつの事実。

 彼が行くのなら、俺も行く。

 非常に端的な理由なのであった。

 

「ジェネシス、くつろいでくれたまえ」

 いつの間にか彼は、トレイを片手にリビングに戻ってきていた。

 品のいいティーカップから漂うのは、穏やかな芳香…… おそらく彼の好むハーブティーだと思う。

「ああ、ありがとう。でも、あまり気を遣わないで、女神。今夜は俺の勝手でお邪魔しているのだから」

 ありがたくお茶を頂戴しながら、そんなふうに言ってみた。返事の予測はついているのだが。

「君の方こそ遠慮はしないでくれたまえ。せっかく寄ってくれているのだから……」

 ……無理矢理に寄って……なのだが。

 彼の人の良さが、ありありとわかるセリフに、俺は人知れず嘆息した。