〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<61>
  
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 翌朝…… いや、正確には朝と言うよりも昼に近い時刻であった。

 私はおのれの寝台で目を覚ました。……ようやくだ。

 今日は休日とはいえ、事態が事態なのだ。プレジデント神羅が帰社していたならば、早急に真意を確かめに行かなければならない。

 ……それなのに、この時刻まで寝過ごすとは。

 

 ……ジェネシス……?

 

 ああ、そうだ…… ええと……昨夜はあれから……?

 記憶を辿ろうとするものの、今ひとつ釈然としない。もちろん、昨夜のことはしっかりと覚えている。頭でもそして、鈍い痛みを感じるこの肉体の状態でも。

 だが、私の記憶は、なんともいえぬ奇妙な満足感を伴い、行為の途中でふっつりと途切れていた。

 ……なんのことはない。途中で意識を失ったということだ。

 

 大きな寝台に、ひとり取り残されているのが、ひどく寂しく感じる。またそう感じた自身を不思議に思った。

 同意の上とはいえ、ジェネシスの気持ちに応えるというのが、私のスタンスであったのに、ひとりで目覚めたのが寂しいなどと……

 

 ふと、視線を遣ると、ベッドサイドのチェストに、走り書きされた小さな紙片が置いてあるのに気付いた。

 

「ジェネシス……?」

 ギシギシということを聞かない身体を、なんとか動かしてそれを手に取る。

 身体がぎこちないのは、傷などのせいではなく、『無理な運動』に怠けていた筋肉がついていけなかっただけのことだ。

 誤解を受けぬよう言い置いておきたいが、ジェネシスはあくまでも紳士であった。

 

『おはよう、目が覚めたかい、愛する女神。

 昨夜は夢のようなひとときをありがとう。

 願わくば君が後悔などしていないように……

 今朝は君の寝顔を堪能させてもらった。

 叱られてしまいそうだから、一足先にお暇するよ。

 君の忠実なる下僕にして、ナイトを標榜する、ジェネシスより』

 

 読み終えたとき、思わずクスッと笑ってしまった。

 いかにもジェネシスらしい、人柄の見える文面。特に最後のフレーズなど、彼の顔が浮かんできそうなほどだ。

 きっと、彼は目覚めたとき、私を起こそうかと迷ったに違いない。

 私に黙ったまま姿を消すのは、好ましくないのではないかと。

 だが、ここまでぐっすりと眠り込んでいた私を思いやってくれたのだろう。当然、この軟弱な身体の心配をしてくれたに違いない。

 

 今日、どんな顔で会えばよいのか……

 それを考えると、めまいがするほどに恥ずかしく照れくさいのだが。

 

「いやいや、今はそれどころじゃないだろう。しっかりしないか……」

 私は敢えて声を出して自らを叱りつけ、頭をはっきりとさせるために浴室に向かった。

 

 

 

 

 

 

「……どうあっても、考えは変わりませんか」

 身体の沈みそうな豪奢なソファに身を預け、私は社長……プレジデント神羅と相対していた。

「軍事部門長の君ならば、わしの言っていることは理解してもらえると思うがね」

「……部門長補佐です。エデュケーション・スクールの修習生は、皆十代の子供たち。貴方のご子息と年も変わらぬはず」

 私は冷静を保ち、静かに切り出した。

「そうはいってもねェ。ルーファウスはまぁ、わしの次に会社を任せねばならん。兵士希望の修習生ならば、数多くいるだろう。ああ、いや、だからといって、見捨てるとはいっておらんよ。決して」

「…………」

「だが、全社を挙げて開発中のスターレイジを失うわけにはいかん。魔晄炉の全面停止だとて、十番魔晄炉が神羅全社の電源……セキュリティを担っていると知ってのことで要求してきているのだろう。連中、いったい何をするつもりなのか……」

「…………」

「ああ、まぁ、ヴィンセントくん、そう怖い顔をせずに。こちらも出来る限りのことはさせてもらうつもりだよ。先方を繰り返し説得しているしね」

 プカプカと旨そうに葉巻の煙を燻らせて、プレジデント神羅はそう宣ったのだ。

 人ごとのような物言いに、カッと頭に血が上る。私も思いの外、血の気が多いようだ。

「……社長、説得など……そんな悠長な」

「君のような優秀な人物を軍事部門に迎えられて、神羅はさらなる発展を遂げている。今後とも当社のために尽力してくれたまえ」

「…………」

 私は、ため息を押し殺し、無言のまま一礼して社長室を辞した。できることなら、思いつく限りの反論をしてやりたかったが、そうするわけにはいかない。

 もちろん、私が独自に修習生救出を試みると思い至られては、動きがとりにくくなるからだ。

 ……今さら何を落ち込むことがある。あの男の為人はわかっていたではないか。

 修習生五名の命など、まるで使い捨ての商品のように…… 

 もはや神羅カンパニーに義理立てする必要は一切なくなった。

 

 私は私の為すべき事を行う…… そう、頼もしい仲間の協力を得て、だ。