ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<27>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

「よーし、終わりッ!? 終わりだよねーッ!?」

 ようやく目の前の敵が途切れて、俺は大声を出した。なんせ白煙筒のおかげで未だに視界はぼやけているのだ。

「ふたりとも無事ーッ!?」

 大声を張り上げる。

「……あ、ああ、心配ない」

 というのは聞き慣れたヴィンセントの声だ。

「大声を出すな。騒々しい」

 これはクールな『セフィロス』の言葉……気怠げで力がない。巻き添えを喰ったのだから致し方ないとは言えようが。

 だが、俺たちは無事に『使命』を果たせたらしい。ほぅっという深い溜め息が、喉からこぼれ落ちる。

「クラウド、窓を開けろ」

 ぼそりと『セフィロス』がつぶやいた。自分で開けりゃいいじゃんなどと思うが、ここは素直に言うことを聞くべきだろう。

 片っ端から窓を開け放つと、室内にもうもうと広がっていた白煙もしだいに薄まり、ようやく視界が開けてきたのだった。

 

「『セフィロス』、腕を……!」

 すぐさまそう叫んだのはヴィンセントであった。

「心臓よりも上にあげてくれ! そう、そのまま、ここに座って……」

「……なんともない。かまうな」

「え、セ、セフィ、どうしたの? 怪我した?」

 最端の窓を開くと、俺はすぐさま寝室の方にとって返した。

 そして思わず目を瞠った。 

 『セフィロス』の左腕……そう二の腕のあたりが真っ赤に染まっているのだ。

 いや、誇張ではない。シャツの袖に大量の血が滲み出し、指先を伝って床に落ちている。ヴィンセントが大慌てするのも理解できるありさまだ。

「……赤ん坊をレノに手渡しているとき……狙撃されたんだ。彼が庇ってくれた……」

 ヴィンセントがつぶやいた。

「違う」

 と、『セフィロス』。

「片腕では無理だった。できれば、一方で銃を操りたかったが……ヘリのせいで風が強くて……どうしても両手でなければ赤子を支えることができなくて……!」

 苦しげに頭を振り、額を押さえるヴィンセント。

「ヴィンセントのせいじゃないよ。……片手でなんて無理に決まってるじゃん」

「狙われているのに気づいていた。当たらなかったのは幸運だと思っていた……なんてうつけ者なのだ、私は!」

「やめなよ、落ち着いて、ヴィンセント……」

「その子どもの言うとおりだ。おまえのせいではない」

 ふぅと大きく吐息し、こめかみを伝う汗をぐいとぬぐった。

「……放せ。なんともないと言っているだろう」

 乱暴に腕を奪い返し、腕を伝う出血を鬱陶しげに振り払う。

 なんともないはずがないのに。再び額に薄く汗がにじんでいるのも傷の痛みのせいだろう。

「いいから、座ってくれ……今、傷口を押さえるから……! 急いで医者に診せなければ!」

「……よけいなことだ」

 無愛想に『セフィロス』が繰り返した。もちろん、そんな言葉で後に引くようなヴィンセントではない。

 華奢な腕で、ぐいぐいと『セフィロス』を引っ張り、寝台に座らせようとする。当の『セフィロス』と来たら、チビのヴィンが不安そうに顔を出すのに、まったく平気な振りをして頭を撫でてやっているのに呆れてしまった。

「ふふふ……おまえは無事か……よかったな」

「みゅんみゅん! みゅお〜ん!」

「よしよし……」

 ペロペロと『セフィロス』の指を舐めるヴィン。尋常ならざる彼の様子を心配しているのだろう。

「『セフィロス』、大丈夫? ああ……痛そう。ゴメン、俺、全然気が付かなくて……」

「…………」

「……ごめん……また俺のせいだ……アンタ、何も関係ないのに……ゴメン、本当にゴメン!!」

「……別に」

 またお得意の『別に』だ。

 返答したくない問いには、必ずこの言葉で返す『セフィロス』。素直じゃないことこの上ない。

「『セフィロス』、腕は心臓より上にあげてくれ」

「……少し、吐き気がする。血の匂いのせいかもしれんな」

 色味のない頬が、白いを通り越して蒼く透けてゆく。まるで死者のそれのように……そんなことを考え、俺はぞっと背中を震わせた。

「『セフィロス』!? 横になってくれ!早く!」

 ヴィンセントが彼の背を支え、ゆっくりと寝台に座らせる。クッションを敷き詰め、そこに寄りかからせた。今度は『セフィロス』も逆らわなかった。無言のままクッションの山に身をもたれかける。

「みゅん……みゅん?」

 ヴィンが心配そうに首を傾げ、『セフィロス』の腹の上に乗る。

「にゅ〜ん、にゅんにゅん……?」

「……ふふ……今はおまえのほうが具合がよさそうだな」

「みゅ〜ん……」

「よしなさい、ヴィン。『セフィロス』は怪我をしているのだぞ。そんなところに乗ってはいけない!」

 ヴィンセントの剣幕に、子猫がビクリと身を竦ませた。

「よせ……なんともない。大声で叱るな」

「『セフィロス』……ああ、『セフィロス』……! すぐに……すぐに手当をするからッ!どうか……しっかり……!」

「……何を泣く……おかしな人間だな……なぁ……ヴィン?」

「みゅ……みゅん……」

「『セフィロス』……? 『セフィロス』!! しっかりしてくれッ!……クラウド、ぼさっとするな!」

 ヴィンセントに怒鳴りつけられ、正気に戻る。

「すぐに家から迎えを寄越してもらえ! それから医者だ!」

「……よけいなことだと……言っているだろう」

 深く息を吐き出しつつ、『セフィロス』がつぶやいた。そっと瞳を綴じ合わせる。ひどく憔悴している。腕の傷とはいえ出血が多すぎるのだ。

「クラウド、早く!」

「あ、う、うん!ゴメン!」

 慌てて携帯電話を取り出す。

「家の者が出たら、私に代われ、いいな!」

「わ、わかった!」

「ふふ……おまえの恋人は怒ると怖いな……」

 いたずらっぽく『セフィロス』がこちらに笑いかけた。