Interval
〜The after of FF7AC〜
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「ヤズー……つまんないよ」

 はだしの足を、絨毯に投げ出したまま、カダージュはつぶやいた。

 ソファがあるにもかかわらず、彼はよく床に座りこむ。

「カダージュ……」

 取り込んだ洗濯物の束を、手早くとりまとめながら、相手をするヤズー。ロッズは昼過ぎに出掛けており、未だ戻らない。

 カダージュの髪がしずくを含んで濡れている。そこからポタポタと水滴が落ちるのをみると、どうやら、シャワー室から出てきたばかりらしい。

「カダ、髪が濡れてる。ちゃんと拭かないと風邪を引くぞ」

 立ち働きながら、ヤズーが注意する。きちんと相手をしてくれないのが不平なのか、カダージュはなんとなくふてくされた様子だ。

「つまんないよ……兄さんに会いたい」

「カダージュ……」

 やれやれといった様子で、ヤズーは吐息した。

「この前、会いに行ったばかりだろう?」

「でも、会いたいんだもん。俺、ヤズーと兄さんと一緒に暮らしたい。……ロッズも居てもいいけど」

「カダ……兄さんには兄さんの生活があるだろう? こちらの思い通りにはいかないさ」

「……ヤズーは兄さんに会いたくないの? 僕、会いたいよ」

 カダージュは膝を抱えて、ひとりごとのようにそうつぶやく。

 

 セフィロスの思念体とはいっても、三人三様、それぞれに個性がある。縦も横も、兄弟のなかで一番あるロッズは実は泣き虫の大男だし、女顔で髪の長いヤズーが最も気丈なタイプだ。末っ子のカダージュは、十代特有の無邪気さと残忍さを持ち合わせ、我が儘な行動が目立つ。

 三兄弟で生活をするにあたり、どうしても、ハウスキーパー的な役割は、冷静沈着で器用なヤズーに回ってきてしまう。もっとも当人はそれを当然と自負し、まったく不快にも苦痛にも思っている節はなかったが。

 

「俺たちは兄さんを殺そうとしたんだ。あんな風に迎えてもらえただけでも、ありがたいことだろ」

 含めるようにヤズーが言った。ロッズには命令口調で物を言うことが多いのに、どうしても年下のカダージュはあまやかしてしまうらしい。

「……でも、仕方なかったんだもん。兄さんもわかってくれてるもん」

「あの人もずいぶん、人のいい男だな」

 他人事のようにヤズーは言った。

「ねぇ、ヤズー。どうして、兄さんと一緒に暮らしたいって言わなかったの? この前、コスタデルソルに行ったとき、ずっと話してたんでしょ?」

「カダージュ……」

「僕、よっぽど頼んでみようかなって思ってたんだよ? でも、ヤズーが言うかなって……僕がいうより、ヤズーのほうがいいのかなって……」

「そんなことはないさ」

「だって、僕、なんにもできないもん。兄さんのこと好きだけど」

「……おまえはいいんだよ、そのままで」

 そういうと、いつまでたっても立ち上がらないカダージュの前に、タオルを持ったヤズーがしゃがむ。セフィロスに似た、長い銀の髪がさらさらと音を立てた。

 そのまま、やや強い力で、ごしごしと頭を拭かれるが、カダージュは逆らわなかった。

  
 

「……兄さんさ……」

 ヤズーに髪を拭かれたまま、カダージュが口を開いた。

「ん……?」

「兄さん、さ。僕たちのこと、どう思ってるのかな……」

「…………」

「ホントは嫌いなのかな……ねぇ、どうなんだろ、ヤズー」

「……おまえはどう思うんだ?」

 ヤズーは手を休めずにそう聞き返した。

「だって……僕、兄さんのこと殺そうとしたんだもん。裏切り者って言っちゃったし……」

「……そうだったな」

「うん、きっとホントは嫌われてるよね……」

「…………」

「それともそんなこと、ないのかな。兄さん、僕たちのしたこと怒ってないのかな? ねぇ、どうなんだろ。この前会ったとき、兄さん、やさしかったよね? 僕と一緒に寝てくれたし、海にも連れてってくれたし」

 カダージュが勢い込んで、ヤズーに訊ねる。その拍子に髪をぬぐっていたバスタオルが、パサリと床に落ちた。

「…………」

「ねぇ、ヤズー、怒ってないのかな?」

「……『怒っていない』と言って欲しそうだな、カダージュ」

 ヤズーは、いつものように整った面にうっすらと笑みを浮かべて、静かにそう言った。

「うん、言って欲しいよ。ヤズーがそう言ってくれたら、そうなんだと思えるもん。兄さん、怒ってないよね?僕のこと嫌いじゃないよね?また会えるよね?」

「…………」

「ね? ヤズー」

「ああ、そうだな。兄さんはちゃんとわかってくれてる。おまえのこと、ちゃんと好きでいてくれるよ」

「ホント? ねぇホント? ヤズー」

 年の近い、兄のシャツを鷲掴みにし、かき口説くように確認するカダージュ。

「ああ」

 ヤズーはなだめるように、彼の手をとり、頷いた。

「兄さんがそう言ってくれたの?」

「ああ」

「じゃ、また会えるよね?すぐ会えるよね?」

「ああ、そうだな」

「ね、ヤズー、いつ会えるの? 今度はいつ兄さんのところ、行くの?」

「カダージュ……」

「嫌われてないんでしょう? だったらいつでもいいよね? 僕、兄さんに会いたいよ。兄さんに会って側にいたい。ヤズーと兄さんと、ええとあとロッズも居ていいや。ずっと一緒に居たいんだよ」

「カダ、それは……」

「いいよ、わかってるよ。兄さんには兄さんの生活があるっていうんでしょ? でも、会いたいんだもん。ちょっとでもいいから一緒に居たいよ」

 憑かれたようにそう叫ぶ弟を前に、ヤズーが困惑する。それがあからさまに顔に出ないのが彼の特性ともいえよう。

「カダージュ……」

「ねぇ、ダメ? ヤズー」

「ダメではないが……」

「ヤズー?」

「カダージュ、兄さんは俺たちといると、どうしてもセフィロスのことを思い出すだろう?」

「…………」

「それはまだ……さすがにしんどいと思う」

 ヤズーは、そっとカダージュの頭に手をおいてそうつぶやいた。

「セフィロス……」

「ああ」

「セフィロスって……嫌な奴だ」

「カダージュ……」

「兄さんも、ずっとセフィロス、セフィロスって。何なんだよ。あいつが何だって言うんだ」

 吐き捨てるようにカダージュが叫んだ。

「…………」

「兄さん、そんなにセフィロスのこと好きだったの? だとしてももう昔のことでしょ?兄さんだってあの頃は子どもだったからって言ってたもの」

「それでも兄さんにとっては、大切な人だったんだよ」

「ヤズー、セフィロスの肩、持つの? 僕よりセフィロスの味方するの?」

 ぐいぐいとヤズーのシャツをつかんでゆさぶる。もう彼の服はしわくちゃだ。

「……カダ、そうじゃない」

 なだめるようにヤズーが言う。

「だったら、僕のいうこと聞いてよ! 僕、ヤズーと兄さんと……一緒に居たいだけなんだよ」

「わかった、わかったから、カダ」

「僕、ヤズーが味方してくれなかったら、どうしていいかわかんなくなるよ。ヤズーはずっと僕のこと、好きでいてくれるよね?」

「ああ」

「本当に? 本当だよね?」

「ああ」

 自分と同じ、銀の髪を梳いてやる。カダージュは、壊れたからくり人形のように、床の一点を眺めている。彼が髪も拭かずに話し出して、すでに一時間近く時間が経過している。

「ほら、立って、カダ。そのままじゃ風邪引くだろう」

 ヤズーは、彼の腕を取り、引き上げようとした。
 
 カダージュは自分の力で立ち上がろうとはしない。ぐったりとヤズーによりかかったまま、目を空に泳がしていた。