嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

『 ああ、災いだ災いだ

  混沌を身に秘めし地獄の魔犬

  その姿形は澱める血の如く紅き双眸、煉獄の火焔を思はせる漆黒の髪

  ああ、災いだ災いだ

  今はただ終焉の時に寄り添い、その身の内に秘めたる魔王が眷属を解き放て 』

 

 

 ……クラウド……

 

 今頃、おまえはどうしているだろうか?

 不思議なものだ。

 こうしておまえと離ればなれになって初めて、おのれの想いの深さに吃驚している。

 

 人と接する機会など少なかったせいか、おまえの愚直なまでにあからさまな好意を、困惑と驚愕をもって、ただただひたすらに受けとっていたのだと感じる。

 おまえとあの場所で過ごした日々は……わずか一年余りであったけど、私の虚暗い人生の中で、なんと美しく華やかに色づいていたことだろうか。

 

 深い海を思わせるおまえの瞳……まるで生まれたての雛鳥のような金の髪……そして私とは異なる色合いの……白く淡い桜色の肌。

 

 ただひとり廃屋に降り立つ私は……ああ、今はこんな追憶に身を浸している場合ではないとわかっているのに……走馬燈のように脳裏を懐かしい思い出が駆けてゆく。

 

 初めてあの家で過ごした日……ふたりきりの夜を、おまえはなんと無邪気に喜んでいただろうか。

 おまえ自身、数多くのものを失ってきたにも関わらず、おまえはいつでも強くてやさしくて、よく笑っていて……過去を引きずり、うち解けられない私の側にずっと着いていてくれた。

 

 ……ああ、クラウド……

 もしかしたら、今頃……私を捜すために駆けずり回ってくれているのかもしれない。だが今度ばかりは、おまえのところに戻れそうもない。

 

 すまない……我が最愛の人よ……私のただひとつの光よ……

 ふたたび、人としての生を受けることがあるならば……願わくば、同じ時代に……場所に生を受けたい。そしておまえと出会い……今度こそ、ごく普通の人として、おまえを愛そう……

 さらばだ、クラウド……

 光の申し子よ。どうかおまえの未来に、幸多からんことを……あまねく道程の照らされんことを……

 

 そしてセフィロス。

 君にああいった形で再会できたのは、まさしく僥倖と言えるのだろう。それともあの美しい人の……ルクレツィアのいたずらなのだろうか。

 

 何度、言葉を繰り返しても、君への謝意は尽きそうもない。そればかりか、偶然クラウドの側に居た私を、幾度も助けてくれた。

 強くて美しくて……おおよそ私のもたぬものすべてを有している君に、私はいつしか憧憬の念を抱くようになっていた。

 君が幼いクラウドを愛し、そしてまた少年の日の彼が、君を想ったのもごく自然のなりゆきにさえ思える。

 ……それほど、君は人を惹きつける力のある人物であった。

 

 私はまもなくこの世から姿を消すことになろうが、残されたクラウドとその兄弟たちをよろしく頼む。

 もっとも私のような軟弱な者に、そんな言葉を掛けられるのは不快かもしれないが……だが、今この時、クラウドの側に居てくれたのが君で、どれほど安心して事に臨めるか……

 君はまともに取り合ってはくれなかったが、私は本当に君のことが大好きで、とても強い憧れを抱き……そんな君が私に構ってくれるのを誇らしくさえ思っていたのだ。

 

 

 

 

 ガゥンガゥン!

 

 ケルベロスが火を噴く。

 真後ろのコンクリート兵から、DGソルジャーの武装兵がずるりと頽れる。

 

 ……彼らだとて、もとは我らと同じ人間……神羅の社員だった連中だ。

 このようなおぞましい姿に変えられるのを、よしとしたわけでもあるまい。罪深きは神羅の経営陣……いや、そうではない。

 

 本当に恐ろしのは人の欲望……仮にそれが人間の性だとしても……未知なるものを「知ろうとする」巨大な権力を「手に入れようとする」力を「使おうとする」……飽く事なき欲望なのだろうか……

 

 もとは整然と整ったオフィスであったのが、今は見る影もない廃墟と化している。デスクなどひとつも残っていないし、壁の色さえもはげ落ち、崩れかけている。

 

 ……ふたり……いや、三人か……

 

 ガゥンガゥン!

 

 ……ドサッ……ドサ!ドサ!

  

 ケルベロスの弾倉を補填する。……いったいこの場所に進入してから何人のDGを仕留めただろう。

 はやく……地下研究所へ行かなければ……!

 

 しかし……移動するにも当然エレベーターなどまともに動いていない。

 おまけにこのビルはDGの巣窟と化している。下手に動き回れば囲まれる恐れもあるのだ。

 連中の狙っているのが私だというのならば、手に落ちるワケにはいかない。我が内なるカオスを目覚めさせ……ヤツらは史上最凶の破壊神を……

 私はオメガレポートに記された、恐ろしき計画の全貌に戦慄した。

 

 ……それだけはなんとしても避けなければ……

 

「居たぞッ! こっちだーッ!」

 ガゥンガゥン!

 間髪入れずに銃を放つ。ドサドサと重い荷物が倒れるような音がした。

 

 ……もう彼らを撃つことさえも、感覚が麻痺してしまっているのか。

 DGといえども、もとは神羅の社員……常人より多少なりとも優れた資質をもった、それでもただの人間だったはずだ。

 彼らを射殺することに抵抗を感じたのも最初のうちだけだった。私は心底殺人マシーンと化しているのかも知れなかった。

 

『 ああ、災いだ災いだ

  混沌を身に秘めし地獄の魔犬

  その姿形は澱める血の如く紅き双眸、煉獄の火焔を思はせる漆黒の髪

  ああ、災いだ災いだ

  今はただ終焉の時に寄り添い、その身の内に秘めたる魔王が眷属を解き放て 』

 

 

 ……愛している……クラウド……

 

 彼に贈られたビジョン・ブラッドのリングにそっと口づけた。