嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<22>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セフィロス……私は……」

「いいか、ヴィンセントッ!」

 まともにオレを見ていられなくなったのだろう。うつむいて目を伏せるヴィンセント。その細い腕を掴み締め、空いたほうの手で尖った顎を上向かせた。

 

「……あ……ッ」

 驚いたように、掠れた声が色味の薄い口唇から漏れる。驚愕と怯えを宿した双眸が不安げにオレを見上げた。

 

「ヴィンセント、おまえの目の前に居る人間を誰だと思っている。誰もおまえを救えないなどと勝手に決めつけるな。もうダメだと……自分ひとりでは逃げ場がないとそう思うなら……必死に考えた結論が死しかないのならば……」

 オレはそこで言葉を切った。自分が口にしていることに微かな動揺を覚えつつ、そしてそれを気取られないよう、注意しながら……色を無くした小さな顔を睨み付けた。

 

「……セフィロス……?」

「……オレに救いを求めろ、ヴィンセント」

「え……?」

 ヤツの兎のような紅い瞳が大きく瞠られた。

 

「……セフィロス……?」

「ひとこと、「助けて」と言え! おまえが身を投げ出して、救いを求めるのなら……オレは……」

「…………」

「オレは必ず、貴様を救い出す」

 細い腕を握りしめたまま、オレは低くつぶやいた。

「……え……?」

「おまえがそう望むのなら……必ず。」

 

「……セフィロス?」

「……誤解するな。おまえはいずれ約束の地に連れてゆく。その前に居なくなられては計画が狂うという……ただそれだけのことだ」

 驚いたままのヴィンセントから、プイとあからさまに顔を背け、突き飛ばすようにヤツの身体を引き離した。

 

「……セフィロス……」

 惚けたようにオレの名を繰り返すヴィンセント。

「おい、ちょっ……セフィ! せっかく『良いこと言った!』とか思ったのに、台無しだよ、コノヤロー! なぁにが『約束の地』だ! この期に及んでそれかよッ! 言って置くけどね! コスタデルソルだろーと、ミッドガルだろーと、約束の地だろーと、ヴィンセントの一番は俺だからッ!ヴィンセントは俺の恋人なんだからね! 連れてくつったって、俺も一緒に行くからね、旅行気分だからね、コレ!」

「るっさい!ガキは黙ってろ、アホチョコボ! ……とにかく。いいか、ヴィンセントッ!」

 気を取りなして、黙ったまま立ちつくすヴィンセントの腕を引っ張る。身体に刺激を与えないと、いつまでも阿呆のように惚けたままでいそうなのだ。

「……あ、痛ッ」

「あああッ! ヴィンセントに乱暴すんなッ! 腕に痕ついちゃったらどーすんだよ、この乱暴者ッ!」

 途端にキャンキャンと吠え出すクラウド。

 

「セ、セフィロス……」

 オドオドと居たたまれないような面もちで、オレを見るヴィンセント。

 物問いたげなヤツに向かって、言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「いいか、ヴィンセント。最期まであきらめるなよ。目的地まではオレが一緒に行く。オメガとやらを宿した、DGのアタマをぶっ潰す。……そのためにここまでやってきたんだ」

「……だが……もし……私の中のカオスが……」

「情けないツラすんなッ! 貴様、男だろうッ! 力の限りなんとか制御してみせろ。おまえが無理でもオレたちが暴走を食い止める。おい、いいな、クラウドッ!」

「あたりまえだ! そのために来たんだからな!」

「クラウド……セフィロス……」

「おまえもいつまでもベソベソ泣いてるなッ! こんなところでグズグズしている時間はない!……行くぞッ!」

 

 そう叫んだ瞬間だった。ヴィン……と機械的な音がして、床が沈んだ。

 オレたちの居る場所だけが円形に切り取られ、真っ暗な空間をひたすら下降する。

 ギュウゥゥゥゥンという、モーターがフル回転するような、機械音。身体がぐんぐんと沈んでゆく不快な感覚。

 

 

「……なんだ? これは……?」

「うわぁッ」

「クラウド、あぶない!」

 間抜けにも円盤から投げ出されそうになったクラウドの腕を、はっしとばかりにヴィンセントが掴み締める。だがクラウドよりも体重の軽いヴィンセントでは重石にもならない。

 オレは浮かび上がりそうになる、クラウドの首根っこをひっ捕まえ、ダンとばかりに床に押しつけた。ヴィンセントのことはもう一方の腕で抱きかかえる。

 行き着くところまで行き着いたのか、ようやく浮遊円はガコンと鈍い音を立てて、静止した。

 

「痛〜ッ! もぅ、何すんのぉぉぉ! セフィのバカーッ!」

 ぐんと身を起こして、叫び出すクラウド。ヴィンセントもこいつくらい口の減らないヤツなら心配はしないのだが……まぁ、それではヴィンセントではなくなってしまう。

「鼻、つぶれたーッ 痛ぁい! 鼻血出るーッ」

「どっちがバカだ! このボケナス! 手間掛けさせやがって!」

「もっとやさしく助けてよ!イジワル!」

「『助けて下さってありがとうございました』はどうした、クソガキ!」

 

「……あ、ありがとう……す、すまなかった、助かった」

 横抱きにかかえ込まれたまま、ヴィンセントが申し訳なさそうにつぶやいた。あまりの軽さに抱いていたのを失念していた。

「ああッ、ちょっ……やらしーんだよッ! 何してくれてんのォォォ! おい、その手ェェェ! ヴィンセントに触るな!」

「くやしかったらデカくなってみろ、チョコボ野郎!」

「うっるさーい!ちょっとばっか、身長があるからってイバるな! 俺だって……俺だって……」

「そーだよなァ、ガキの頃は泣きながら、『大人になったら大ッきくなるもん!』って言っていたのになぁ。もういい大人だもんなァ、可哀想に、クラウド」

「ふ、ふたりとも落ち着いて……ケンカなどしている場合では……」

 ヴィンセントの制止は完全に黙殺された。……というか声が低くて小さすぎて、まったく何を言っているのか聞き取れなかったのだ。

 

「フン、チビチョコボ。チービチービ!」

「うわぁぁあん! あんなこと言う〜〜っ! セフィが……セフィが……ひどいよぅぅぅ!」

「なぁ、ヴィンセント。おまえだって、こんなアホチョコボより、もっと見映えのするヤツの側に居たほうが……」

「あ、あぶない、セフィロス……!」

 ボコッ!

 ゴロゴロと床に転がったのは、クラウドの野郎の靴の片方だった。

 

「………ヤロウ〜〜ッ!」

「セ、セフィロス……落ち着いて……クラウド、なんてことを……」

「こんのクソガキ〜ッ よくもこのオレ様の頭に〜ッッ! ブン殴ってやる!」

 逃げ出すガキの襟首を踏ん捕まえて、引きずり起こす。オレが立ち上がるとチビのガキは宙に浮かされた形になってしまう。

「ひゃああぁ! なにすんだよーッ! セフィのバカヤロー!」

「ほぅ、まだ憎たらしい口が聞けるようだな」

「セフィがひどいこと言ったんだからなーッ! ただのお返しだッ!」

「そーかそーか。では遙か彼方へ吹っ飛ばされても致し方ないよな。ヴィンセントのことはオレに任せろ」

 そういってグンと腕を振ると、さすがのクラウドも悲鳴を上げた。

「きゃあぁぁ! ヴィンセント〜ッ! 助けてーッ!」

「ああっ、す、すまない、すまないッ、セフィロス……! お、押さえてくれっ! あ、後で私の方からきちんと言い聞かせておくから……! 許して……」

 必死にオレの腕に取りすがるヴィンセント。

「そうそう、最初からそうやって『お願い』すりゃいいんだ」

 ポイとクラウドを放り出すと、オレはマサムネを片手に暗闇に突きつけた。

 ゆっくりと周囲の景色が認識できるようになる。

 

 ……ディープグラウンド。

 無機質なその場所に、オレたち三人はいつの間にか到達していた。

 

「……覗きとはいい趣味だな。出てこい、そこのヘンタイ野郎」

 ……オレの言葉に応えるように、漆黒の闇が鳴動した……