嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<32>
 セフィロス
 

 

 

  
 

 

 

 

「……おまえは……宝条……博士…… 宝条……だなッ!」

 ヴィンセントの声が絞り出すようにそうつぶやいた。

 ……宝条?

 宝条だと?……神羅の科学部門の責任者……宝条のことか……?

 

「な、なに言ってんの?ヴィンセント。あいつは俺たちがやっつけただろ? もう三年以上前の話だぞ?」

 真っ青になって立ちつくす、ヴィンセントの腕をクラウドが取る。

「……そうだ、なんで今さら、その名前が出てくるんだ」

 オレもクラウドの言葉に重ねてそう訊ねた。

 

『キーヒッヒッヒッ! ああ、愉快愉快! 諸君! わしはなぁ……3年前世界中のネットワークに自らの頭脳のデータをバラまいておいたのだよ……そう、メテオ災害ののち再び復活したネットワークとともに再構築されるためにな! おお、これぞ、リユニオン! 完全なるリユニオンだとは思わんかね!』

「……なんだと……?」

『なぁ、セフィロス。今ならば認められるだろう? わしこそ真の科学者……! ガスト博士の上をいく、天才科学者なのだとな!! ファーハッハッハッ!!』

「黙れッ なれなれしくオレに呼びかけるなッ!」

 オレの反論などものともせず、酔ったように高笑いすると、ヴァイス……いや、ヴァイスの中に棲みついた宝条博士はうっとりと陶酔の表情を浮かべた。

 

「宝条……おまえは……!」

 怒りを押し殺したヴィンセントへ、おどけたように両手を広げて向き直った。

『いやいやいやいや、あらためて、こんばんは。3年ぶりかね? ヴィンセント・ヴァレンタイン』

「…………」

『挨拶代わりにねェ、いいことを教えてやろう。おお、おまえが是非とも知りたかったであろう事柄をなァ』

「…………」

 黙したままのヴィンセントを嘲笑い、言葉を続ける宝条。

『わしはな……ヴィンセント・ヴァレンタイン。瀕死のおまえに色々と改造を施してやったがな……ヒヒ、結局、貴様の軟弱な身体はそれに耐えることはできなかったのよ。そう、あのとき……わしに撃たれたその時点で、貴様の命が尽きるのは、時間の問題だった』

「……だから……なんだというのだ……」

『ヒッヒッヒッ……これだから素人は困る。ならば何故、まがりなりにも貴様はこうして生き続けているのだと思う?』

「…………」

『わからないか? ああ、そうだろうとも。貴様に意識はなかったからなァ。可哀想に……』

「おい、てめぇッ!そんな話、聞きたくも……!」

「クラウド……!」

 頭の血管が切れそうな勢いで怒鳴りつけたクラウドを、傍らのヴィンセントが止める。……ならば、ヴィンセント自身も、その絡繰りを知らない……ということになる。だからこそ、宝条に言葉を続けさせようとしているのだろう。

「クラウド……大丈夫だ」

「ヴィンセント……!」

 そんなやり取りをオレは聞くともなしに耳にしていた。

 

『ヒッヒッヒッ……出来損ない同士、仲のよろしいことよのぉ、ヴィンセント・ヴァレンタイン。そして……ああ、ナンバー……貴様は何番だったかなァ?』

「……よせ、クラウドをそんなふうに呼ぶな」

 するどくヴィンセントが遮った。

『フ、フフン……まぁいい。ああ、どこまで話したかな? そう、おまえの肉体はすでに死んでいたという話だったな。私が人体改造を施した時点においてさえ、そのまま助かる見込みはなかったのよ』

「…………」

『……そう、おまえがそうして生き続けているのは、あの女の実験台になったからよ……! セフィロスを宿したあの女のなァ!!』

「……なッ……!?」

「……そん……な……!」

 ……声を上げたのはオレとクラウドだった。

 ヴィンセントだけは、苦しげな……痛みを堪えるような面持ちで、俯くだけであった。

 オレの母親……?

 以前、ヴィンセントの口から聞いたルクレツィアとかいう女科学者のことか?

 

『キッヒッヒッ! おまえはあの女にカオスを植え付けられ、そいつの生命力で奇跡的に息を吹き返した。ヒヒヒ、ひどい女だよ、アレは。恐ろしい魔女だ。おまえの思慕を自分の研究に利用したのさ』

「…………」

『ああ、貴様にしてみれば本望なのか? あの女の役に立てて…… そんなにあの女が好きだったのかね? ヴィンセント・ヴァレンタイン。哀れなヤツよ、ヒヒヒヒ』

 一言も言い返さないヴィンセント。

 だが、オレはヤツの好きに語らせるつもりはなかった。

 

「……黙れ、クソ野郎!!」

 ドガッ!グワシャッ!

 

 マサムネが、ヤツのすぐ後ろの崩れかけたガラスポッドを打ち砕いた。

 オレが激昂したことに、宝条は驚いたようだ。ヴァイスの姿のまま、目を見張り、こちらを見る。それはヴィンセントも、そしてクラウドも同じだったようだ。

 

「それ以上、くだらん口を聞くな、宝条!」

『おやおや、セフィロス。おまえの宿主はなかなか優れた研究者だったのだよ。もっともわしには遠く及ばぬがね。ヒヒヒヒ。おまえのその強靱な肉体はジェノバ細胞によるものだろうが、明晰な頭脳はこのわしの遺伝だろう』

「……やめろッ! 宝条!」

 ヴィンセントがヤツの言葉を食い止める。それを一顧だにしないヴァイス……宝条。

『……そうさ、セフィロス。このわしこそが、おまえの創造主……血を分けた父親なのだ!! キーヒッヒッヒッ!』

「やめないかッ!」

 悲痛なヴィンセントの叫び。

 

 ……ああ、なるほどな。

 そういうシナリオか。

 ……生まれて初めて、呪われたこの身のすべての秘密を知った……

 ジェノバ細胞を仕込んだ女に、オレを孕ませたのが、この男……宝条。そして、その女は、思慕を寄せるヴィンセントに、カオスを植え付けた非情の女科学者……

 この場面でのオレの役割は、『心から驚愕し、絶望と同時に憤怒の表情を浮かべる』べきなのだろう。

 宝条はそれを期待しているに違いなかった。

 

 ……だが、オレはもう『そこにはいない』

 自らの出生を思い悩み、苦しみ、憤る段階はすでに過ぎている。

 『オレはオレだ』

 

 ジェノバ細胞、魔晄の力……そしてヒトの精子と卵子が結合してオレが誕生した。

 ただ『それだけの事実』だ。

 その精子の提供者が誰でも、腹に宿したのがどこの女でも、『オレはオレ』。

 ここにいるこの『オレ』。……それ以外の何者でもない。 

 

『ヒーヒッヒッヒッ! 驚いて口も聞けんか、セフィロス! おまえは神羅に居る頃からわしを疎んじていたからな! このわしが父親だと聞いてどんな気分だ? ヒッヒッヒッ! そして、おまえの母親は、自分を慕うヴィンセント・ヴァレンタインに人体実験を施した冷血女だッ! キーヒッヒッヒッ!』

 高笑いするヴァイス……いや、宝条。あまりにその体躯に似つかわしくない、錆びて軋んだような声だった。

『なぁ、セフィロス……さぞかし、この世界が憎いだろう。ヒヒヒ!破壊したければ破壊するがいい!ネットワークの中からこの父が見ていてやろう。ああ、そうだ。なんなら、ヴァイスと結合したわしと一緒に……』

 

「その口を閉じろッ!!」

 オレが口を開く前に、するどい声が飛んだ。

 激しい口調で宝条の言葉を遮ったのはヴィンセントであった。

「宝条……! セフィロスを侮辱するのは私が許さないッ! セフィロスはセフィロスだッ! 貴様など何の関わりもない……!!」

 やり場のない憤怒を叩き付けるような、憎悪に満ちた声。こんな場面にもかかわらず、これがあの物静かな男の言葉なのかと、おのれの耳を疑うような心持ちであった。

 クラウドなど驚愕のあまり微動だにできない。呆然とヴィンセントを見守るだけだ。

 

『関わりがないだとォ? なにを言っとるのだ、ヴィンセント・ヴァレンタイン。おまえも知っていよう。あの女はわしと……』

「セフィロスはセフィロスだ……! 私はセフィロスを知っている。……貴様のような下司の口で、彼を語るのは許さん……ッ!」

 いっそ痛快なほどの物言いであった。

 わざわざ横合いから、オレが言葉を付け加える必要もないほどに。

 話の当事者であるにも関わらず、横からやり取りを眺めているだけの、間抜けな立場に甘んじるしかなかったのだ。

 だが、ヴィンセントの怒声は、宝条にも堪えたらしい。

 『ヴァイス』の美丈夫とでも評すべき、ととのった面立ちがグググと奇妙にゆがみ、憎々しげにヴィンセントをにらみつける。

 

『ほほぅ……久しく見ないうちにずいぶんな口を叩くようになったじゃないかね、ヴィンセント・ヴァレンタイン。昔はただ諾々として見守ることしかできなかった無能者だったくせになぁ……!』

「……そうだ。だから、もう後悔するような真似をしたくはない」

 深い悔恨を噛み締めるようにヴィンセントがつぶやいた。

「宝条……もう一度言う。セフィロスを貶めるのは私が許さない。セフィロスはセフィロスだ。彼は彼以外の何者でもない……! 貴様の存在など、彼にとって何の意味も持たないのだ……!」

『なんだと……ッ この……ッ!』

「ヴィンセントの言うとおりだな、クソ科学者」

 ようやく言葉を挟んでやった。

 ハッとしたようにヴィンセントがオレを見つめる。からかうような笑みを浮かべてやると、おのれの激昂を恥じるように白い頬を上気させた。

 

「ぶっちゃけ、どこのどいつの腹から生まれようが、遺伝子提供者がクソ科学者だろうが、オレにとっちゃどうでもいいことだ。オレはオレ以外の何者でもない。……フフン、よくわかっているではないか、ヴィンセント」

 そう誉めてやると、なぜかヤツはあからさまに困惑したようであった。

「あ、あの……わ、私は……すまない……つい、勝手なことを……い、一方的に……」

「バカが。誉めてやっているのに謝るな。……そういうことだ、残念だったな、宝条。貴様に対しては相変わらず嫌悪と憐憫しか感じんな」

『憐憫……憐憫だと……? おのれ……この天才科学者に向かって……! このわしの作品の分際で……!  創造主に暴言を吐くか!』

 カッと双眸を見開くヴァイス……いや、宝条。

 ヴィンセントが音も立てず、つ……と一歩踏み出すと、まっすぐに銃口をヤツの心臓に向けた。