〜 ジェネシス逗留日記 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ジェネシス
 

 

8:05

 

「ふあぁぁ〜……ヴィンセント、おっはよ〜……」

 チョコボっ子登場だ。

 まさしくチョコボの子のように、金髪の産毛をちょこんと立てている様が可愛らしい。

 この子は女神の恋人だというのだが……幼かった頃のクラウドを知っているせいだろうか? 強い嫉妬を感じるなどということはなかった。

「クラウド……先に着替えを済ませてきなさい……」

「うん、わかってるもん…… あ"ッ!!」

 俺を視認すると、あからさまに眉毛をつり上げてくる。

 そう、こんな仕草などは本当に子供じみていて、むしろ可愛らしいくらいに感じるのだ。

「やぁ、チョコボっ子、おはよう」

「……ジェネシス! ちょっと、アンタ、ヴィンセントに変なことしてないだろうな! ああ、慣れ慣れしく側にくっつくなよ!」

 俺と女神が仲良く(?)朝食の支度をしていたのが気に入らなかったのか、子チョコボはキーキーと鳴きわめくと、俺たちの間に割り込んできた。

「クラウド、そんな物の言い方はよしなさい…… 疲れているのに、彼は早起きして家のことを手伝ってくれているのだぞ……」

「だってェ! 俺だって言ってくれれば、手伝うのに!」

「いいから…… 早くシャワーを済ませてこい。久々のこの家での朝食なのだからな……」

 その言葉をひどく嬉しそうにつぶやいて、ヴィンセントはチョコボっ子を浴室に追いやった。

「……すまない、クラウドが不躾なことを……」

 申し訳なさそうに俺に謝罪するヴィンセント。全然気にしていないのに。

「女神は心配性が過ぎるね。俺とチョコボっ子は昔なじみなんだから。全然気にする必要はないよ」

「あ、ああ……」

 伏し目がちに頷く女神……そういう仕草も風情があるけど、たまには君のとびきりな笑顔を見てみたい。

「おかわり!」

「あ、ああ、はい……」

 まるきり空気を読まず皿を突きつけるセフィロス。

 まったくコイツも……もう少し気遣いとか気配りとか…… いや、セフィロスにそいつを求めるのは無理だろう。

 この男は昔から、超マイペースのワガママ男だった。

「さ……ジェネシス、君も座ってくれ。一緒に朝食を食べよう」

 女神にやさしく促されて、俺は席についた。遠慮無く彼のとなりの席へ。

 

 

8:10

 

 朝のシャワーを済ませたチョコボっ子が、ドタバタと廊下を走ってくる。

 彼はダイニングにそれこそ『突入』してくると、すでに準備されているヴィンセントの前の席に腰を下ろした。

『なんでアンタがヴィンセントのとなりに座ってるんだよ!』

 だの、

『アンタじゃ、ヴィンセントの手伝いなんかできない!』

 だの、思う存分に言ってくれるわけだが、この子の嫉妬は陰湿でないからまったく不快に感じない。

 しかし、女神は遠慮のないチョコボっ子の物言いが、いちいち気になるらしいのだ。

 俺としては、自称女神の恋人の青年が、こちらに敵愾心を抱くというのはなかなか心地いいのだが。……つまりライバルだと認められているわけだから。

 

 

8:20

 

 ふと、となりのサンルームを見ると、ガラステーブルで、カダージュとロッズそして、ヤズーが共に食事を取っていた。 

 たぶん、女神の気遣いなのだと思う。

 ヤズーは背と脇腹の傷のせいで、立ち上がって動くのに時間がかかる。皆と一緒に居間のテーブルでもよさそうだが、セフィロスやチョコボっ子のペースに合わせて食事をするのは、せわしないと考えたのだろう。そういった気遣いがごく自然にできる彼は、本当に素敵な人だと感じる。

 ああ、せめてもう少し……わずかなりとも、ヴィンセントとの出会いが早ければ……

 せめて、この家で彼らが生活し始める前に逢えていたなら。

 彼はチョコボっ子のことを特別に愛しているというよりも、家族の皆を思っているように見えるのだ。この家の形をこわしたくない……その思いが基盤になっていて、その上で個々の人たちとのつながりがある。

 

 

8:30

 

 おっと物思いに耽っている場合ではない。

 昨夜、ヤズーが笑いながら『ウチの食卓は戦場だから』と言っていたが、なるほどこれはハイペースだ。

 小柄なチョコボっ子も、我らに負けないほどの食欲を発揮しているし、セフィロスいたっては、いったい何個目のパンをちぎっているのだろう。

 俺だとて体格的にはセフィロスとかわらないわけだから、かなりの分量を食べているのだが……

「ジェネシス……おかわりは……? その……君の口に合えばいいのだが……」

 それに引き替え、食事を作った当の人物……ヴィンセントは心配になるほど食が細い。

 今日は襟元に余裕のあるVネックのサマーセーターを着ているので、首筋から肩への線がハッキリと見える。そのせいかよけいにそう感じてしまうのかもしれない。

 俺が逆に訊ね返すと、彼は、

『朝は……あまり入らなくて……』

 と苦笑した。

「だからテメェはいつまで経っても軟弱なんだ!」

 と、セフィロス。

 いや……おまえに比べたら、誰でも『軟弱』だと思うのだが。

「ヴィンセントの悪口言うな! セフィこそ、朝っぱらからそんなに食べたら太るんじゃない?」

「オレ様はおまえの倍くらい身長があるからなァ。これだけの体格を維持するためには、相応の分量が必要なんだ」

「倍ってことはないじゃん! だいたいね!セフィは居候で、昼間は寝っ転がってるだけなんだから! カロリー消費は少ないはずだもん!」

「……ふ、ふたりとも……やめたまえ」

 ヴィンセントが消え入りそうな物言いで仲裁する。

 チョコボっ子は「だってぇ!」と頬を膨らませて抗議し、セフィロスは、「フン」とばかりにそっぽを向いた。

 やれやれ、こんなつまらないことで言い争いをするとは。おまけに神経のか細い女神に、心労をかけるのは控えて欲しいものだ。

 

 自分の分もそこそこに、皆に茶を振る舞おうと席を立つヴィンセント。

 彼を止めてお茶くみ係を代わってもらう。

 人数分の紅茶を丁寧に淹れて差し出すと、繊細な女神はようやく幸せそうな笑みを浮かべてくれたのだった。