〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<2>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 旅をしていると、いつでも屋根のある場所で眠れるわけではない。

 荒野を車で移動していれば、車中泊はあたりまえだし、テントを張れる場所があれば御の字だ。

 風呂の代わりに川の水を使い、温かな湯が欲しければ、焚き火で温めなければならない。

 それに比べれば、こんなふうに宿に泊まれる日は、贅沢この上ない気分になれるはずだが……

 

 熱い湯が肌を打つ。

 乱暴に髪を洗い、身体中を泡だらけにしてこすりつけるが、なかなかよい気分にはなれない。

 俺はメンタル的に、やや常人よりも弱いのだと思う。

 肉体の強靱さと精神のそれとは、必ずしも正比例するものではない。

 だが、女のティファが、内心ではともかく、表面的にでも平静を保っている姿に、ひどくおのれを情けなく感じたのだ。

 

「しっかりしなきゃ……」

 低くつぶやく。この場には俺以外の誰もいないからこそ口に出来る言葉。

 セフィロスを追うことは、誰に強制されたわけではない。

 自身で決めたことだ。あいつに逢って、問い糾さねばならないことは山のようにあるのだから。

 神羅のソルジャー、クラウド・ストライフとしても、親の敵としても。

 ……そして、彼と特別な関係にあった、『おれ』としても……だ。

 

 あんな目に遭わされたというのに……俺はまだ心のどこかで、セフィロスを憎みきれていない。

 彼に憧れて、この田舎町……ニブルヘイムから出て、神羅カンパニーに入社したこと。

 修習生として必死だった俺を、いつでも見守ってくれ、ときには手助けしてくれたこと。

 ……そしてなにより、特別な存在として。

 

 セフィロスの裏切りは、目を覆うべくもない事実として、俺の脳裏に焼き付けられている。

 だが、心は悲鳴を上げ続ける。

『どうして、セフィロス!?』と。

 それが今、どうしようもなく、俺の心臓を軋ませている。

 本当に不安なとき……つらいとき、『胸が痛くなる』というのは、ウソではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 もう二度と他人に想いを寄せたりはしない。

 誰かを好きになったりしない。

 あの炎に包まれた光景を見たときから、ずっとそう決めてきた。

 

 いや……『しない』じゃない。

 きっと、もう『愛することはできない』ような気がするのだ。

 俺の心は、あの悪夢の日から、今日このときまで、さまざまなことで摩耗し続けて、すでに感性がおかしくなっていると思う。

「……ザックス、ごめん」

 俺を守るために、命を落とした親友の名をつぶやく。

 陽に焼けた太い腕や、はじけるような笑顔を思い出し、ズクンと胸が痛んだ。

 彼の事を思い出すと、本当に幼い修習生に戻ったような感覚に陥る。だから、普段はなるべく考えないようにしているのだ。

 あの頃、俺の側にはザックスが居て、セフィロスが居て……というのがあたりまえだった。そのせいで、大切な友人であり恩人の彼のことを、忘却の彼方へ追いやろうとする俺は、きっとひどいヤツなのだろう。

 

 風呂から上がり、バスローブのままベッドに横になると、もうこのまま眠ってしまいたい気分になった。

 セフィロスを追う旅を続けているのは、自分自身で決めたこと……

 だが、彼を追い詰め、対峙して、俺はいったいどんな言葉を引き出そうとしているのだろう。

『おまえのことなど、何とも思っていない』

 とでも言われれば、納得できるのだろうか。

『安心して』セフィロスに刃を向けられるのだろうか。

 

 ごろりと寝返りを打ったとき、遠慮がちに扉が叩かれた。

「……どうぞ」

 という、俺の無愛想な返事にもめげず、入って来たのはティファだった。手には湯気の立つトレイを持っている。

「ティファ……」

「クラウド、夕ご飯。……どうせ、面倒くさがって寝ちゃうかなと思って」

 テキパキとテーブルに食器を並べ、わざわざナプキンまで置いていく。

「…………」

「食欲ないかもしれないけど、ちゃんと食べてね。身体が保たないよ」

「わかってる」

 そう応え、『ありがとう』と付け加えた。

 ティファの言うとおりだ。こんなにウツウツとした気分の上、食事さえまともに取らなかったら、体力負けしてしまう。

 今の俺はひとりではない。

 数人の仲間と行動しているのだ。俺の事情で彼らに迷惑を掛けるわけにはいかなかった。

 

 ありがたくも、まだ十分熱いスープを一口啜り、俺は大きくため息を吐いた。